第十六陣
いつも通り。
「おはよう!河上君!」
登校中も
「お館様、今日は何を食べてるの?」
昼休みも
「今日は何のお話をしてくれるの?」
放課後も
いつも通りだ。
昨日の事がなかったかのようだ。
「近頃はあまり語れなかったからな、今日は久しぶりに弁を振るおう」
「やったぁ!楽しみ!」
野村は拍手をしながら満面の笑みを向けている。
変わらない、いつも通りだ。
「日が空いたが…今回は幕末志士達の辞世の句を説明しようと思う、」
「ジセイノク??」
「死に臨んだものが書いた短歌だと思ってもらえれば良い」
「遺言って事…?」
「そうとも言えるが…ある意味では全く別だ、辞世の句には魂がこもっている
吉田松陰が死の間際に書いた辞世の句がこうだ
身はたとえ
武蔵の野辺に
朽ちぬとも
留めおかまし
大和魂
と
私はこの地で死んだとしてもこの国を思う気持ちは残り続けるだろう…
といった内容だ、辞世の句とは、言霊、魂だ
松陰の教育を受けた者達の中には高杉晋作、伊藤博文、池田屋で倒れた吉田稔麿がいる、彼らは後に…」
野村はポカーンと口を開けている。
「…おい、聞いてるのか…?」
しばらく瞬きをし慌てて口を開いた。
「あっ、聞いてるよ!…いやぁ、お恥ずかしい話…談義をしているお館様に見惚れていまして…へへへ…」
「…ならば先ほどの話に出てきた人物を全員答えてみよ」
きっと聞いていなかっただろう。
「吉田松陰、高杉晋作、伊藤博文、吉田稔麿?だよね?
高杉晋作と伊藤博文は中学の時の授業に出てきたから分かるけど…吉田稔麿って…誰??吉田松陰の子供?」
(ちゃんと聞いてたのか…野村、やはり頭が冴えている)
「う、うむ、吉田松陰と吉田稔麿は赤の他人だ、吉田稔麿は大変優秀な人物であった、池田屋事件で若くして命を落としていなければ総理大臣になっていたと言われている、歴史を変えていたかもしれぬほどの人物だ、初代内閣総理大臣の伊藤博文でさえも吉田と自分をどう比べようがあるか、と大絶賛したほどだ…」
「池田屋って新選組の…そっか、その時の…」
「他にも散った志士は多々いたのだ、新選組はそれ故歴史を動かしたと言える…
して野村、貴様なら死に臨み、どのような句を残す?」
「え!私!?死ぬ時の事なんて考えたくないし…そもそも短歌なんて作った事ないよ…」
「いい機会だ、作ってみるが良い」
野村はペンを持ち、ぐしゃぐしゃと髪を掻く。
「辞世の句は死に近づく物ではない、生きた証、覚悟を示す物だ」
「…じゃあ河上君も作ったの?」
「当然だ、貴様には知る必要は無いがな」
「バカ!ケチ!」
暴言を吐きながらも野村の筆は進んでいるようだ。
野村の能力が高いのは知っている、だが短歌となればどうなるか、気になるところだ。
(本当、真顔だと全く顔が違う…こんなに喋る女にはとても見えぬ)
「出来ました!
風そよぎ
散りゆくこの身
恨めしや
三途の岸に
君を待つ花」
……
「…え?」
脳の処理が追いつかない。しかもこの短時間で??
「え?じゃないよ〜君が作れって言ったから作ったのに…反応悪すぎ!」
「お前…すごいな…
死ぬのは嫌だけどあの世であなたを待っている、と言った内容か…貴様は相手よりも早死にする設定なのだな?」
「声に出して読まないでよ〜…恥ずかしい」
作者は、にやけ顔で左右に揺れている。
本当にこんな剽軽な野村が詠んだ句なのかと目を疑うほど完成度が高すぎる。
「書いてて私、泣きそうになっちゃったよ…」
「それで良いのだ、それが貴様の覚悟だ」
「覚悟はないけど…
さあ、早く河上君の辞世の句?教えてよ!ねえ!私だけなんて、ズルい!ねえ!ねえ!ねえ!」
子犬のようにねえを連呼する。
こうなっては知性のかけらもない。
(こうなっては止まらなそうだ…)
「…仕方ない、書こう、寄越せ」
「仕方ないじゃない!当然の権利だから!!あと寄越せって嫌!!!!」
「……」
不服そうな野村を無視し、ノートを強奪する。
「消えぬとも
この身に宿る
玉鋼
打ち焼かれ後
煌めく刃
うん?タマハガネ?って読むの?何それ?」
「日本刀の材料となる純度の高い鉄だ」
「なるほどね…
死んでしまっても、この身には玉鋼、つまり魂の芯が宿っている
焼かれて、叩かれて、何度も試練を受けたあと、ようやく、刃として輝く
私の人生も、そうなっているはずだ
って事?」
「その通りだ」
「河上君らしいね〜生き様、だね…そうだ!」
そう言い野村は何かを書き始める。
そして書いたものを俺に差し出す。
【折れぬよう
傷つかぬよう
傍にいて
ただ静かなる
鞘でいたいの】
「…!!」
返句か。なんなのだこの女は、何故こんなにも能力が高いのだ…。
当の作者は頬を掻きニヤニヤと、まるで緊張感のない様子だ。
「刀には鞘が必要でしょ…?だから書いて見ました…へへっ」
「だが日本刀になるのは死んだ後の話だ、まだ玉鋼ですらない、鞘など不要」
「……」
「あっ」
普段の野村であれば
「もう!可愛くない!」
とでも言いそうなものだが…俯き、口を詰むんでいる。
人は本気で傷ついた時の表情だ、戯れが過ぎた、何か代わりの言葉を探そうとしていたが、視線に気づいた野村はこちらを無言で見つめている。
「……」
何か気の利いた言葉をすぐに吐けるほどの頭は、俺には、ない。
「まっ、良いけどさ、いつかそうなれたら良いなって思っただけだよ…」
そう言って野村は俺の肩を殴った。