う
もうすぐ僕の所へ先生がたどり着く。
嬉しいのか、怖いのか。良い匂いなのか、ギブミーチョコレートなのか。
よく分からない気持ちを胸に秘め、緊張を堪えていた。
ごきゅん。生唾を呑んでしまった。
唾ならまだましだ。この前は緊張しすぎて生ベロを吞みそうになった。きもっ。
はっ!
ふと耳の後ろに生温かな吐息を感じる。
ようやく妖精界からの使いが現れたのでは? 一瞬そう思うも囁きがない。
「お飲み物は何になさいますか? ご主人様!」その囁きが聞こえんのだ!
許せない!
だが直感的な直観力に目覚めた僕に妖精フェイクはもはや通用しない。
僕は無意識にぞわっとした感情に包まれる。
と同時に先生の柔らかな声が耳に鼻先にとまとわりついた。
ぐおっ、先生のお声でしたか!
決して嫌なわけじゃない。妖精外からのお誘いでも全!全!全然OKだ。
べつに先生が息を吹きかけたとかそんな訳じゃない。訳じゃないのだ! キィ!
うちはそのようなアブノーマルな学園ではないのだ。
先生が姿勢を低くしながら僕に話しかけて来ただけだ。
ノックはして下さらないのですか。
トントントン、何の音? お化けの音! きゃぁぁぁああ! ってやつ。
一年生で卒業したやつな。
はい、授業中でした。
先生の声が耳元に触れたのと同時に白くてきれいな手が僕の視界に入ってきた。
「翔太くん! ここ違うよ? また同じ間違いをしているね!」
ご親切にどうも。
先生に間違いの指摘を受けた僕は、自記 翔太。
誰だか知らぬが先ほどから強烈な視線を感じてならないのだ。
申し遅れた、ぼくは──。
頂上県立勝利万能肩書悶絶級小学校の三年二組の男子! 男子! 男子だ。
誰が何と言おうが男子! 男子! 男子! なのだ。
ただの男子ではない!
普通の男子でもない!
中流階級の男子、男子でもない! 中途半端な男子は男子ではないのだ。
男子! 男子! 男子!
例えるなら、サイン・コサイン・タンジェント。その三段活用領域の男子だ。
先生は僕が間違えた回答をしている個所をそっと指さしてくれている。
天使、はたまた天使の使いにしか取れない崇高な行動だ。
その可憐な指先にある解答欄に目を移しながら僕は用紙を手に取り自分の子豚のようなはちゃむくれの顔に近づけてみる。
決して匂いを嗅ごうとしているのではない。断じてない!
そのようなことは断じて感じてない!