婚約破棄と運命の出会い
「セレスティーナ! 君との婚約を今、この場で破棄する!!」
その言葉で賑やかだったパーティー会場が、一瞬にして静まり返った。淡いコーラルピンク髪の少女の肩を抱き、そう宣言したのは王太子、アルフレッド・ルートリッヒだ。
「ええと、......理由をお聞かせ願えますか?」
まごつきながらも、公爵令嬢セレスティーナ・オスマンは尋ねた。するとアルフレッドは、キッとセレスティーナを睨みつけた。
「理由だと? そんなもの一つしかないだろう! お前は! 治癒魔法の唯一の使い手である聖女のユリナを影でいじめていたと聞いたぞ!」
「ぐす......ごめんなさい、セレスティーナ様......でも私......、もう辛くて......うぅ......」
アルフレッドに肩を抱かれていた少女、ユリナは顔を覆って泣き崩れた。アルフレッドの手は、その背に置かれている。しかし、泣いているはずのユリナの口角は不自然に上がっていた。
「そんなこと......わたくしはしておりません!」
「嘘をつくな! 証言があるんだ! お前がユリナを虐めているところを見たという証言が!」
セレスティーナは唇を噛んで俯いた。何も言い返さないセレスティーナに、周囲の卒業生がざわめき出した。
「ねぇ、セレスティーナ様がそんなことを......?」
「でも、わたくしのお友達にもいじめの現場を見た方がいますのよ?」
もはやここに、セレスティーナの味方はいなかった。今夜は王立アカデミーの卒業パーティーだというのに、なぜこうなってしまったのだろうか。
「聖女であるユリナを虐めるなど許さない! セレスティーナ! お前とは婚約を破棄する! そして私はユリナと婚約を結ぶ!!」
「ごめんなさい......セレスティーナ様ぁ、ユリナがもっと......」
「ユリナは何も悪くない。それにこんな可愛くもない地味女、元から嫌いだったよ」
セレスティーナの中で何かが音を立てて壊れた。セレスティーナは今まで、妻は夫を立てるものだと教えられ、その通りにしてきた。でもその結果がこれだ。それなら、こんな国捨ててやる。
「殿下.....婚約破棄の件、承知致しました。皆様方、せっかくのパーティーをわたくしたちの私情で邪魔してしまい、申し訳ございません。では、失礼します」
完璧なカーテシーを披露し、セレスティーナはパーティー会場を後にした。窓から差し込む月光が、セレスティーナの白銀の髪に反射し、キラキラと神秘的な光をその場に残した。
「これから、どうしましょうか.....」
会場近くの森の中で、満月を見上げながらセレスティーナは呟いた。エメラルド色の瞳が、悲しげに揺れている。
「あ、.....」
森の中を通ったことで結び目が緩んでいたのか、セレスティーナの白銀の髪を彩っていたリボンがはらりと解けた。黒いレースで飾られた緑色のそのリボンは、風に攫われて崖下に落ちていってしまった。
「お母様がくださったリボン.....!」
セレスティーナは慌てて追いかけ、崖の下を覗き込んだ。かなりの高さがあるのだろうか、リボンは見つけられなかった。しかし代わりに大きな影がセレスティーナの瞳に映った。
「何かしら.....! 人が、倒れてる.....!」
初めは分からなかったが、その影が身じろいだお陰でセレスティーナは人が倒れていることに気づいた。
助けないと!
そう思ったセレスティーナは躊躇うことなく崖から飛び降りた。風魔法を上手く使い、下から風を巻き起こすことで、セレスティーナは怪我なく崖下に着地した。
「あの! 大丈夫ですか!?」
酷い怪我だった。倒れていたのは騎士風の男性で、辺りには血が着いていた。セレスティーナは男性の横に膝をつくと、手をぐっと胸の前で組んだ。
「ヴェリーシープレット!」
セレスティーナが呪文を唱えると同時に、男性は柔らかな光に包まれた。その光がおさまる頃には男性の怪我も治っていた。
「ぅ.....ここ、は.....?」
「! 良かった、目が覚めたのですね。わたくしが見えますか?」
「君は、誰だ.....?」
うっすらと目を開いた男性の瞳はルビーのように赤かった。きっと普段は鋭い眼光を宿しているであろうその瞳は、困惑の色を示していた。
「.....わたくしは、セレスティーナ・オスマンと申します。アルフレッド王太子の.....失礼しました。なんでもございません」
「アルフレッド、というとルートリッヒ王国の王太子か.....それで、お前はアルフレッド王太子のなんだ?」
「お耳汚しになりますよ」
「構わない」
体を起こした男性は崖の岩肌に寄りかかり、セレスティーナに尋ねた。
「アルフレッド王太子の元婚約者です。先程、婚約破棄されてしまったので.....、あの、ところで貴方様は?」
「私はウィリアム・セクター、ルートリッヒ王国の隣、セクター帝国の王太子だ」
「.....え?」
セレスティーナが助けた男性は、隣国セクター帝国の王太子。ウィリアム・セクターでした。




