第十三陣
「…ねえ、河上君って、普段家でなにしてるの?」
「携帯端末で歴史の調べ物をしている」
「じゃあ、幼少期は?」
「年相応だった、他の子供と変わらず、光る泥団子を作ったり、とにかく野山を駆け巡った」
「じゃあ、好物は?」
「洋菓子、駄菓子だ」
「へえ…じゃあこの前言ったケーキ屋さんとショッピングモールでの駄菓子対決はドンピシャだった訳だ?」
「ああ、正味驚いた」
「なら言ってよ!ケーキ屋さんの時なんて、まるで甘いの苦手みたいな演技しくさって!」
(しくさって…端々の言葉が悪い女だな)
「ああ、当時はな、キャラ作りをしていたのだ」
「たま〜に標準語になるよね?…良いんだよ?私の前でだけは素で…?」
野村は悪戯っぼい表情で俺の顔を覗き込む。
「それは俺が決める事だ」
「…じゃあさ」
野村が、ふと真面目な顔になる。
「私は君の相棒、軍師の役割、果たせてる…?」
「…うーむ?」
野村の瞳は、真っすぐだった。
俺は少し考えてから、言葉を選ぶように口を開く。
「貴様は、俺の知識を引き出してくれる相棒だ、突飛な思考にもついてきてくれる数少ない存在で、時に軍師として助けにもなる…それは確かだ」
「…そっか」
野村は少しだけ笑ったが、その表情にはどこか寂しさが混ざっていた。
「でも、相棒は分かるけど、軍師はいまだに分からないな…だって私、軍師の実績ないもん」
「貴様の頭の冴えを揶揄しているのだ」
「…本当に…?本当はもっと別の名前の役割があるんじゃないの…?」
野村は俺の顔を覗き込んだ、無表情で。
俺は一瞬思考が固まった。
軍師は俺が勝手につけた呼称に過ぎない、確かにそうだ、野村は軍師の役割をしているかと言われれば、全くだ、ただ単に頭が冴えているだけだ。
単純に渾名だと考えて貰えば…。
「まっ、嫌じゃないから全然良いんだけどね!しかし、河上君はいくら攻めてもまるで手答えがないよ」
野村は、それだけを静かに言って、夕陽に照らされた手首の数珠を見つめた。
沈黙が、ふたりの間に落ちる。
カーテンが風に揺れ、木の葉が窓の外でさざめく音だけが響いていた。
「…私さ」
ふと、野村がぽつりとこぼす。
「河上君のこと、いっぱい知りたいと思ってる、色々聞いたのもそのせい、でも…知れば知るほど、わかんなくなるときもある」
「何が分からないのだ?」
「うーん…うまく言えないけど例えばさ、私のことを相棒って言ってくれるのは嬉しいけど、それってどこまでが特別なんだろうなって」
「特別…?」
また、耳にした言葉だ。
数日前にも、似たようなことを言われた記憶がある。
野村は俺の顔をじっと見つめていた。
その視線に、何か答えなければという衝動が生まれそうになる。
「…特別とは主観的概念だ、定義が曖昧であるため、いまだ返答には迷いがある」
「やっぱりそう返すんだ」
野村は肩をすくめ、椅子の背に体をあずけた。
「でも、今日の私はもうそれでいい、だって、河上君の答えって、そういうところから始まる気がするから」
「始まる…?」
「そう、きっと相棒って言葉も、ちゃんと意味があるんだと思うし、それを、ちょっとずつ探していけばいいかなって」
そう言って、野村は笑った。
その笑顔には、少しの諦めが滲んでいたのだろう。