ep.4
「私ね、死んじゃったんだよ」
どうして。そう叫びたい衝動に駆られた。
どうして、そんなにも平然と、そんなことが言える。どうして、そんな風に笑いながら。どうして。
思いを声に出せずに、顔を歪めるだけの俺に対して彼女はなにを思ったのか、困ったように微笑んだ。
「そんなに、怒らないでよ。ちゃんと、約束は守ったでしょう?」
そういうことじゃない、と言えたらどんなにいいだろう。
けど、微笑む彼女があまりにも幸せそうで、俺は言葉を失った。
「私、ね。死んじゃう寸前までずっとのぞむくんとの約束のこと想ってたんだよ」
彼女はそう言って、はにかむ。
「そしたらね、気がついたら、この丘にいたの。ふふっ、びっくりだよねー。でも、嬉しかった」
彼女が心底そう思っていることが、言葉の端々から感じられた。
「それからずっと、ここで約束を果たすめに、君をずっと待ってたんだ。たとえ30年後に来なくったって、そのまた30年後も、そのまたまた30年後も君が来るまで待ち続けるつもりだった。」
「…」
それは、どれほど大きな想いなのだろうか。
「君が来てくれた時、ほんっとうに嬉しかったんだ。ありがとう、のぞむくん」
いいや、いいや。
お礼を言うのはこちらの方なのに、声が掠れてうまく出ない。手を掴もうとしても、幽霊の彼女相手ではそれもできない。
その時、俺が必死に掴もうとしている彼女の手が、ジワリと輪郭を失ってきていることに気づいた。
「これ、は」
「ああ、もう時間かあ」
狼狽える俺に対して、彼女はこうなることが分かっていたように、消え始めた己の手を静かに見つめる。
「私の心残りはさ、君との約束を果たせないことだったから、多分、一緒に流星群を見れたらこうなるだろうなって、思ってた」
ひたすらに穏やかな彼女に、俺はただただ首を振る。
わがままを言う子どものように、無力に目の前の現実を否定する。
俺には何をしたら良いのかも、何が出来るのかも分からない。
そうこうしている間にも、刻一刻と彼女の身体は外との境界線を失い、ちりちりと星屑のような光の粒へと移りゆく。
まだ流星群は終わらない。
駄々っ子のような俺を見つめながら、彼女は困ったように微笑んだ。
俺は、必死に考えを巡らせていた。ここで終わらせないために。彼女を失わないために。
結論は、意外とすんなり見つかった。
俺は彼女を見つめながら、彼女を失いたくない一心で言葉を紡ぐ。
「俺も一緒にいく」
「は……」
「連れて行ってくれ。ひとりで、俺を置いて、いかないでくれ……っ」
俺の言葉に彼女は瞠目する。
お互いに目を逸らすことはしない。できるはずもない。
彼女は一度だけ瞳を揺らすと、ぐっと何かに耐えるように目を閉じた。
そして次に目を開けた時には、その瞳に強い決意が宿っているのを見た。
「それは、ダメだ。それだけは、できない…ごめんね」
「……っ」
「私はもう終わったの。薫の人生はもう終わったの。」
「……」
「だから、ここで止まってちゃいけない。次に進まなくちゃ。けど、それに君がついて来ることだけは許さない。私たちはもう、道を違えた。 だからどうか、見送って?それが、私の願い」
その声音は切実で、彼女が心からそう思っているのだと言うことは、容易に理解できた。
受け入れなければいけない。
彼女がそう望むのならば、俺は見送らなければいけない。
そう思うのに、追いついてこない感情が涙になって溢れ出る。
彼女はそんな俺の頭を愛おしそうに優しく撫でた。
「約束しよう」
「約束?」
「うん。私、生まれ変わったら一番に君のところに会いに行くから。君も私を見つけてね」
ポカンとしながらその言葉を聞いて。
だんだんと、その意味を理解して。
俺は必死に首を縦に振った。
「ああ、ああ、もちろんだ。見つける。絶対に見つけるから・・・・・・っ!」
たまらなかった。
本当に会えるかどうかとか、そんな議論、今はどうでもいい。
いや、どうでもいいわけではないがそれよりも、彼女がこの約束をしてくれたことが、俺はたまらなく嬉しかった。
彼女の身体はもう、本当にうっすらと見える程度になってしまっていた。
流星群は降らす星の数を減らしていく。
「ねえ、のぞむくん。ありがとう」
「……」
「私を見つけてくれて。私をこの丘に連れてきてくれて」
「……見つけるのは、これからだ。それに、ありがとうはこっちのセリフだから」
「ふふっ、そっか」
彼女はもう目を凝らさなければ、そこにいることが分からない。
流星群はもうすぐ終わる。
「ねえ、臨。ありがとう」
「・・・…なんだよ。そんなに何回も」
「私、楽しかった。ここで、少しだったけど、二人で過ごせて」
「それは・・・・・・お互い様だ」
「そっかあ」
彼女が笑う。
もうほとんど見えないが、その笑顔だけは鮮明に俺の目に焼き付いた。
流星群が終わる。
「臨、約束忘れないで」
「当たり前だ。また必ず見つけるから。………薫」
最後の最後、耐えきれなくなって、彼女の瞳から涙が一粒零れ落ちる。
その一粒が、星屑になった。それが、彼女の最後の一粒だった。
流星群が終わった。
あたりは、先ほどまでの光が嘘だったように暗く沈み、風の音だけが響く。
「…薫?」
返事は、ない。
俺は静まり返った夜空を仰いで彼女を想う。
目から雫はこぼれない。
月光だけが俺を、この丘を照らしていた。
どのくらい、そうしていただろうか。
あたりがうっすらと明るく色づいてきた頃、俺はようやく立ち上がった。これからどうしようかと考える。
「まずは、求人票でも見てみるかな」
そして、歩み始めた。
立ち止まっているわけにはいかない。
彼女と再会した時に、誇れる自分でなくては意味がないのだから。




