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第二陣

放課後。

図書館でまた調べ物を終えた俺に、野村彩葉が唐突に話しかけてきた


「…また君か」


「また私だよ!また電気も点けないで…連絡したのに無視するし…!」


「連絡…?」


俺は携帯端末を取り出す


いろは:どこにいるの?


いろは:ねえー!


いろは:ねえー!無視しないで!




「…すまなかった、音が出ないようにしてあるのでな…」


「良いよ、頭なんか下げなくて!」


声と表情から見るにかなり怒りが強い様子だ


「これは罰が必要だね!」


罰だと…?俺は罰せられる程の事をしたのか…?


分からない。


「…申し訳ない、腹の虫が治るのなら、どのような罰も受けよう」


俺はその場に正座をした。



「…そんなの求めてないよ…!その代わり、河上君、今日ちょっと寄っていかない?」


「どこにだ?」


「駅前のケーキ屋さん。友達におすすめされたんだ。すっごくおいしいらしいよ」


ケーキだと?

俺は立ち止まる。そして首を横に振った。


「む、断る!俺には合わん!あの空間は……鼻が潰れる」


「潰れないよ!」


「バター臭いのだ、あれはもう……乳の暴力だ!文明の匂いの権化、俺の嗅覚が許さぬ」


「乳の暴力って何!ちょっとエッチだよ!

…河上くん…」


野村が三日月のように目を細め、ため息をつく


「ケーキにだって、ちゃんと歴史あるんだよ?」


「っ……ぐっ」


「ほら、そうやって自分で食いついてくるでしょ?」


「……くっ、油断した」


野村がにこにこと笑いながら言う。


「それにさ……昼休みに、メロンパン食べてたくせに!」


俺は一歩後退した。


「な、なぜそれを……」


「クラスの皆言ってたよ。『河上くん、意外と和洋折衷じゃん』って」


「……謀ったな、貴様、俺の背後を見ていたのか」


「背後取られるとか、戦国武将として失格じゃない?」


「くっ……言うではないか……!」


「じゃあ、行こ?」


「…むぅ」





──数分後。


キラキラと、眩い店に辿り着いた。


ここは…ケーキ屋…なのか?


それよりも何だ、この鼻に刺さるほどの甘い匂いは…!


「ダメだ!…ここはいかん!やはり臭い!この匂いは目に来る!」


「目には来ないでしょ!?」


「戦とは五感すべてを鈍らせてはならぬのだ!」


「戦してないよ!」


だが、ふと目に入ったショーケースの中に。


「これは……抹茶とあんこのロールケーキか…?」


その瞬間、河上昌景の武士道は、静かに和洋折衷へと傾き始めた。


「おっ、目ぼしいものが見つかったようだね」


「すみません、店員さん、季節の苺ショートケーキを一つ下さい」


「口調!それに抹茶はどこに行ったの!?」



「…こちらの方が好みだ」








「なぁんだ、やっぱり洋菓子好きなんじゃん!良かった、誘って」


小洒落た洋菓子店、店内の座席に二人。


「そもそも俺に連絡した理由は何だったのだ?」


「ん?ここに一緒に行こうって思って…」


半ば引きずるようにして連行されたような気もするが…



「じゃあ、いただきます」


目の前で野村がフォークを手に取り、モンブランケーキを口に運ぶ


「…うわぁ、美味しい…うん、これは友達が推すだけあるよ」


「む…それは良かったな、では俺も…」


一口。


「…あ、美味しい…」


「あー!素のリアクション出た!」


 野村が笑いながら身を乗り出してくる。


「……でも、食べてくれて良かった〜誘って、ちょっとだけ不安だったんだよ?」


「なぜだ? 貴様は、何事にも自信があるように見えたが」


「うーん、多分ね、河上君が何を考えてるか、ちょっとだけわかるようになってきたからかも」


「…どういう意味だ?」


「そのままだよ。なんとなく、君が一人でいたがる理由とか、他人に深入りしないようにしてることとか、ちょっとずつだけどわかる気がするの」


…俺の防壁が、野村彩葉の言葉に少しずつ削られていくのを感じた。


「でも私は深入りするよ?戦国で言うなら……うーん、敵陣に突っ込む単騎駆け?」


「それは本多忠勝のことを言っているのか…?それとも…」


「知らないけど…あ、でもそれっぽい名前だよね!やっぱ歴史って面白いかも」


笑いながら野村はフォークの先で、栗を一つ俺の皿の上に置いた。


「はい、どうぞ、河上君」


「…女子が…はしたないではないか」


「はしたなくても結構!ほらっ!」


是非もなし、と言いながら、俺は栗を口に運ぶ。


「…む、これは……」


「?」


「頭が割れそうだ、美味すぎる」


「でしょ?モンブランの一番大事な所だからね」


「ふっ、戦で言うところの大将首、だな」


「怖いし、褒めてるのかどうかわかんないよ!」


二人で笑った。

日が沈みかけた窓の外、放課後の帰り道は、ほんの少しだけ色を変えていた。





「あー、楽しかった、私、今日みたいなのも、たまには良いなって思ったんだ。なんていうか……ちょっとだけ、非日常?」


「……非日常か、俺には常に日常が非日常のようなものだがな」


「うわ、名言っぽい、あ、でもそれって浮いてるって自分で認めてるってことじゃない?」


「……むぅ」


事実故に言い返せない。

否、言い返す必要もないか。

野村彩葉は、俺を責めているわけではない。ただ、観察し、言葉にしているだけだ。


「でも、なんだかんだで話すの楽しいよ、河上君、いろいろ変で」


「貴様は……変だと思っていたのか?」


「うーん……変というか、あれだよ、“ズレてる”?」


「……直球だな」


「でもさ、ズレてる人って、合わせようとしたら意外と面白いじゃん?」


「それは……貴様が変わっているからではないのか?」


俺の言葉に、野村はふっと笑った。

それはいつもの明るい笑顔とは、どこか違っていた気がする。……気のせいかもしれない。


「…ね、河上君。私たち、何だろうね?」


「何とは?」


「うーん……クラスメイト、以上?以下?よくわかんないなって」


「そうだな…まだ、定義づけるには早かろう」


「うん…じゃあ、今はとりあえず、“今日ケーキを一緒に食べた人”ってことで」


「それで良いだろう、肩書きは、行動が伴ってこそ意味を成すものだ」


「やっぱりちょっとカッコつけてるよね、それ」


笑いながら、野村は俺より一歩前に出て、くるりと振り返る。


「じゃ、また誘っても良い?連絡もするからちゃんと見てね?」


その問いに、一瞬だけ言葉が詰まる。

俺の中の“いつもの日常”が、また少し形を変えようとしていた。


「…ああ、善処する」


「よし、じゃあ決定だね。おやすみ、河上君また明日!」


そう言って、彼女は手をひらひらと振りながら角を曲がっていった。



この女は何なのだろうか。

定義、か。


俺には些か荷が重い気がしてならない。




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