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役立たずの烙印

新作です。よろしくお願いします。

「――だから、お前はもう用済みだと言っているんだ、レオ」


 冷え切った声が、黒霧の森に響いた。 

 声の主は、ギデオン。 

 白銀の鎧を纏い、腰には聖剣を携えた我らがパーティー『光の剣』のリーダー。 

 そして、かつては俺の……一番の親友だった男だ。 


 彼の瞳は、凍てついた湖面のように何の感情も映していなかった。 

 俺たちが育った村の広場で、「いつか二人で伝説の冒険者になろうぜ!」と笑いかけてきた、あの太陽のような眼差しはどこにもない。 


「戦闘力はゼロ。魔術の才能もない。挙句の果てには、その特異体質のせいで雑魚敵ばかり引き寄せる。お前はもはや足手まといですらない。パーティーにとっての“害悪”なんだよ」


「そ、そんな……。でも、昔は俺のこの力だって……」


「昔の話をするな!」


 ギデオンの怒声が、俺の言葉をかき消す。 


「駆け出しの頃はお前の索敵能力に助けられたこともあった。だが、今の俺たちにてめえの力は必要ない! 分かるか? 俺たちはもう、村のガキ大将じゃないんだぞ!」


 彼の隣では、パーティーの魔術師であるセラフィナが冷ややかに杖を弄んでいる。 


「合理的な判断よ、ギデオン。彼の存在がパーティー全体の効率を低下させているのは事実。これ以上の同行は、リスクでしかないわ」


 後方に控える大柄な戦士、ダリウスも腕を組んで蔑んだ目を向けてくる。 


「ま、そういうこった。強えのが正義。弱い奴は置いていかれる。単純な話だろ?」


 三対一。 

 三つの冷たい視線が、俺という存在を無価値なものだと断じていた。 

 ああ、そうか。 

 もう、終わりなんだ。 

 一緒に夢を追いかけると誓った、俺たちの冒険は。 


「待ってくれ! 荷物持ちでも何でもする! だから……!」

「見苦しいぞ、レオ」


 ギデオンは俺の肩を突き飛ばし、腰のポーチを乱暴に奪い取った。 

 中に入っていた、なけなしの金貨とポーションが地面にぶちまけられる。 


「それはパーティーの共有財産だ。お前に持つ資格はない」

「……っ!」

「安心しろ。最低限の情けだ。そのボロい服と、ナイフ一本だけはくれてやる。運が良ければ、魔獣の餌になる前に森を抜けられるかもな」


 彼はそう言い放つと、俺に背を向けた。 

 セラフィナも、ダリウスも、一瞥もくれることなく彼に続く。 


 遠ざかっていく、三つの背中。 

 あの背中を、俺は今までずっと頼もしい仲間として見てきたのに。 

 今はどうしてこんなにも大きく絶望的に遠く見えるのだろう。 


「ギデオン……!」


 俺の最後の声は、霧の中に虚しく溶けていった。 


 ♢


 どれくらいの時間が経っただろうか。 

 一人、森の奥深くに取り残された俺は、巨大な樹の根元に座り込み、ただ呆然と空を眺めていた。 


 なんでこうなったんだろう。 

 最初は確かに上手くいっていた。 

 俺の「動物に好かれる体質」は、魔物の気配を敏感に察知する便利な力として、みんなに頼りにされていた。 

 だが、パーティーが有名になり、より危険な領域に踏み込むようになると、その力は逆に魔物を「引き寄せる」呪いへと変わった。 


 変わってしまったのは、俺の力だけじゃない。 

 仲間たちも変わってしまった。 

 いや、あるいは、元々そういう奴らだったのを俺だけが気づいていなかっただけなのかもしれない。 


 霧が深くなり、体温が奪われていく。 

 空腹とそれ以上に心を抉る孤独感に意識が遠のき始めた。 


 ああ、このまま、ここで死ぬのか。 

 魔獣の餌にでもなって、誰にも知られずに……。 


 全てを諦めかけた、その時だった。 


「…………きゅぅ」


 か細い鳴き声が、どこからか聞こえた。 

 幻聴かと思ったが、声はもう一度、今度ははっきりと俺の耳に届く。 


「きゅるる……」


 最後の力を振り絞って立ち上がり、声のする方へ向かう。 

 茂みをかき分けると、そこには古びた狩人の罠があった。 

 鉄製の挟み罠が、小さな何かを捕らえている。 


 それは、泥にまみれた白い毛玉のような生き物だった。 

 大きさは、俺の両手に収まるくらい。 

 罠に挟まれた足から血を流し、雨に濡れて小刻みに震えている。 


 その姿を見た瞬間、俺の胸に突き刺さっていた絶望の氷が少しだけ溶けるような気がした。 

 こいつも、俺と同じだ。 

 一人ぼっちで、傷ついて、死にかけている。 


 俺は震える手で、罠をこじ開けようと試みた。 

 固く錆びついた罠はびくともしない。 

 ナイフを隙間に差し込み、テコの原理でこじ開け、ようやくその小さな体を解放してやることができた。 


 腕の中に抱き上げると、その生き物はあまりにも軽く、温かかった。 

 俺は懐から唯一残された自分の食料――硬くなった干し肉の最後の一切れを取り出す。 


「……お腹、すいただろ? ほら、食べな」


 小さくちぎって口元に持っていくと、毛玉は最初はおずおずと、やがて夢中でそれを食べ始めた。 

 その姿がどうしようもなく愛おしかった。 


 俺はこいつを助けたい。 

 いや、助けなきゃいけない。 


「大丈夫だよ。俺が、守ってあげるから」


 誰に言うでもなく呟いたその言葉は、まるで、自分自身に言い聞かせているようだった。 


 腕の中の白い毛玉――俺はそいつを「タマ」と名付けた。 

 この時、俺はまだ知らなかった。 

 この小さな出会いが、俺の絶望的な運命を、そしてこの世界の理さえも根底から覆すことになるということを。

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