表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/6

第四話 崩壊

署内の空気が変わり始めたのは、佐伯の件が報告書にまとまってからだった。

「柴崎は勘が良すぎる」

「外すときは強く外す」

そんな声が、直接ではなく、廊下の向こう側から聞こえる。

内部監察は表向き静まったが、監視は続いている。取調室の録音は細かくチェックされ、発言一つが精査される。倉田でさえ、どこか距離を置き始めた。

「最近、目つきが変わった」

帰り際、倉田が言った。

「どう変わった」

「決めつける目だ」

柴崎は答えなかった。

決めつけているのは自分か、それとも視えた映像か。

その夜、通報が入る。住宅街での連続傷害。帰宅途中の女性が背後から殴られ、バッグを奪われる事件が三件続いている。防犯カメラは曖昧。目撃証言も不鮮明。

班は広域で張り込みを開始する。

公園のベンチ。柴崎は夜気の中で立っている。通行人と目が合うたび、視界が揺れる。

ナイフを握る未来。誰かを突き飛ばす未来。

どれも断片的で、現実には起きていない。

やがて、一人の男が視界に入る。フードを深く被り、足早に歩く。

目が合う。

――裂ける。

路地裏。女性を背後から殴る。バッグを奪い、走り去る。三度繰り返される映像。迷いがない。現実に戻る。

男はまだ何もしていない。

柴崎は無線で位置を伝える。「対象、北側へ移動」

張り込みの刑事たちが包囲する。

男は振り返り、走り出す。路地へ逃げ込む。

追う。角を曲がった瞬間、視界が揺れた。

今度は別の映像。

路地裏で、男が振り返り、ナイフを振るう。警官が腹を押さえ、崩れる。

現実では、男の手は空だ。だが、映像は鮮明だ。

柴崎の足が止まる。

倉田が横を抜ける。「遼、行け!」

追い詰められた男は、フェンスにぶつかり、転ぶ。制服警官が取り押さえる。

抵抗はあるが、刃物は出ない。

確保。呼吸が荒い。

「凶器は?」

「所持なし」

柴崎は男を見る。視えない。

さきほどのナイフの映像は、もうない。

署に戻り、男を取り調べる。過去の前科、生活状況、周辺の足取り。

証拠は積み上がり、連続傷害の犯人である可能性は高い。

だが柴崎の頭に残っているのは、別の映像だ。

警官が刺される未来。あれは何だったのか。

取調室を出ると、倉田が壁にもたれている。

「さっき止まったな」

「……何が」

「路地。いつもなら突っ込んでる」

柴崎は答えない。

「遼、お前、最近おかしい」

倉田の目が真っ直ぐに向けられる。

その瞬間、視界が裂けた。

暗い路地。倉田が拳銃を構えている。向こうに立つのは、柴崎。銃声。柴崎が倒れる。

映像は一瞬で消える。現実では、倉田はただ立っている。

柴崎は喉の奥に冷たいものを感じた。

「……何でもない」

その夜、報告書を作成しながら、柴崎は能力について整理する。

視えるのは、今この瞬間に“最も踏み越えやすい犯罪の分岐”。

確定した未来ではない。

そして、その分岐は、状況と心理で変動する。

追い詰めれば、濃くなる。疑えば、鋭くなる。

つまり――

自分の視線や言葉が、分岐の確率を押し上げている可能性。

能力は観測ではない。干渉だ。

その仮説に行き着いたとき、背筋が冷えた。

もしそうなら、村上の刺傷も。

自分が“やる目だ”と断じた瞬間、分岐が固まったのではないか。

数日後、連続傷害の男が起訴された。証拠は揃っている。社会面の小さな記事で終わる。

だが、署内で小さな事故が起きる。

別件で取り調べ中の容疑者が、突然暴れ、制服警官が軽傷を負う。

柴崎は廊下の向こうからその様子を見た。

目が合う。一瞬、視える。

容疑者が警官の首を締める未来。

現実では、すでに警官は押さえ込んでいる。

だが、柴崎ははっきりと感じる。

疑念を強めれば、あの未来は濃くなる。

彼は目を逸らした。初めて、意図的に視線を外した。

すると、映像は薄れる。能力は、視線に反応している。

観測しなければ、分岐は揺らぐ。

だが、刑事として、視ないという選択は致命的だ。


夜、署を出る。

階段を下りるとき、ふと足を止める。

上から誰かが押す映像が一瞬よぎる。

振り返る。誰もいない。

だが、胸の奥で理解する。視える対象に、自分も含まれ始めている。

別の世界で、俺は撃たれている。別の世界で、俺は引き金を引いている。

能力は外側だけを向いていない。内側にも向き始めている。

柴崎は夜空を見上げる。雲の隙間から、わずかな星が見える。

可能性は無数にある。だが、自分がどれを押し上げているのか、もう分からない。

足元が、少しずつ崩れ始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ