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第二十四陣

俺の母方の祖父が所有する、無人の小さな平屋。


年に数回は換気、水流しをして維持しなければならないらしい。


休日なのに俺1人だけ鍵を渡され、平屋の現状維持に駆り出されてしまった。


俺の家から4駅ほど進んだ距離の場所にソレがある。



何度も足を運んでいるが、この家、使い道がないのであれば潰せばいいと思っている。面倒だから。



辺鄙な場所に俺1人、暑い、やった事にして帰りたいが、証拠の写真を撮らねば任務完了とならない。


(野村が暇なら手伝わせたのだが)


荷物を下ろし、引き戸を開けると、ふわっと乾いた木と古畳の匂いが鼻をつく。


「やはりこの空気、昭和そのものだな……」


靴を脱いで上がると、床板がギシ、と音を立てた。


「…まあ、換気、水流しと床掃除だけならすぐ終わるだろう」


ガラリと雨戸を開け、台所の蛇口をひねり、水が勢いよく流れたのを確認する。


築年数はかなり経っているが、一度改修はしている。


…住めるな、ここは。


ここは国道沿い、駅が見え、道向かいに自動販売機、1キロ進めばコンビニがある、住むには苦労しない。


ポケットの中のスマホを取り出して、ふと考える。

…野村なら、来るかもしれない。


いや、来ないかもしれない。


でも、来るかもしれない。


気づけば俺は、トーク画面を開いていた。


「今、祖父の家にいるが掃除、思ったよりキツい」


既読が付くのが早い。


いろは:え、大丈夫?一人でやってるの?


「ああ、多少後悔してる」


いろは:場所、送って、行く


拍子抜けするくらい、あっさりだった。


実際は1人で全て出来る範囲だ…何か罪悪感が…。



スマホを置いたあと、俺はしばらくぼーっと天井を見つめた。


わざわざ汗をかきに来ることを選ぶような人間が、他にどれほどいるだろう。


ありがたい事だ。



「――はぁ」


軽くため息をついて、腰を下ろす。


まあ、掃除ついでに換気していけば、なんとかなるだろう。


野村が来るまでの時間。どうするか。


俺は一つの結論に達した。


「…買い出しに行くか」


別に、必要な物があるわけじゃない。

けれど、礼儀として、何かを「準備しておきたい」と思った。


財布とスマホだけをポケットに突っ込み、俺は外に出た。


国道沿いを歩きながら、何を買うか考える。


(野村の好きそうな飲み物…炭酸だと甘すぎるか?いや、冷たい麦茶のほうが)


こんなふうに「誰かのために買い物を考える」など、野村の誕生日に数珠を買って以来だ。





レジ袋を手に、平屋に着く頃には汗が額から顎へと落ちていた。



別に特別な何かを買ったわけじゃない。

買った品々を空の冷蔵庫に収納していく。


(では、やっていくか)


リビング、台所、8畳、6畳の部屋、それに蔵がある平屋だが年に何度か清掃しているおかげでほとんど汚れはない。


(これなら箒で掃くだけで済むか)


順に順に掃いていく、意外と埃はあるものだ。


少し息をつこうと、箒を立てかけたその時


「…こんにちはー」


玄関先から控えめな野村の声が聞こえた。


出迎えると髪を束ね、学校指定ジャージ姿の野村が笑顔で立っていた。


「来たよー!」


「ああ、助かる、暑い中、すまないな」


「でしょ〜?はい、コレ、瓶ラムネ、駅で買ってきたんだ〜」


彼女が差し出したビニール袋を受け取りながら、俺は冷蔵庫を開けた。

中にはすでに麦茶と氷菓子が並んでいる。そこに野村の分も加えると、妙に冷気が充実した気がした。


野村は軽くストレッチをしながら、掃除用の小さな箒を手に取る。

後ろで束ねられた髪が、それに合わせてふわりと揺れた。


「で、どこからやればいい?っていうか、もう結構綺麗だね?」


「年に数回は来てるからな、軽く掃いて、風を通すだけで十分だ、そうだな、まだ風呂とトイレの換気、水流しが終わっていなかった、一通り頼む」


「了解っ」


ぱたぱたと足音を立てて向かっていった。




俺は外、縁側を掃こうか。


縁側は手を入れていないせいでそれなりに朽ちている。


掃いていると風呂場の窓から野村が顔を出している。


「意外とお風呂大きいし、綺麗だね〜」


「そうだな、建物の外観はアレだが、一度改修しているからな」


「なるほどね〜…ねえ、こっちはもう終わるけど、次はどうする?」


水流し自体はすぐ終わるものな…


「玄関の掃除がまだ出来ていないのだ…任せて良いか?」


「当たり前だよっ」


頼もしい返事と共に野村は顔を引っ込めた。


(野村に声をかけて、良かった)


野村と何かしらを共有したがっている自分がいるのは確かだ。



「…」


この短い間にも、色々あった、野村と図書館で出会い、俺の高校生活は明らかに彩られた。


放課後にケーキを食べに行った

駄菓子を買いに行った

様々な戦国、幕末の知識を嫌な顔一つせずに聞いてくれた

更に独自の理解力、これには驚いたーーーー


何の気無しに贈ったブレスレットを今も肌身離さずつけてくれている


そして何より俺の事を好きだと言ってくれている。

今は…どうだろうか。



(もうとっくに異性として見ているのにな、俺は)




ガチャっと玄関が開いた。


「ねー!終わったよ〜!」


「早いな」


「そりゃそうだよ!野村だよ?」


野村は箒を持ち、得意げにポーズを取る。


「ありがとう」


気づけば、口から言葉が零れていた。

驚いたように、野村がこちらを向く。


「え?」


「…いや、別に、掃除手伝ってくれてとか、そういう意味だけではなくて、なんというか、色々とな」


野村の瞳が見開かれる。

次の瞬間には、ふいに視線を逸らす。


「…そっか、なんか、今の、ズルいかも」


「ズルい?野村の口癖だな」


「ううん、なんでもない」


彼女は、笑おうとして、笑い切れずに目を伏せた。


そのまま、少しの沈黙が流れる。

でも、嫌な沈黙じゃない。



「…俺もアイスクリームと飲み物を買っておいたのだ、そうだ、野村もラムネを買ってきてくれたのだものな、一息つこう」


「う、うん、じゃあここ…縁側にお邪魔しようかな…」


「掃除はしたが、それでも少し汚いぞ、良いのか?」


「うん、良いよ…こういうところで飲むラムネって…良いじゃん」



冷蔵庫からラムネを2本取り出す、なかなかに冷えている。


認めたくないが、夏だ

夏草の匂いが室内まで香ってくる。


野村の隣に腰をかける

ラムネを置く


「ありがと」


野村はふっと笑いながら、指先でラムネの栓を押し込んだ。

しゅわっという軽快な音と共に、炭酸の香りが立ちのぼる。


「…夏だねぇ」


「ああ、間違いなく夏だ、気温、匂い、音……すべてがそう語っている」


「そっか、河上君にとっても、今はちゃんとした夏なんだね」


「…ああお前がいるからな」


「っ!」


一瞬で、野村の動きが止まる。

ラムネの瓶を持つ手がぴくりと震えた。


「い、今の、またズルい……」


「いや、これは事実だ」


「……も、もう、飲も!ほら、せっかく冷えてるし!」


「うむ、そうだな」


グラスの代わりにラムネ瓶を軽く掲げて、乾杯のようにぶつけ合う。

小さな「かちん」という音が、静かな家の中に反響する。



「…呼んでくれて、嬉しかった」


「いや、こちらこそ、助かった」


「…なんか、歴史を感じるね、ココ…」


「そうだ、この付近は武田と諏訪の戦場だったのだ…」


「あ、マジな方!?」


「ああ、もしかしたらこの辺を掘り起こせば武器や鎧などが…」


言い終わる前に野村が肩を寄せる。


「…なんだ、暑いぞ」


「…夏だもん、続けて…」


「…この付近で戦があったのは、武田信玄の父、信虎の時代だ、当時の戦死者は千ほど、と言われている、ここからほんのすぐの供養碑に行ったのだが、石が積み重ねてあるだけだ、それも今は崩れている、人様の敷地を跨がねばそこへは辿り着けない、なんとも嫌な気持ちだ」


「…」



(野村!!寝てるじゃないか!!!!)

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