第十二陣
「なあ河上、お前、野村と付き合ってんの?」
突如としてほとんど口も聞いた事ない男子生徒達からこのような言葉が投げかけられた。
「否」
「即答かよ、でもさ、正直周りから見たらそうにしか見えねえぞ?」
「それは貴様らの主観によるものだからだ、事実とは関係ない」
「いやいやいや、毎日休み時間も常に一緒、放課後も…ってなったら、普通は疑うって、ていうか、野村の方からしても、もう言い逃れ出来ないレベルじゃね?」
俺は静かに机に肘をついた。
「疑うのは勝手だが、互いに恋愛感情はない、その理論は成立しない」
「…マジで言ってんの?」
「仮に河上君がそう思ってても彩葉ちゃんは…ねえ?」
「俺は答えた、どの道貴様らには関係の…」
そこに、ちょうど噂の張本人が現れた。
「え?何何?私がどうかした?」
にこやかに教室へ入ってきた野村彩葉は、周囲の空気を察してきょとんとする。
「…野村、実はこの者達が…」
「この際、本人もいるんだし、関係性ハッキリした方が良くない?」
と、女子の一人が口を挟んだ。
「え?私?」
野村は自分の顔に指を刺す。
「そうだよ!」
何故他人にとやかく言われねばならんのだ?
「貴様らが言わんとしようとしている事は、分かる、だが現時点で俺と野村、互いの利害が一致しているのだ、問題はない」
俺は冷静に断じる。
「いや、実際の関係性は確かに曖昧と言うかなんと言うか…」
と、野村は小声で漏らす。
「…貴様、寝返るのか?」
「いや、そうじゃなくて…」
そんなやり取りを遮るように、廊下からひときわ明るい声が飛び込んできた。
藤原だ、藤原蒼新がこちらに向けて走ってくる。
「河上さん!大変!織田軍が攻めて来ましたよ!」
そう叫びながら、藤原が俺の手をぐいと引っ張った。俺は成す術もなく、彼女とともに教室を出る。
廊下に連れ出された。
「藤原、織田軍が攻めて来たとはどういうことだ?」
「だって…あの状況、見ていられなかったんですもの」
「他者から見て滑稽だったか?」
「ある意味、そうかもしれませんね」
藤原は微笑しながら、やや首を傾げた。
「河上さん、あなた、鈍感過ぎますわ、ドンドンのカンですわ、野村さんの気持ち、ちゃんと察してあげてくださいな?」
「気持ち…とは?」
「ふふ、あなたにそれが分かれば今頃は…それを今さら私が教えるのもどうかと思いますが…あの子、あなたに特別を求めているのですよ」
俺は、わずかに眉を寄せる。
「野村が…俺に?」
「そう、あなたは何とも思っていなくても彼女は100%、ガチガチのガチ恋をしています!それに気づかないあなたは、まるでお話になりません」
そう言って、彼女は一歩引いた。
「野村さんにとって、私は害虫…だから、ここで消えます、ご機嫌よう…」
藤原は華麗(?)に一礼をした。
(この女…全てが役者がかっている、一体、なんの舞台を見せられているのだ…)
そして走り去っていく。
「あ、待て!」
藤原と入れ替わる形で今度は野村がこちらに向けて走ってくる。
「はあ、はあ…ここにいた! 河上君、探したんだよ? 急に藤原さんと走ってどっか行くから…」
俺はまだ、あの女――藤原蒼新の言葉を脳内で繰り返していた。
「野村さんは、あなたにガチ恋しています」
言ってる意味がまるで分からない、野村が、俺に、恋?
野村が?
「…で?何を話してたのかな?」
野村が、少しだけ不安げに問いかけてきた。
表情には笑みを浮かべているが、目だけが笑っていない。
「織田軍の進軍について、だ」
「うん、うん、そういうと思った、でも、多分藤原さんはもうちょっと別の進軍の話をしてたと思うんだけどなあ」
進軍の種類に差があるとでも言うのか?
「…ねえ、河上君」
野村が、俺の制服の袖を指先で軽くつまんだ。
まるで、何かを確かめるように。
「さっきの話…私のこと、クラスのあの子達に聞かれてたんでしょ?」
「そうだ」
「付き合ってるのかって、聞かれた?」
「そうだ」
「で、否って答えた?」
「そうだ」
野村はほんの一瞬、視線を下げた。
でもすぐに顔を上げて、いつもの調子で笑った。
ただし、その笑顔は何かが足りなかった。
「そっか、うん、わかってた、そう答えるって、河上君はそういう人だから」
「…?」
「でもね、もし、ちょっとでも…私のこと特別だって思ってくれてたら、ちょっとだけ嬉しかったなって…思っただけ」
そう言い終えると、彼女はそっと袖を離し、俺の前に立った。
じっと、俺の目を見つめてくる。
(特別…軍師、相棒は特別ではないのか…?)
「…冗談だよ? そんな真剣な顔しないで」
そして、軽く背伸びして俺の額に人差し指を当てる。
「今日は、梅雨明け第一号の日だからさ、なんとなく…何かが始まってもいい日な気がしたの」
「何が始まるのだ?」
「さあね」
くるっと背を向けて、野村は去っていった。