第二十陣
「……永倉新八はひと睨みでそのヤクザ者を撃退したのだ、数々の修羅場を潜り抜けた者故の殺気とでも言うのだろうか…ん?」
野村が紙に動物を描いている。
「…その態度はどういう事だ…?片手間に聞きおって…それとも聞いていないのか…?」
「…えっ?ごめん、今更、ガン見して聞くのも恥ずかしくって…」
その落書きの動物があまりにも下手で、それも俺の怒りをメラメラと煽った。
「…承知した、そこに直れ」
野村は背筋を伸ばし、こちらを見据える。
「…お仕置き?」
「よく分かっているな、今回も選ばせてやろう…」
「うんっ!」
(なんなのだ、このハキハキとした返事は…?)
「貴様はなぜそんなに目を輝かせている…?言っておくが罰とは二度と同じ過ちを犯さぬ為の…」
「お尻は、叩いてくれないの…?」
「アレは、勢い余ったとは言え、執行してしまった、が、貴様は再犯してしまった、罰としては無効だったようだ」
「…ていうか、罰を受けるなら河上君じゃない?タチの悪い冗談言ったり色々…」
「うつけが、それは先に貴様が…」
「…河上君への罰…何が良いかな…」
(この女、聞いていない)
「あ!これが良い!」
野村は鞄から小さい小箱を取り出し、開ける。
「…なんだ、それは…?」
「マイ耳かきセット!」
「そんな物、学校でいつ使うのだ?」
「河上君にしてあげようって思って!!これで私が河上君の耳を掻いてあげる!」
「うわ、気持ち悪…」
「お?今素が出たな?」
そう言い野村は床に正座をし、自分の膝の上をぽんぽんと叩いた。
ふざけているのかと思ったが、彼女の目は真剣だった。
そして、ほんの少しだけ照れくさそうでもあった。
「貴様、正気か?」
「うん、超正気!最近流行ってるんだよ、ASMRとか耳かき動画とか、やってみたいなって、思ってた、リラックス出来るよ?」
「間に合っている」
「来て!頭乗せて!早く!早く!」
野村の声には鬼気迫る物を感じた。
「言う事聞かないと、あの時パンツ覗いた事、周りに言いふらすからね!」
「勝手に二段飛ばしで階段を登るからだ」
「うるさい!早く!!」
「……」
促されるまま、俺は仕方なく彼女の膝の上に頭を乗せる。
「あっ♡来てくれた♡」
(お前が来いと言ったんだろう…)
…柔らかい、枕代わりの太ももは想像よりもずっと柔らかく、ひんやりとしている。
(まただ、また女の、野村の匂いだ…)
脳が痺れる感覚になる。
「じゃあ、行くよ…動かないでね?」
「傷をつけようものなら、重罰を与えるぞ、いや、警察だ」
「わ、分かってるって…!」
そして野村の指が、そっと耳のあたりに触れた。
髪をすくように、やさしく耳のまわりを撫でる。
ぞわぁ…と全身が痺れたような感覚になった。
心拍が一拍ずつ遅くなっていくのを感じた。
そして耳かきが耳穴に入り込んでいく。
最初はざわつくような違和感に、無意識に肩が揺れた。
(!!これは…!!)
耳の中で、細かな木の先端がこすれる音。
不快感など、ひとかけらもなかった。
むしろその繊細な音は、不浄な心を静かに洗い流していくようだった。
「くすぐったくない? 痛くない?」
野村の声は普段よりも、優しく、小さい。
「…いや…」
返事すら面倒になるほど、全身の力が抜けていく。
耳かき棒が、耳の奥をなぞる。
しかしその動きは決して乱暴でなく、まるで筆先で文字を書くような慎重さがあった。
「…綺麗だね、耳の中」
「…ああ」
頷いたつもりだったが、身体が動いたかどうかも曖昧だった。
意識が、沈むのが分かった。
「……」
目を閉じていた。
いや、閉じた記憶すら曖昧だった。
緩やかな川の流れに揺られるように、心地よい夢の淵に引き込まれていく。
耳の中の音が、ゆるやかに、遠くなる。
「…あれ、河上くん?」
野村の声が耳に届く。だが、それも薄く、霞がかったように輪郭がない。
「…寝ちゃった…?」
「………」
【主人公寝落ち!!】




