ep.3
・・・・思い出した。夢から覚めたような気分だった。
思い出した今となっては、どうして忘れていたのかわからない。
確か、2人で流星群を見た後は、病院に戻っていろんな人から怒られて。
それからすぐ退院したこともあって、かおるちゃんと会うことはなくなったんだっけ。
もう、30年以上、経ったのだ。しし座流星群は33年周期でおとずれる流星群だった。
今、かおるちゃんは、どうしているのか。
「ねえ、君、いきなり黙ってどうしたの」
声をかけられ、おもむろに彼女の方を見た。
――息が、止まったかと思った。
一瞬、ほんの一瞬、彼女とかおるちゃんの面影が重なったのだ。
ハッとしてすぐさま首を振り、慌ててその幻影を打ち消す。
そんなことはありえない。ありえてはいけない。
そんなことは許さない。
約束したのだ。また、ここで、流星群を見る約束を。
今年はその約束が果たされることはさそうだが、また30年後にここに来ればいいだけだ。
そもそも、あの子は薬の副作用で髪が全て抜けてしまって、いつもニット帽をかぶっていた。
彼女のような長い髪を持ってはいなかった。
けど、確かに、あの子が成長して髪を伸ばしていたら、こんな風にとても綺麗な髪なのだろう。
彼女は俺を心配そうにのぞき込んだ。
「ねえ、ほんとにどうしたの。どっか痛い?」
その眉根を小さく寄せた顔に、心配をかけてしまったことを悟る。
「あ、ああ、ごめんごめん。ちょっと考え事してて。」
「考え事って……仕事のこと?もしかして、私のせい?軽くリストラか言ってごめん。」
彼女がらしくもなくしゅんとする。
俺は勘違いさせてしまったことに気がつき面食らった。
「違う違う!まあそっちも悩んでないって言ったら嘘だけど、今はそうじゃない」
「じゃあ、なに?」
「いや、ちょっと急に思い出したことがあって感傷に浸ってたというか・・・」
「思い出したこと?」
俺は気恥ずかしくなってきて、頬をポリポリとかく。
彼女に視線で続きを促され、渋々口を開く。
「実は・・・俺もここで流星群見たことあったんだよ。・・・その時女の子が一緒でさ、今どうしてるのかなって」
そう言った途端、彼女は勢いよく俺の目の前に身を乗り出した。
俺の足のすぐそばに置かれた手と、あと数センチで、鼻がくっついてしまいそうな距離感。
唐突な彼女のドアップに、思わずのけぞる。
近くで見るとより、白くきめ細やかな肌の綺麗さがハッキリと分かる。
幽霊だから実際にはしないはずだが、いい匂いまでしてきそうだ。
そんな煩悩だらけの俺の脳内もつゆ知らず、彼女は興奮したように捲したてる。
「ねえ、もしかして、もしかしてっ、思い出したの?」
「へ……」
「私っ、私ねっ」
――刹那 世界は光で彩られる
漆黒だった夜空に数多の星が降ってくる。
夜であるはずなのに、星の光で大地が照らされ昼と錯覚してしまいそうだ。
それはまさしく、奇跡としか言いようのない光景。
俺たちは向かい合っていることすら忘れて、その眩い光に魅入る。
息も吸わず、瞬きもしないまま空を見つめ続けた。
おもむろに、彼女は乗り出していた身を引いて、空と真っ正面から向き合った。
その動きはひどく緩慢で、空から目を一瞬でも離したくないのであろうことはすぐにわかった。
流星群を見つめて、徐々にその奇跡に確信を持ったのか、これまたゆっくりと口角が上がる。
そして、子供のようにはしゃぐのだ。
「すごい…すごいすごいすごいっ。凄すぎるでしょこんなの!綺麗……」
「ほんとに、綺麗だな……」
俺もまたこの景色に感動し、惚けていた。
視線を外すことなどできない。
だから俺は、まだ彼女の表情を見ずにすんでいた。
「ねね、見てる?」
「ああ見てるよ」
「ほんと綺麗。夢みたい・・・・・・」
俺はその言葉に、ぴくりと身体を震わせる。
夢みたい、かつてもそう言って流星群に感動している人がいたから。
俺は耐えきれずに彼女の方を向いた。向いてしまった。
彼女の顔を見た瞬間、世界から音が消えた。
先程まで、視線を外すことすら躊躇われた流星群が、一欠片も目に入らない。
俺の視界にはもう、彼女しか映っていなかった。
流星群を見てはしゃぐ彼女のその顔、その表情。
空の流星よりも輝くその笑顔を、俺は見たことがあったから。
その事実が示す現実を、頭の中で必死に否定する。
けれども頭よりもさらにさらに深いところで、幼い姿をした俺がそれは真実であることを囁く。
俺は無意識にも、ある種の確信を持ってその名を呟いた。
「……っ、か、おる、ちゃん」
彼女は、『かおるちゃん』だ。
彼女がこちらを振り返る。
その動作は機敏であるはずなのに、俺の目にはコマ送りのように遅く映った。
お互いがお互いの視線を捉える。
もう俺たちの世界には、俺たちしかなかった。
どうして、と口が動いた気がした。
彼女の顔は数瞬前とは打って変わって、驚愕と動揺に満ちたものだった。
しかしそれも長く続かない。
彼女は、驚きから一転、泣きそうに顔を歪めたかと思ったら、幸せそうな優しい笑顔を見せた。
「正解」
その声はいたずらっ子ような響きを含んでいて、彼女は最初から俺が『のぞむくん』であることに、気づいていたことを知る。
これ以上なく嬉しそうに微笑む彼女に、俺はなにも言えずただ唖然としていた。
「もう、本当に気づくの遅すぎだよ。久しぶりだね、のぞむくん」
「ほ、ほんとう、に」
必死にかすれ声を出した俺に彼女は軽やかに頷く。
「そうだよ」
「・・・…」
「私ね、死んじゃったんだよ」