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第十五陣

放課後の教室。


いつもなら真っ先に俺の席へと駆けてきて、

歴史ネタで笑っていた野村の姿が、今日はない。


いや、正確には「いる」のだが教室の端、女子グループの輪の中で、ただ座っている。

笑ってはいる。だがその笑いは妙に空々しく、視線もどこか宙を彷徨っていた。


(…様子がおかしい)


なんというか、今日はあからさまに俺を避けている。

普段なら毎朝のように絡んできたのに、それが一切ない。




「野村さん、様子が変ですね?」


「…藤原か」


「野村さん、今日は一言も河上さんと会話をしていませんね?野村さんが好意があるのは明確なのに、何故放置するのですか?」


俺は言葉を失った。


「…だが、俺は」


「河上さん、ムカつくくらい鈍感ですね、軍師とか相棒とか、そういう呼び方にあの子はずっと引っかかっていました

つまり、特別にしたいと言う強い気持ちを感じます」


藤原の目は、思いのほか真剣だった。

いつもの冷静な彼女が、なぜか今は野村の肩を持っている。


「…まさか、野村がそんなふうに…いや、俺は信じられない」


「そろそろ気づきましょう、一定期間女子が付き添う理由、あの子、ずっと一人で戦っていました、河上さんの事を好きになって、でも軍師とか相棒って呼ばれる度に、自分の気持ちを後ろに置いてた」


俺は、言葉が出なかった。


藤原は言った。


「もし、野村さんの本当の気持ちにちゃんと向き合わないのであれば

軍師でも相棒でもなくなる日が来ます、心に傷を負った女の子として…」


俺の中で、何かが崩れる音がした。


「しかし、しかしだ、藤原、俺は奴から直接好意を聞いていないのだ」


「なら、本人に聞いてみればよろしいのでは?」


「そうだな」


俺は席を立ち、野村の方へと歩みを進めた。


「あっ、ちょっ…本当に…えっ?」


藤原の声が聞こえた気がしたが、気のせいだろう。


野村を含めた女子の集まりが一斉にこちらに視線を向ける。


「野村」


野村の目は泳いでいた。


「えっ、河上君…何…?」


「少々話がある…場所を変えたいのだが…」


周囲の女子達がざわついている。


「…うん、分かった…」


野村が席を立つ。


「すまない、野村を少々お借りする」


女子達に一礼し、俺は図書室へと向かった



図書室は放課後の空気を静かに吸い込んでいた。

ここは初めに野村と会話した場所。


俺は野村と向かい合うように立った。


「話って…何…?」


野村は不安げな視線をこちらに向けている。目元が少し赤い。きっと、何かを押し殺していたのだ。


俺は一度深呼吸をし、言葉を選んだ。


「…単刀直入に聞く、野村、貴様は俺に好意があるのか?」


野村の目が、一瞬大きく見開かれた。


「な、何その聞き方…いきなり過ぎ…!」


「聞いているんだ、どうなのだ?」


野村は口元を噛むと、やや顔を逸らした。


「違うのなら…」


言いかけた瞬間、野村が割って入った。


「好きだよ…」


言葉が、空気を震わせた。

俺は、何かが胸の奥で音を立てて崩れるのを感じた。



野村は目を伏せたまま、絞り出すように続けた。


「軍師でも、相棒でも、それでも側にいられるならそれだけでよかった…けど…」


図書室の静寂が、痛いほどだった。


「…いつからだ?いつから好意を…?」


「そんなの…わかんないよ、この日に、とかそんな急に好きになった訳じゃないよ、日々の積み重ねだもん」


「…貴様の恋煩いは気づいていた、だがそれは他の人物に向けての恋だと思っていた…」


「…だから歴史同好会を開こうとしてたの?だから私に人選を任せたの…?」


「そうだ、俺なりに協力を惜しまないつもりだった」


「…そっか、だからか…ごめんなさい、あの時からずっとワガママばっか言ってたもんね…はあー、最低な病み女だな、私は…」


野村は本棚にもたれ掛かり上を見上げた。


「勝手に近寄って、勝手に好きになって、勝手にヤキモチ妬いて、勝手にもどかしくなって…告白もしてないのに……うぅ…」


後半は明らかな涙声、野村は手で顔を覆い、その場を離れようとした。


俺は野村の肩を掴んだ。


「っ…離してッ…私はもう良いから…」


肩で抵抗するが離さなかった。


「うぅ〜離してよッ…もう迷惑かけないからッ…君の前に、二度と現れないからッ…」


俺の胸がゾワゾワするのがハッキリと分かった。


「俺はッ!!お前の事を煩わしいなんて思った事は一度もない!!過ぎた勝手は全然良い、だが今の野村の勝手は許さない!!」


野村の動きが止まる。


鼻をすする音だけが聞こえてくる。


「二度と現れないとか、言うなよ…人付き合いが苦手な俺にお前は救いの神だった、俺はお前がいないと何も楽しくないんだ…なあ、頼むよ…!」


本当に野村とは縁が切れる気がした、思いつくだけの本心をぶつけた。

不安でいっぱいだった、胸が、痛い。


野村は、


その胸に、


飛び込んできた。



「ごめんッ…ごめんね、河上君…ごめんなさい…ッ」






野村が俺の胸に飛び込んでから、どれほど時間が経っただろう。


じんわりと、俺の胸に暖かい物が染みている。


泣き止むまで、俺は一言も喋らなかった。


しばらくして、野村はゆっくり顔を上げる。


目は赤く、顔は涙で濡れている。


「…ねえ、河上君」


「ん?」


「…私、軍師でも、相棒でもないんだよ?

ただの…一人の、めんどくさい女なんだよ?」


ずっと、俺が彼女に与えていた役割。

それを、今、彼女は手放そうとしていた。


「…それでも、いい?」


その問いは、ただの確認じゃなかった。


役割ではなく個人として…そんな問い。


俺は少し考えたあと、息を吐いた。


「野村」


「うん?」


「…どのような名称で呼ばれようが、お前は野村彩葉に変わりないだろう?」


「………」


「だがお前は俺の相棒であり軍師であり、厄介な女だ、でも…そのめんどくさいところも含めて……いないと、困る」


野村は、一瞬きょとんとして、それからふっと笑った。


「…そっか、困る…か」


野村の腕が強く、俺を締め付ける。


「じゃあさ、困らせてあげる…とことん、困らせてあげるよ、河上君」


「わかった、が、いつまでくっついているつもりだ?」


「あとちょっと…お願い」


体から力が抜けた。


安心しているのか、俺は…。


「…私も、河上君がいないと、困る…でも好きだって言ったことは撤回しない、私はずっとそういう目で河上君を見続けるんだよ?…それでも軍師、相棒って、言う?」


「…野村の事は意識している、いや、しない訳ない、だけどまだ…俺には…」


「…分かった、じゃあ据え置きだね、良いよ、それでも、でも、離れないでね…?」



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