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ちょっとだけのつもりだったのに  作者: 櫻木サヱ


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2/6

軽いから

流行っている、という理由だけだった。


駅前に並ぶキックボード。

アプリで解除して、返すだけ。

免許はいらない。

ヘルメットも、努力義務。


「便利だよな」


彼女はそう言って笑った。


会社の同期との飲み会。

ワインを二杯、カクテルを一杯。

完全に酔っているわけじゃない。


足取りは少しふわふわしているけれど、

頭はまだはっきりしているつもりだった。


「タクシー高いしさ」

「歩くのだるいし」

「これなら平気でしょ」


誰かが止めることはなかった。

止める理由が、誰にも思い浮かばなかった。


キックボードは軽い。

車みたいに速くない。

自転車よりも、もっと“遊び”に近い。


彼女も、そう感じていた。


夜風を切って進む感覚が楽しかった。

少しふらついても、バランスは取れている。


「ほら、余裕」


そう言った直後だった。


歩道の角から、小さな影が飛び出した。


子どもだった。

手を引かれていない、ひとり歩きの子。


彼女はハンドルを切った。

ブレーキもかけた。


でも、キックボードは思ったより止まらなかった。


軽い。

だからこそ、制御が難しい。


ぶつかった衝撃は、はっきり覚えていない。

ただ、子どもが前に倒れた。


泣き声が上がるまで、数秒かかった。


「ごめんね」

「大丈夫?」


声が震えていたのは、寒さのせいだと思った。


母親が駆け寄ってきて、子どもを抱き上げる。

額から血が流れていた。


その量を見た瞬間、

彼女の喉が詰まった。


救急車。

警察。

事情聴取。


「飲酒は?」


そう聞かれて、言葉に詰まった。


「少しだけ、です」


少し。

その言葉が、こんなにも頼りなく聞こえるとは思わなかった。


後日、連絡が来た。


子どもは助かった。

ただし、後遺症の可能性がある、と。


彼女は泣いた。

何度も謝った。

それでも、時間は戻らなかった。


そして、届いた通知。


「道路交通法違反」

「飲酒運転」

「自動車運転免許 停止」


「……なんで?」


思わず声が出た。


車、運転してない。

キックボードだった。

免許、いらないはずなのに。


でも、書類にはこう書かれていた。


「酒気を帯びた状態で、車両を運転したため」


キックボードは、車両だった。


軽いからじゃない。

遊びみたいだからでもない。


人に当たれば、

人の人生を変えてしまう重さを持っている。


彼女は、初めて知った。


免許を止められたのは、

罰だからじゃない。


「あなたは、判断を誤った」

「その判断で、命を危険にさらした」


その事実を、社会が突きつけただけだった。


彼女は、もう一度だけ、

あの夜をやり直したいと思った。


「乗らない」という選択肢を、

なぜ選ばなかったのか。

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