第一陣
野村から
「ここで会ったのは何かの縁だし、今日は一緒に帰ろうよ」
という打診があり俺は野村と下校する事になった。
気心の知れない女子と並んで歩くのは、予想以上に落ち着かない。
普段、俺の隣を歩く者などいない。だから、風がどう吹こうと、犬が吠えようと気にも留めずに済んだ。
だが、今は違う。野村彩葉という異分子が、俺の歩幅に合わせて隣にいる。
「さっきの、『歴史は我々の血肉』って言葉……」
不意に、彼女が口を開いた。
「うん、なんか……結構響いちゃった」
「そうか」俺は頷く。
「他の連中には、嘲笑されたがな」
「…うん、でもね、私は笑わないよ、平和なのはすごくありがたいことだけど、平和ボケはあんまり好きじゃないな〜」
彼女は前を向いたまま、少しだけ眉を下げて言った。
「私、歴史は全然詳しくないけど、過去を振り返るのは好きだよ、写真とか、昔の手紙とか…人が生きてたって感じがするし」
俺は彼女の横顔をちらと見る。
柔らかい輪郭、軽やかに揺れる髪。言葉は軽やかだが、そこにある重みは偽りではなかった。
「そうか」と俺は再び答える。
そのあと、しばし沈黙が続いた。
「……」
「……」
しかし、野村がふと口を尖らせた。
「…何?他人にそんなに興味ないの?」
不意打ちだった。
「失礼、そんなに不可解な態度だったか? 一体どこが?」
「概ねだよ!!」
彼女は思わず足を止める。
「話を広げようとしたのに〜!」
俺も立ち止まり、少し考えてから、深く頭を下げた。
「……不慣れゆえ、非礼を詫びよう」
「いや、そんなことしなくていいって!」野村は焦って手を振る。
「それに、なんか逆にこっちが悪いこと言ったみたいになるからやめて〜!」
「では、止める」
俺はまっすぐ前を向いて歩き出す。彼女も慌てて追いついてきた。
「…河上君って、ホント変わってるよね」
「褒め言葉と受け取ろう」
「うん、いいと思うよ、私、そういう人けっこう好き」
好き――という言葉に、俺は一瞬だけ反応しそうになったが、それが一般的な「好意」の範疇だと理解し、流すことにした。
傾奇者として見られているのか。
「家族にさえも奇人扱いされている、変わり者だと言う自覚はある」
「河上君は普段からそう言う口調なの?」
「そう言う口調とは?」
「それそれ、そういう硬い喋り方!」
硬い、か
「俺とて時と場合は弁えて喋っているつもりだ、生まれてからずっとこの口調な訳がないだろう」
「あ、キャラって事…じゃあ私の前でだけは素で喋ってよ」
冗談なのか…何故、なんの権限があって、なんの権利があってそんな事を…?
「胸に留めておこう」
「なんでよ!!」
「これはキャラというものではない、概ね、このような人間なのだ俺は」
「ふーん」
と野村は不服そうな顔をしている。
俺は野村彩葉のことをまだ知らない。
表情が豊かだ。
いつも笑っている印象だ、愛嬌がある笑顔だ。
だが真顔だと冷たい印象のある目つきだ。
「歴史、好きなんだよね?誰が好きなの?」
この手の質問で困惑するのは相手にどう伝えるか、だ
所詮相手には興味のない話題だ
「あ、分かった、真田幸村だ」
異なるが、答えとはそう遠くない
「何故、そう思った?」
「靴下が赤いから!真田幸村って赤のイメージあるし!」
正解ではないが、この女子、理解力はかなり高い
「…真田幸村の赤備えは武田家の伝統なのだ」
「うん」
「真田幸村よりも前の世代、山縣昌景と言う武将は武田の赤備えとして恐れられていた、山縣の赤備えも彼の兄から受け継がれた物なのだが…」
説明が長くなりそうだ
彼女の顔を見ると目を輝かせて黙って聞いている。
素直に感動した。
「河上君の下の名前も昌景、だよね?もしかしてそこから…?」
「残念だが、我が家系に歴史好きはいない、恐らく、偶然だろうな」
「偶然でも、そう言うのって、ロマンあるよね!」
更に感動した。
彼女の理解力と、奇妙な適応力には感心する。
思えば、俺の話を否定せずに真っ向から受け止めたのは、彼女が初めてかもしれない。