表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/6

第六話 選択(第一部・完)

証拠は、揃わなかった。

ライターの男――真鍋は、犯行時刻に自宅で原稿を送信していた。通信ログも一致。凶器からは指紋が出ない。動機はあるが、決定打がない。

班内の空気は冷えている。

「勘違いだったんじゃないか」

誰かが言う。

柴崎は何も答えない。勘ではない。

あの取調室で視えた映像は、明確だった。

だがそれは“これから起こるかもしれない犯罪”であって、今回の刺殺とは限らない。

もし真鍋が犯人でないなら。

彼は、まだ踏み越えていない。

数日後、第二の刺殺事件が起きた。

被害者は無関係の通行人。動機は不明。凶器は同型のナイフ。手口は酷似。

署内が騒然とする。

「模倣犯か」

「同一犯の可能性もある」

柴崎は現場に立つ。

血の匂い。

視界は、揺れない。犯人が近くにいないからか。

それとも――

数時間後、防犯カメラの断片映像が見つかる。フードを被った男。歩き方、体格。

真鍋に似ている。

柴崎は単独で動く。真鍋の自宅近くの路地。


夜。

街灯の光は弱い。

真鍋が現れる。静かに歩く。目が合う。

――裂ける。

今度は鮮明だ。

真鍋が路地で誰かを刺す。顔は見えない。だが刃は迷いなく急所に入る。

映像は一度ではない。何度も繰り返される。

連続。確定に近い濃度。

現実では、真鍋は立っている。

「あなたは来ると思っていました」

真鍋は落ち着いている。

「今回も、何か見えましたか?」

柴崎は拳銃を抜かない。

「お前がやったのか」

「どの世界の話ですか?」

真鍋は小さく笑う。

「あなたは見ている。でも理解していない」

柴崎の喉が締まる。

「お前も見えるのか」

「見えるというより、分かる」

一歩、真鍋が近づく。

「人は、追い詰められたときに踏み越える。その瞬間が濃くなる。あなたは、それを覗いている」

「だから殺したのか」

「いいえ」

真鍋は首を振る。

「僕は、あなたが濃くした分岐を、拾っただけです」

時間が止まる。

村上。

あの刺傷。

「あなたが強く疑い、強く断じたとき、分岐は固まる。僕は、それを選んだ」

柴崎の視界が揺れる。

自分が取調室で机を叩く映像。疑いの目。

容疑者の表情が変わる瞬間。

「観測は干渉です」

真鍋が静かに言う。

「あなたは、可能性を押し上げる。僕は、それを実行する」

柴崎は拳銃を抜く。

真鍋の目がわずかに細まる。

その瞬間、視界が裂ける。

撃つ未来。

真鍋が倒れる。血が広がる。

次の映像。

撃たない未来。

真鍋が闇に消える。数日後、別の刺殺。

さらに映像。

撃たない未来。真鍋が逮捕される。証拠が偶然見つかる。だが別の誰かが踏み越える。

分岐が無数に重なる。どれも、完全な救いはない。

柴崎の指が引き金にかかる。真鍋は動かない。

「あなたは撃てない」

「なぜだ」

「あなたは“確定”を恐れている」

夜風が吹く。視界がさらに揺れる。

今度は、自分。取調室で容疑者を追い詰める。

視えた未来に怯え、疑いを強める。

分岐が濃くなる。

連鎖。

能力は、止まらない。

柴崎は理解する。これは未来予知ではない。

“確率の増幅”。

疑念が、圧力が、分岐を押し上げる。

撃てば、この瞬間は確定する。

撃たなければ、別の分岐が動く。

どちらも、自分の干渉。

柴崎はゆっくりと息を吐く。引き金から指を外す。銃口を下ろす。

視界が、一瞬だけ白くなる。

――何も視えない。

初めて。分岐が消える。

真鍋の目がわずかに揺れる。

「……なるほど」

遠くでサイレンの音。

倉田の声が無線から聞こえる。

真鍋は動かない。

柴崎は言う。

「俺は、押さない」

「それで止まると?」

「分からない」

真鍋は微笑む。

「あなたが押さなくても、誰かが押す」

パトカーの光が路地に差し込む。

制服警官が駆け寄る。真鍋は抵抗しない。連行される背中。

柴崎は立ち尽くす。

視えない。誰を見ても、何も視えない。

能力が消えたのか。

それとも、自分が“観測を拒んだ”からか。

倉田が近づく。「遼、大丈夫か」

目が合う。何も視えない。だが、安心はできない。

能力が消えた証拠はない。

もしかすると。観測者は一人ではない。

真鍋はパトカーに乗せられる前、振り返る。

「三人目がいますよ」

その言葉だけを残して。パトカーが走り去る。

夜空は静かだ。柴崎は深く息を吸う。

可能性は、まだ街に満ちている。

だが今は、何も視えない。それが救いか、嵐の前かは分からない。

ただ一つ分かったのは。

観測をやめるという選択だけが、干渉を弱めるということ。

だが刑事として、それを続けられるのか。

遠くでまたサイレンが鳴る。

柴崎は歩き出す。何も視えないまま。

それでも、事件は続く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ