か
「これじゃダメなんですか?」
「翔太くん、これは何をお描きになってるのかな?」
質問に対しての質問だが。女神張りの美人先生なら許される崇高な駆け引きだ。
「綺麗なものを集めてみました」
先生の顔が左後方にごく至近距離にあるので無理に振り向けない。
顔が見たいけど見れない。声だけしか聞こえない。
それでもふわふわとあったかい。
胸の奥から喉のあたりをじんとした刺激が逆さに流れてくる。
なんとももどかしい。
「翔太くんが綺麗だと思う景色なのね、それは自由でいいのよ」
返事が来た。正解じゃないのに褒められていいの?
か、会話が成立した……? 気持ちが一層ふわふわになっていく。
このまま僕と蜜柑子先生だけの秘めごとにしておきたい。
駄目だから親切に注意をして下さってるのに。
綺麗な景色は共感できている。
もしかしたら注意を受けるのではないか、内心では冷や冷やしていた。
僕の心は右に左に揺れていた。
もしも注意もされず素通りされたりしたら、僕なんて眼中にないんだ。
優等生と友達と明るく楽しく過ごせる生徒だけが先生の視線を射止める。
なんて思い込んでひとりトボトボと下校していくんだろうなって。
先生の見回りの足音が近づくたびに怖さも覚えていたのだ。
「うーん、そうね。翔太くん、ここはね──」
は、はじめてだ。
手ほどきをして下さるなんて。そんな先生は園児時代にさえも現れなかった。
僕は真剣に聞きたいのに、自分だけに向けられたこの優越が先生の声を知らずに遠ざけてしまう。
「翔太くん「綺麗」という言葉を使わずに文章を作る、という出題なので」
「は……い……」
喉元に昇って来たじんとした刺激は目の奥にまで一気に到達していた。
増していく刺激は顔中をめぐり、目の奥から滲み出てきたんだ。
「大丈夫! 翔太くんなら大丈夫よ!」
あ、僕の瞳は無意識になにかで曇っていた。
ちらりと横目で先生の顔を見たかった。どんな顔して励ましをくれているの。
でも眼球は動かせない。動かせば、こぼれてきちゃうんだ。
感激で目が潤んでいたのはわかっているから。
「言葉が入ってると正解じゃないの、ほら頑張って!」
僕は微かにうなずいた。
「きれい」を消して綺麗になった答案用紙。
ポタっと染みた熱い雫で滲んだ空白に僕は文字を入れられなかった。