第六陣
昼休み、教室の片隅。
一冊の戦国戦術書を読みふける俺、隣から野村が市販のサンドイッチを食べながら横目で俺を見ている。
「また読んでるの?それ、何の本?」
「戦術書だ、今日は“陣形”について記されている、ふむ、鶴翼の陣に始まり、魚鱗、方円、そして…車懸かりの陣……美しい」
「じ、陣形?」
「実際の合戦において実在した兵の配置、それが陣形だ、たとえば鶴翼の陣とは、このように──」
俺は机の上にノートを広げ、ペンを使ってスラスラと陣形を描き出す。前衛、側面、包囲網…。
「なるほどねぇ…鳥の羽のように、こうやって囲んで倒すんだ」
「魚鱗の陣は攻め特化、車懸かりの陣は繰り返しの波状攻撃によって敵を疲弊させる、全て理にかなっている」
「そっか…でも、戦いって、目に見える陣形だけじゃなくて、やっぱり“罠”とかも大事なんじゃない?」
野村がぽつりと呟く。
やはり、鋭いな。
「例えば…予め兵を分けて…そうだなぁ、攻撃する兵と囮の兵!囮の兵はわざと逃げるふりして、敵が調子に乗って追いかけたところを攻撃する兵で挟み撃ちにするとか!」
「…なっ!?」
「え?なに、私変なこと言った?」
「…釣り野伏せ、か」
「つ、つり…?」
「島津家が得意とした戦術、まさに今、貴様が語った通りの策だ、敵を誘い込み、伏兵で挟撃する…貴様はそれを、戦術知識なくして思いついたのか…?」
「う、うん…」
「…貴様は、生まれついての戦術家…軍師だな…いや、感服した!!」
「え、えへへ…なんか、褒められちゃった?」
「貴様は、俺には欠かせない片腕であり、軍師だな!」
「…私が仕える側なんだね…友達だと思ってたけど…」
「もちろん貴様のことは信用している、対等なる同胞であり、同志でもある、俺が不在の時は、その手腕で戦局を導いてくれ」
「…は、はぁい…」
野村の笑顔は嬉しそうで、でも少しだけ曇って見えた
「同志でも軍師でも良いけど、大事にしてね!」
「当然だ、貴様がいなければ俺の高校生活に維新は、来ない!」
「い、維新?」
「ああ、軍師がいなければ俺は孤立しているだけだ」
「…自分で言うなよぅ…ていうか、孤立とか言ってるけど、河上君、さっき藤原さんと喋ってたじゃん…」
藤原蒼新
同じクラスの女子。
苗字からして恐らく名家の系譜だ(本人には聞いていないが)
「藤原からは歴史の事を尋ねられただけだ、孤立には変わりない」
「ふーん、でも歴史のこと聞くのは私の特権なんだけど…」
野村が頬をぷくりと膨らませる。まるで子供のような反応だが、どこか本気に見えるのは、俺の気のせいだろうか。
「それは…うむ、確かに貴様が最も多く、そして深く歴史の話を聞いてくれる存在ではあるな、勘も知識も申し分ない」
「でしょ?」
得意げに笑う。まるで勝利宣言のような笑みだった。
「だが!」
「だが…?」
「訊ねてきた事に対しては全力で対処せねばなるまい、藤原とて、例外ではない!」
「そうだけどさぁ!じゃあ私だって色々聞くから!」
「まったく、軍師というのは、時に君主よりも存在感が強いな…もし謀られたら対処仕切れぬやも…」
「だから!あまり怒らせないでねっ!」
怒らせたつもりはないのだが…?
この日から俺と野村の相棒、君主と軍師関係が始まったのだ。
日々歴史を語り、鋭くも、心地よい反応をする野村、こんな日が何日か続いて、それが当たり前となっていた。