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小さな奇跡の物語

作者: とーふ

 全ての始まりは、山と川に囲まれた小さな町の中心にある小学校で起こった。

 二人の少年が言い争いをしていたところからだ。


「いる!」

「いない!」

「いる!!」

「いーなーい!」


 教室の後ろで睨み合いながら言い争いをする二人に教室に居た者たちは何だなんだと騒ぎ始めた。

 まだ掴み合いや殴り合い、蹴り合いという様な直接的な暴力には移行していないため、周囲の子供達の表情にも好奇心の色が強い。


「何騒いでるんだ。お前たちは」

「ハルト! 良いところに!」

「サンタの話! こいつに教えてやってくれよ!」


 二人の少年の言葉に、ハルトと呼ばれた少年は「あぁ」と小さく呟いた。

 おそらくはサンタが居る居ないという論争を繰り広げていたのだろうと町でも有名な頭の良い少年は察する。


 ハルトは頭脳と同じくらいに場の空気を読む能力にも長けていた為、この教室で、彼らを含めた全員が納得する形での回答を放つことも出来た。

 が、今は少しだけ間が悪かった。


「ねぇねぇ。ハル君。サンタってなぁに?」

「あぁ、サンタっていうのはな……」

「なんだよ。飯田。お前、サンタも知らねぇのか?」

「サンタっていうのはな。良い子にしてると、プレゼントをくれるんだぜ?」

「だからサンタなんて居なくて、プレゼントをくれてるのは父ちゃんなんだって!」

「見てないんだからサンタかもしれないだろうがよ! お前は自分の目で見たのか!」

「ぐっ」

「ほら見ろ! どうせテレビとかで聞いた話を喋ってるだけだろ! サンタはいるんだよ!」


 言い争いをする二人に、ハルトは誰にも聞こえないくらい小さく舌打ちをしながら、自分のすぐ後ろに立っていた少女へと視線を送る。

 やはりというべきか。

 ハルトの予想通り、サクラは酷く驚いた顔で言い争う二人を見ながら呟いた。


「私、プレゼント、貰ったことない」


 その声は……大きな声で言い争っている二人が居たにも関わらず、静かな教室の中で妙に響いて。

 彼女の声を聞いた子供たちの心に深く突き刺さった。


「あっ、えっと……だな」

「えー、あー」


 特に言い争っていた二人の少年はかなり深く言葉が突き刺さった様で、先ほどまでの争いはどうしたのか、二人は何か言葉を告げようと必死に頭を動かして、泣きそうな顔をしているサクラに喋りかけようとする。

 だが、結局告げられる言葉はなく、ついに少女の瞳から透明な雫が一粒頬に流れ落ちた。


「泣くな。サクラ」

「ハル……くん?」

「実はな。サンタって奴は知らない奴の家には行けないんだ」

「そうなの……?」

「そう。だからな。去年までサクラにプレゼントを渡しに行けなかったんだな」

「……なんで?」

「サンタは髭がいっぱい生えた大きなお爺さんなんだ。夜サクラが起きて、そんな人が家の中に居たらどうする?」

「ビックリしちゃう」

「そう。ビックリしちゃうんだ。だからな。サンタは知っている奴の家にしか行けない。サンタもきっとガッカリしただろうな。こんなに良い子のサクラにプレゼントを渡せないんだからさ」

「……そうなんだ」

「だから今年からちゃんとプレゼントは届くさ」


 ハルトはサクラの頭を撫でながら微笑んだ。

 どこか大人びた雰囲気で、顔立ちも整っているハルトが微笑んでいる姿に、クラスの女子たちはサクラを羨ましそうに見つめる。

 が、ハルトがサクラを『妹の様に』大事にしているため、ここで余計な口は出さない。


 そして、ハルトと並んでいて、とてもお似合いだと噂されているサクラがハルトに涙を拭ってもらいながら、花が咲いた様に微笑んでいる姿にクラスの男子たちも心を撃ち抜かれるが、ハルトが怖いし、勇気も足りないため、遠くからジッと眺めているだけなのであった。


 そんなクラス中から注目されていた二人であるが、ちょうど先生が教室に入ってきて手伝いを二人にお願いした為、教室を出て行ってしまった。



 残された子供たちは微妙な雰囲気の中で、コソコソと話を始める。

 話す内容は勿論サクラの事だ。


 男子たちはサクラへの好意で、女子たちはハルトへの好意で、サクラを喜ばせようと考え始める。

 しかし、これといった案は浮かばず、自然と視線は一人の男の子へと向いていくのだった。


「なー。カイ。何かいい案ないか?」

「何がだ」

「おまっ……話聞いてなかったのか?」

「あぁ。興味がなかったからな」

「飯田さんが、サンタからプレゼント貰ったこと無いんだって! だからさ」

「何かプレゼントして喜ばせてやりたいって?」

「そう!」

「じゃあすれば良いだろう。一人百円もあれば、三千円くらいにはなる。そうすればそれなりの物は買えるさ」

「いや……実は、俺ら金が無くてさ」

「ハァー」


 いつの間にか教室中の視線を集めていた少年カイは、机の上に乗せていた足をおろし、漫画を机の上に置きながら立ち上がった。

 そして、頭をガリガリとかきながら少し考えて、一つの提案をする。


「なら思い出を送るという奴だな」

「思い出?」

「そう。飯田の家のベランダから見えるところにデカい木があっただろ? あそこに電飾付けて、イルミネーションって感じにするんだよ。都内じゃ当たり前みたいにあるが、ここらじゃ珍しい。なら贈り物になるだろ」


「うぉー! 流石カイ! 天才かよ!」

「じゃあ、早速放課後になったら行こうぜ」

「待って待って! 男子だけじゃ装飾が心配だから、私たちも行くからね!」

「そう! ハルト君も喜ぶだろうしねー」


「カイも一緒に行くだろ!」

「なんで俺が……お前らだけでやれよ。めんどくせぇな」


「え? 広瀬君は来ないの?」

「……望月」

「私、広瀬君も一緒だと心強いな」


 カイは面倒だ、と再び漫画を読もうとしていたのだが……ふわりと空気を含んで柔らかく揺れる黒髪の少女が、カイの前で微笑んだ。

 何も知りませんという様な顔で、カイをジッと見つめる。

 その視線に、カイは心の底から面倒だという様な顔で、ため息を吐いた。


「分かったよ」

「ふふ。私ね。イルミネーションってずっと見たかったの」

「そうかよ」

「覚えててくれたんだね?」

「今回は飯田の為だろ」

「今回はってことは、私の為にも何かしてくれるんだ?」

「んな事言ってないだろ!」

「じゃあ何かする前には予告してくれるんだね。楽しみだなぁー」

「だー! 俺は!」


 話しながら手を握ってきた望月佳代子にカイは頬を朱色に染めながら反論をしようとしたが。

 佳代子は、アッと思い出したように大きな声を上げた。

 しかし……。


「そういえば。電気はどうするの?」

「へっ、簡単だよ。自動販売機がどうやって動いているか……知ってるか?」


 カイは悪ガキの顔でニヤリと笑うと、最悪の提案をして……。

 佳代子は仕方のない人だなぁと呟きながら苦笑するのだった。



 それから。

 少年たちは学校が終わると同時に電飾を集め、サクラの家の近くに集まった。

 無論、サクラとハルトには内緒である。


 そして彼らは木に登り、彼女たちが用意した飾りや電飾を木々に取り付けながら、それらしい物を完成させたのであった。

 しかし……。


「何やってるんだ」

「おー。ハルト。何かあったか?」

「何かあったか、じゃない。家の前で集まって、何やってるんだって聞いてるんだ」

「別に言わなくても分かるだろ? お前ならさ」


 やや怒りを見せているハルトをバカにしながらカイはへッと笑う。

 そんなカイにハルトは眉をきゅっと締めながらカイを軽く睨みつけた。


 真面目で、正統派の美少年であるハルトと、ぶっきらぼうだが、何だかんだで面倒見が良いちょい悪のカイ。

 二人の人気者が睨み合っているという状況に、女子たちはキャーと小さな声で囁き合う。

 が、二人は特に気にする事もないまま、言葉を交わし合うのだった。


「こんな事誰も頼んでない」

「そうかよ。まぁ、別に俺も頼まれてやってないけどな」

「迷惑だって言えばわかるのか?」

「おぉ。迷惑か。それは良かった。お前が迷惑そうにしていると嬉しいんだよ。俺は」

「……っ!」

「大体よぉ。俺たちは物を贈るワケじゃないんだ。初めてのクリスマスプレゼントを取られたくらいでいじけるなよ。独占欲強すぎか?」

「俺は……! 別に」

「それによ。俺たちはこれから夜まで飯田の家でクリスマスパーティをするつもりなんだ。その時間に、どこかの誰かさんはプレゼントを買いに行けるんじゃないか? えぇ?」

「……っ!」


 ハルトはカイの言葉にハッとした顔になって、キュッと唇を閉めて苛立ちを示してからカイに向かって言い放った。


「礼は言わないからな!」


「へーへー素直じゃないねぇ」

「広瀬君もね」

「うるへー」


 それから。

 カイは一緒にいた仲間たちに、飯田の家でクリスマスパーティをしよう! と言って、男子に買い出しを任せ、女子に事情の説明を任せ、誰にも悟られない様に彼らの傍を離脱した。

 一人で誰にも知られずに独自行動を取る……予定であったのだが。


「どこに行くのー?」

「……望月。女子は飯田の家に行けって言っただろ」

「別に全員は要らないでしょ。それに、私ってば嫌われてるから」

「そうなのか? 大丈夫か?」


 一瞬前までズンズンと先に進んでいたカイが驚き振り返った事で、少女は喜びが抑えきれないという様な顔で微笑んだ。

 その様子にカイは意味が分からないという様な顔をしていたが、気にせず少女はカイの手を取って先へ進む。


「お、おい……!」

「はいはい。さっさと行きましょうねー」

「……別にお前が良いなら良いけどな。俺は」

「さ。次は何をするの?」

「話聞けよ」

「良いから良いから。次は飯田ちゃんの為に、何するの?」


「ひとまずは飯田の家に行った連中の家に連絡するんだ。飯田が一人で寂しくクリスマスを過ごしてるから、クラスのみんなでクリスマスパーティをしますってな」

「うん。うん? それで?」

「それだけだよ。後はお優しい大人が何とかしてくれるさ」


 いつもの悪ガキ顔で笑うカイに望月佳代子は不思議そうな顔をして首を傾げたが、カイの言うことを信じて、彼と共に帰宅するのだった。



 カイが順調に全ての家に連絡をしてから一つの歯車が小さく回り始めた。


 それはサクラのクラスメイトである少年の家で起こった。

 その女性はサクラの母親と同じ病院で働いている看護師であるのだが……サクラが今まで一人で過ごしていたという話を聞き、自分の勤める病院へと連絡する事にした。

 そして、今日の夜もサクラの母親が夜勤をするという話を聞き、電話の前で思案する。


 今、息子たちがサクラの為にクリスマスパーティを開いているらしいが、夜には帰らなくてはいけない。

 そうなったらサクラは独りぼっちで夜を過ごす事になるのだろう。

 それはあまりにも可哀そうだ。


 どうにか出来ないかと考え、その女性はちょうど今日出勤出来る女性職員二人に連絡をする事にした。

 人の良いサクラの母がいつもクリスマスの夜勤を変わってあげていた女性たちだ。

 一回くらいは頷いてくれるだろうと考えて。


 そして、本来であればクリスマスに彼氏と過ごすハズだったが、合コンで失敗したその女性たちはサクラの母の事情を聞き、夜勤を快諾。

 サクラの母は既に業務を始めてしまっていた為、引き継ぎを終えてから自宅へと戻る事になった。



 更に、カイが行く先々で出会う大人たちのサクラの事情を語ったところ、サクラという少女の事を良く知る者たちは、知らなかったとはいえ、今までプレゼントもパーティも出来ていなかったという少女の事情に涙を流し、様々なプレゼントを用意して……サクラが住んでいるアパートの隣の家にプレゼントを届け始める。


「なんで俺の家なんだよ。隣なんだから届けに行けばいいだろ」

「何言ってるのよ! これはサンタさんからのプレゼントなんだから、こっそり渡さなきゃダメでしょ!」

「お前さんの家からなら、ベランダを乗り越えて行けるんだから、頼むぞ」

「いや、頼むぞ、って……! おい! じじぃ!」

「いやースバル兄さんが居てくれてよかったなぁ」

「おいコラ、クソガキ。これ考えたのお前だな? なぁ、カイ。おい」

「何のことかボクよく分からないなー」


 しらばっくれるカイに、サクラの家の隣に住んでいた青年スバルは舌打ちをして、適当に置いて行けとプレゼントを一つの部屋に置かせる様に指示するのであった。

 そして、カイは人が良い青年に笑いかけながら後はよろしくーと佳代子と共に家を出て、二度と来るな! と罵声を背中に受ける事となった。


「お兄さん、凄い怒ってたね。やってくれるかな?」

「大丈夫だよ。あの人は良い人だから」

「そっか」

「後は、イルミネーションを見せる時に、ベランダに繋がる窓のカギを閉め忘れるだけで全部完璧ってワケだ」

「うまくいくかな」

「いくさ。この世界に神様なんて奴らは居ないけど、奇跡は何度も起きてきた。なんでか分かるか?」

「んー。分からないかな」

「人だよ。人には奇跡を起こす力があるんだ。誰かを思う気持ちが奇跡を起こす。だからこの奇跡もうまくいく。飯田は朝起きた時に大量のプレゼントに驚くだろうな」

「ねー。すごいよねー」

「あぁ。そして、これでハルトの奴のプレゼントも大量のプレゼントに埋もれるってわけだ。ククク」

「悪い顔してるなぁ」

「良いんだよ。これくらいは」


 手をひらひらと振りながらカイはサクラの家に向かい、佳代子と共にクリスマスパーティに参加するのだった。



 そして夜となり、そろそろ解散しようというタイミングにカイはサクラをベランダへと呼び、男子たちに灯りを付けさせてイルミネーションをサクラに見せた。


「わぁ~……! すごい……! これ、広瀬君が?」

「俺だけじゃないさ。クラスの連中がな。お前を喜ばせてやりたいんだって、頑張ってたんだよ」

「そうなんだ……! そうなんだ!」


 サクラはわぁ、わぁ、と喜んで、ぴょんぴょんと跳ねながら、喜びをあらわにする。

 その姿に皆、頑張って良かったと心がポカポカと温かくなるのだった。


 そして、その姿を最後にして彼らはサクラの家を出て行った。

 残されたのは、ハルトとサクラの二人であるが……。


 ハルトはドキドキと早くなる心臓を手で押さえながら、上着のポケットに入っていたプレゼントに手を付ける。

 どうやらイルミネーションはそのまま放置して帰宅した様で、雰囲気は出来上がっていた。


「サクラ……!」

「ハル君。私、こんなに楽しいクリスマスって初めて! ありがとう!」

「あ、あぁ……そうだね」

「みんなにも明日、またお礼を言わないとね」

「それも、そうなんだけど……! サクラ!」

「うん? どうしたの? ハル君」


 肩辺りで切り揃えられた髪をふわりと靡かせて、イルミネーションの光を受けながらサクラはハルトに微笑む。

 その表情に、ハルトはさらに心臓の音が早くなるのを感じながら大きく深呼吸をして、口を開いた。


「サクラ。来年から俺たち、中学生だろ?」

「うん」

「だから、さ。今まで贈れなかった分も含めて……これ、受け取ってくれないか?」

「うん。開けても良い?」

「あぁ」


 サクラは柔らかく微笑むと、ハルトが差し出したプレゼントを両手で受け取って丁寧に包装をはがした。

 そして、中身を見て、大きく目を見開く。


「これ、ネックレス?」

「あぁ。ほら。大人っぽいものが欲しいって言ってただろ? 誕生日でも良かったけどさ。せっかくだから」

「ありがとう!! ハル君!」

「さ、サクラ!?」


 サクラは勢いよくハルトに抱き着いて、感謝を告げる。

 白い息を吐きながら、ギュウギュウと強くハルトに抱き着いた。


 そんなサクラに落ち着く様に言って、ハルトは寒くなったし部屋に入ろうと言ったのだが……サクラはハルトの言葉を聞いておらず、箱を開けて中のネックレスを取り出すのだった。


「綺麗……」

「あぁ。そうだね」

「ねぇ、ハル君。つけて、くれる?」


 ハルトよりもやや身長の低いサクラに上目遣いで見つめられ、ハルトは頬が熱くなるのを感じながら、後ろを向いて首を見せるサクラを前に深呼吸をした。

 そして、後ろから抱き着く様にしながらネックレスを一度前に持って行き、鎖の部分を後ろに持ってきて、首元で金具をいじる。


「ん……」

「い、痛かったか!?」

「んーん。ひやっとしただけ」

「そ、そうか」


 ハルトはドクドクと早くなっていく心臓をそのままにネックレスを付けて大きく息を吐いた。


「付けたよ」

「ありがとう~! わぁーわぁー! すごいすごい!」


 ぴょんぴょんと跳ねて喜びを示すサクラに、ハルトは微笑んでよかったと胸を撫でおろしたが。


「じゃあ、お礼、ね」

「っ!!??」

「大人の女の人は、プレゼントのお礼に、キス。するんだって」

「さ、サクラ!?」

「ふふ。じゃあ、そろそろお部屋に戻ろうか」


 慌てているハルトと、クスクス笑うサクラが部屋に入っていくのを確認して、公園から二人の事を見ていたカイはへッと笑った。

 そして、もう用済みだなとイルミネーションを片付ける準備に入る。


「良いザマだぜ。ハルトの奴」

「飯田さんって大人なんだねぇー」

「真似事だろ。キスの意味もどうせ分かってねぇよ」

「えー。じゃあ私たちもする?」

「なんでだよ!!」


 カイは佳代子の言葉に全力で突っ込んで、ため息を吐いてからポケットの中のプレゼントを投げ渡した。

 佳代子はそれを慌てて受け取ると、やや乱暴に包装をはがす。


「これ……!」

「まぁ、なんだ? お前とも長い付き合いだからな。たまにはこういうプレゼントも良いだろうと思ってな。行ってみたかったんだろ? 雪まつり。取るのに苦労したんだぜ? 電車とか旅館とかよ。だから楽しんで来いよ」

「楽しんで来いって、カイ君は行かないの?」

「行けるワケねぇだろ。子供だけでどうやって行くんだよ。三人分用意したんだから、お前と両親で行ってこい」

「んー。私としてはー。カイ君と行きたいから」

「いや、お前。無茶言うなって、親父さん泣くぞ?」

「大丈夫だよ。年越しは。お父さんとお母さんが二人で過ごせば」

「はぁ? 何言ってんだよ」


 カイは意味が分からないと、佳代子に言葉を返すが、佳代子は遠くから走ってくる姿に目を細めた。

 奇跡は、ちょうどやってきた……と。


「カイ~~!!」

「あん? って、母さん!?」

「一人にさせてゴメンよぉぉおおお!! 飯田さんが娘さんと一緒にクリスマスを過ごした事が無いって言うんで! コハルちゃん達が救援に来てくれたんだけど! 私もカイを毎年一人にさせちゃって……! ぐすっ! ぐすっ! 寂しい思いをさせて、ごめんねぇぇえ!!」


「してねぇよ! 離れろ! 鼻水が付くんだよ!」

「あぁん。もう、カイっては素直じゃないんだから」

「うるせぇ! 俺は飯田みたいなガキじゃねぇんだ。クリスマスに一人くらいで泣くか!」


 うるさい。うっとおしい。やかましいと文句を言いながら母を引き離そうとするカイに、佳代子は少し離れた場所で微笑む。

 母を遠ざけながらも、口元がわずかに緩んでいるカイに、佳代子は小さく「良かったね」と呟いた。


 奇跡は、神様が起こすんじゃない。

 人が起こすのだと。


 カイの言った言葉が、佳代子の中で小さく響いた。


「ホントだね。広瀬君」

「あら。佳代子ちゃんじゃない。もしかして、カイとデート中だった!?」

「はい! デート中です」

「あら~!」

「違う! 色々あって一緒にいただけだ!」

「これからクリスマスパーティやるけど、佳代子ちゃんも来る!?」

「行きます!」

「来るな! お前は帰れ」

「あら~彼女に冷たい男ね。カイは」

「そうなんですよ。お義母さん」

「誰が誰の母か!」



 ワイワイと言葉をぶつけ合いながら、カイたちが家路についた頃。

 ちょうど隣の家が静かになり、電気も消えたという事でサクラの隣家に住んでいる男がコッソリとベランダから、サクラの家に侵入していた。


 おそらくはパーティで騒いで疲れたのだろう。

 サクラは既に布団の中で幸せそうな顔をして寝ており、その隣でハルトも子供らしい顔でサクラと手を繋ぎながら寝息を立てている。

 そんな二人の姿を確認して、スバルはハルトが開けておいたベランダの窓を開け、中に侵入し、プレゼントの一つ目を枕元に置いたのだが……。


 その瞬間に、サクラが寝ている部屋の扉がスーッと開かれ、サクラの母とスバルの目が合ってしまう。

 一瞬、大声で叫びそうになったサクラの母であるが、スバルは必死に手を動かして、自分がプレゼントを運びに来ただけなのだと言葉なく弁明した。

 そして、驚異的な身体能力で、寝ているサクラたちを飛び越えると、サクラの母の手を掴んでそのまま押し出し、口に人差し指を置きながら必死に静かにしてほしいと訴えた。


「申し訳ございません。今、サンタをやってまして」

「……サンタ?」

「はい。町内の人間が、サクラちゃんにプレゼントをしたいという事で、自分が」

「……なるほど」


 人が良いサクラの母は、どうみても怪しい男の発言をあっさりと信じて納得し、声を上げる事なく男の言葉を受け入れるのだった。

 そして、ベランダからは危ないからと玄関から大量のプレゼントを搬送し、全てが終わってからスバルをサクラが寝ている部屋とは離れた場所に案内し、お茶をだした。


「サクラの為に、ありがとうございます」

「いえいえ。自分はプレゼントを運んだだけですから」

「それでも……想っていただける事が嬉しいです。私はサクラの事を考える事が出来ておらず」

「その様な事は! ありません! スミレさんは、凄い人だと思います! 働きながら子育てもして! なんて、自分にはとてもとても! でも、サクラちゃんはこんなに立派に育っているじゃないですか。それはスミレさんが頑張っているからだと、自分は思います! ハイ!」


「……ありがとうございます」

「で、でも! 一人では厳しい事もありますからね! 自分などは在宅で仕事も出来ますから、なんでも言って下さい。いつでもお手伝い出来ますので」

「でも、申し訳ないですよ」

「だ、大丈夫です! 自分はまぁ、仕事くらいしかしてない人間ですからね。サクラちゃんの兄代わり、父親代わりくらいは出来ますとも! なんて、ちょっと図々しかったですかね」

「ふふ。サクラの父親代わりなんてしたら、こんなオバサンと夫婦ごっこする事になっちゃいますよ」

「いやいやいや! スミレさんの様な美人とごっことは言え、夫婦になれるなんて、そんな幸せな事は……あっ! すみません! すみません! 忘れてください! 気持ち悪い発言でした!」


 スバルの言葉に、スミレは少し驚いた様な目を見開いた。

 そして、あまりにも騒いでいたせいか、サクラが起きてきてしまい……ハルトと共にスミレたちがいる部屋の扉を開ける。


「なぁにぃ? わ! わわ! お母さん!」

「ただいま。サクラ」

「今日はお仕事だったんじゃないの!?」

「そうだったんだけど。サクラに会いたくて、帰ってきちゃった」

「そうなんだー。えへへ。嬉しいな。わ。スバルお兄さんもいる」

「や、やぁ。お邪魔しているよ……けど、そろそろ帰らないといけないかなーって」

「えー? 帰っちゃうの?」

「まぁ、家族で過ごす時間を邪魔できないからね! では!」


 スバルはバッと玄関の方へと向かい、いつもよりも履きにくい靴を何とか履こうとして四苦八苦していた。

 そんな状態では容易くサクラたちに追いつかれてしまい、服をギュッと掴まれてしまう。


「ねーねー。せっかくお母さんも帰ってきたし。一緒にパーティしようよー。楽しいよ?」

「それはそうかもしれないけど、ね」


 そして、スバルは玄関を開けて外へ出ようとした……が。

 外にはすでに白い小さな物がふわりふわりと舞い降りていた。


「わぁー雪だー!」

「あら。もう降り始めちゃったんですね」

「これは本格的に帰らないと」

「でも、雪の中、歩いて帰るのは危ないですよ」


 ニッコリと微笑みながら放ったスミレの言葉に、スバルは隣の家なんですけど。というツッコミも忘れて、「はい」と小さく頷いた。

 そして、玄関の扉を閉めて、楽しそうにはしゃぐサクラと共に、スミレが買ってきた料理を食べるのだった。

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― 新着の感想 ―
すっごい素敵な話でした! ほんとに自販機から電気を取ったの?と驚きつつも、いろんなことが絡まり合って転がって、優しい結果を叩き出す、楽しくて幸せな話に嬉しくなりました。 みんな素敵だけれど、カイくん…
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