止められたのは、免許だけじゃない
通知は、どれも似たような文章だった。
「酒気帯び運転」
「道路交通法違反」
「自動車運転免許 停止、または取消」
自転車だった人も。
キックボードだった人も。
車だった人も。
全員が、同じ紙を受け取った。
「納得できない」
そう思った者もいた。
車を運転していない。
免許が必要な乗り物じゃなかった。
なのに、なぜ。
説明を受けても、最初は理解できなかった。
法律。
条文。
制度。
でも、本当はそんな話じゃなかった。
社会は、こう判断しただけだった。
「あなたは、
命を預かる判断を誤った」
それだけ。
ハンドルを握ったかどうかは、問題じゃない。
エンジンがついていたかも、関係ない。
酒を飲み、
判断力が落ちている状態で、
人が行き交う場所に、乗り物を持ち込んだ。
その結果、
人が傷つき、
人が死んだ。
ならば、次に車を運転したとき、
同じことが起きないと、
誰が保証できるのか。
免許は、権利じゃない。
信頼だ。
「この人は、
冷静な判断ができる」
「命を軽く扱わない」
そう信じてもらえて、初めて与えられるもの。
酒を飲んで運転した瞬間、
その信頼は壊れた。
自転車でも。
キックボードでも。
結果は同じだった。
免許を止められたのは、
罰だからじゃない。
もう一度、問い直すためだった。
「あなたは、
誰かの命を預かる覚悟があるのか」




