第五陣
放課後、まだ校門までは辿り着いていない、校舎の敷地内を二人で歩く。
「新選組は知っているか?」
俺が問いかけると、隣を歩く野村が「うん」と頷いた。
「名前だけなら…有名だよね、ドラマとかになってるし、刀持ってて、バサバサ斬ってくイメージ」
「それは誤解だ」
ピタリと足を止めて、俺はいつものように語り出す。
「新選組の主な活動は京の治安維持、無闇に斬殺していた訳ではない
新選組の活動期間は、わずか六年だ、比較に出すならば、川中島の戦いは十二年続いた、倍だ」
「え〜……短〜い、有名なのに、そんな短かったの?」
「浪士組を結成した近藤勇らが京都守護職のもとで動き出し、土方歳三が箱館で戦死するまでのわずか六年、その間に、彼らは数々の政変に関与し、歴史を揺るがした」
「でもさ、池田屋?とかもそうだけど、新選組って“斬る”イメージが強くない?」
「確かに池田屋事件では斬り合いもあったが、それは相手が多勢であり、襲いかかってきたからだ、基本的に彼らは“捕縛”を旨としていた、むやみに斬っていたわけではない」
「…へえ、なんか数でゴリ押ししてる印象だったけど」
「むしろ後半、人数が揃ってからは、斬るよりも捕えることに重点を置いていた、土方は特に、秩序と規律を重んじていたからな」
「……そっか、なんか、ちゃんと考えられてたんだね、バサバサってわけじゃないんだ」
「敵よりも仲間内の死者の方が多かったかもな?」
「うええ!?」
「…まあ、それは調べようがないが、少なくとも新選組隊内では戦死者よりも粛清者の方が多かったらしい」
「しゅ、粛清者…?」
「局中法度と言ってな、まあ、隊内の厳しい規律があってな、それを犯すと切腹だ」
「いやぁ〜…なんか思ってたのと違う…」
「色々と勘違いされがちではあるが…歴史とは、そうした誤解を解くことでさらに面白くなるものだ」
俺はふっと鼻を鳴らした。
すると野村が、少し目を細めて微笑む。
「…河上君が話すと、ちょっとカッコよく聞こえるね」
「当然だ、カッコいい話を話しているだけだからな」
「ううん、河上君が、カッコいいよ」
野村は真顔で言い放つ。
本心が分かりづらい。
「…新選組の話、続けるぞ
隊服の話だ、あの有名なダンダラ模様の羽織は知っているな?」
「ああ、うん、水色と白の、新選組と言ったらそれだよね」
「あの隊服は最初の一年で廃止されたらしい、少なくとも池田屋事件の際は着用していた、という」
「えー、意外…」
「それ以降の新選組は黒ずくめの服だったそうだ」
「黒ずくめかぁ…夜は良いけど、昼は逆に目立つね」
「その通り、当時黒ずくめの者がいたら新選組、というイメージがあったようだぞ、頭の切れる土方の案だろうか」
「待って、さっきから土方さん土方さんって言ってるけど、新選組の隊長って近藤…さん?じゃなかった?土方さんが隊長なの?」
「隊長は一から十番隊までそれぞれ存在している、近藤は局長、土方は副長だ」
「うん、でもさっき土方さんが戦死して新選組が終わった…みたいな事言ってたけど…?近藤さんは?」
この女は、本当に話をよく聞いているな。
「近藤は…土方が戦死する前年に処刑されている、近藤処刑後に土方が新選組を引き継いだ、という形だな」
「し、処刑!?捕まっちゃったの…?」
「近藤は甲州勝沼の戦いの後、単身で降伏したんだ」
「何で?殺されちゃうじゃん!」
「その当時の新選組は甲陽鎮撫隊と名前を変え、近藤自身も大久保大和、と言う偽名を使って活動していたのだ、敵方の新政府軍には顔は割れていない、と思っていた…が」
「…が?」
俺はこの先はあまり語りたくない、近藤の無念と覚悟で胸が締め付けられる、だが一度口を開いたからには完遂しよう、近藤の名誉の為に。
「新政府側に元新選組隊士がいた、近藤の顔が、割れていた」
「いやぁ!」
「下された判決は、打首獄門、刑の中で最上位に重い刑だ…」
「う、打首は分かるけど、獄門って、何?怖い?」
「首を斬った後、その首を晒す、本来武士には適応されない残酷な刑だ…」
「ひゃあっ!」
野村が俺の肩に密着してきた、柔…気が散るが続けよう。
「近藤の首は板橋で晒され、その後大阪、京都で晒された」
「何でそんな事するの…あと獄門…?は武士には適応されないんでしょ…?」
「近藤は間違いなく幕臣だ、最低でも切腹だろう
だが…坂本龍馬は土佐藩の英雄だ、当時坂本龍馬の暗殺は新選組の仕業だと信じられていてな、新政府軍には土佐藩の者がいた、近藤の処遇についてはかなり対立したのだが、結局土佐藩の者に押し切られてしまってな…」
「酷い!酷いじゃん!」
「…正直そこまでするか、とは思うが土佐藩の者は新選組に恨みがあって当然だ、池田屋には土佐藩の者もいた訳だ…」
「でも、それとこれとは…」
「そうも言っていられぬ時代だったのだろう…無念だがな…」
「…でも、その後新選組は一年しか持たなかったんだ…悲しいね…」
その一年も彼らにとっては短いのか、長いのか…未熟な俺には到底理解することの出来ぬ激動の月日だっただろう…
「ああ、本当にな…一浪士から幕臣に、歴史に名を刻むまで出世したのだ、哀しくも、華々しい活躍だ…彼らの活躍は短い期間だったかもしれん、だが動乱の幕末、それも当然、語るにも語り切れん」
「そうだね、しかし河上君は本当に詳しいね、何でそんなに詳しいの?」
「…俺の浪漫の為に他の物を犠牲にした、結果的に浮いた存在となった…」
「犠牲になんてなってないじゃない!浮く前に私が掴んであげるから!」
そういう問題か…?と多少疑問は持ったが、この者が言うのだ、あながち出鱈目でもないのだろう、と思ったのだった。