第十一陣
放課後、教室の片隅。
(そろそろ奴が来る)
すると、背後から声が飛ぶ。
「ねえ河上君、今日は何の話?幕末?戦国?」
「今日は少々血生臭いぞ、野村」
「え、ヤダ、怖い……」
「本日は幕末を震撼させた、四大人斬りについて説明しよう」
「やっぱり怖いってば!」
「いいから黙って聞け、ああ、血生臭い話だ…」
「…う、うん」
「薩摩藩から――人斬り新兵衛こと田中新兵衛
同じく薩摩藩――人斬り半次郎こと中村半次郎
肥後藩から――人斬り彦斎こと河上彦斎
土佐藩から――人斬り以蔵こと岡田以蔵
さて、誰から説明しようか?」
野村は、目をぱちぱちと瞬かせながら言った。
「えーっと…じゃあ河上君と同じ苗字の、河上さん?」
「ふむ、分かった
河上彦斎――肥後藩士であり、思想的には過激な尊皇攘夷派だ」
「尊皇攘夷…?」
「将軍ではなく天皇を敬い、外国を排除する、という考えの事だ、詳しくは授業で習うであろう、教師に聞くが良い」
「えー、河上君に聞きたーい」
「あくまで俺は授業外の歴史を語ることに専念させてもらう、では河上彦斎について続ける
彦斎は小柄で色白、一見すると女のような風貌だったそうだ」
「へぇ…なんか、河上君もそう言われたことありそう比較的小柄だし、色白だし」
「余計な事を言うな、ブン殴るぞ」
「ねえ?時々口調が変わるけど、それが素なの?」
「…とにかく、だ、彦斎が確実に斬ったとされるのは、佐久間象山ただ一人、しかし、記録に残らぬ暗殺を多く担っていた可能性が高い」
「え、つまり、名前が残ってないだけで、もっと斬ってるってこと?」
「そういうことだ、そして彼は逆袈裟斬りを得意とした」
「ぎゃくけさ……?って、何それ?」
野村が首を傾げる。
俺は、立ち上がり、彼女の正面に立った。
「逆袈裟とは、こういう斬り方だ」
「へ? ちょ、河上君?」
右手を手刀にし、俺は野村の左脇腹あたりに軽く当て、そこから斜め上へと滑らせるように右肩付近までなぞる。
「脇腹から肩に向けて、斜めに――こう、入れるのだ」
「ひゃっ?」
野村が目を剥き、耳まで真っ赤に染まった。
「ちょ、ちょっと今の!場所!場所が!えっ、今の説明、必要だった!?」
「必要だ」
「…結構ボディタッチが多いけど、触りたいなら言ってくれたら…」
「貴様は何を言っている?」
「…分かったよ、君はそういう人だもんね!バカめ!」
思わず俺は口を閉ざす。
なぜ怒られるのか、理解が追いつかない。
「だが彼の最期は哀れだった、明治維新の後、危険な思想の反乱分子として捕えられ、処刑された
生き残る道はあったのだ、新政府に協力をすれば良かった、だが彦斎はそれを断った
斬ったのは時代のため、だがその時代に取り残された、悲劇の人斬りだ」
野村は眉をひそめつつも、じっと俺の話に耳を傾けていた。
「なんか…切ないね、正義のためだったのに、報われなかったんだ」
「そうだな、だが正義とは個人の見解に過ぎぬ、時代と情勢によって変わっていくものだ」
「…河上君って、やっぱり歴史語ってる時が一番真剣だよね」
「当たり前だ、これは魂の記録だぞ」
「うーん…じゃあ、もし私が幕末に生まれてたら、河上君は守ってくれた?」
「最後に、河上彦斎は勝海舟によると…」
「もう、そういうとこだよっ!」
「彦斎の人物像は普段は礼儀正しく温和な性格である反面、何食わぬ顔で人を斬る残忍性も併せ持っていた、二面性があったのだ」
「なんか、歴史を語る時と私に罰を加える時の河上君の違いみたいだね?それに外見の特徴も河上君っぽい、似ているね?」
俺が河上彦斎、か、
良い気分だ。
「それは、褒め言葉として受け取っておこう、だが、平和な世の中に生きる俺には勿体無い言葉だ」
「河上君も思想強そうだし」
「確かに思う事は色々ある、が実行はしない、自分の無力さを知っているからな」
「ふーん、じゃあ私と腕相撲しよ?」
(じゃあ…?)
そう言って野村は机に肘を立て、構えている。
「…なんの脈絡もないが…?」
「良いからっ、大将と軍師の力比べだよっ!」
力比べ、果たして必要か?
仮にも野村は女子、いくら俺が比較的非力だろうと勝ち目は無いのではないか…?
「ねーえー、早く早く〜」
「仕方あるまい」
俺は野村の手を掴む、
野村の手はやはり小さく、細かった。
(この手に全力で力を入れようものなら…
壊れてしまわないか?)
「いくよ?レディ〜…ゴー!!」
初めは様子を見よう
グググ…
力が加わる。野村、思ったよりも力が強いな?
手のひらの温もりと、対照的な力強さが腕から伝わり、俺は不覚にも軽く焦り始めた。
(だが、負けるほどの剛力ではない)
俺は逆に力を込め直す。
彼女の手首がわずかに戻り、両者拮抗の形へ。
「…やるじゃん、河上くん」
「…様子を見ていた、だが貴様ほどの力なら、本気で力を込めても良さそうだ」
「えっ?
…わあっ!」
俺は彼女の手を机へ押し込んだ。
彼女は手をひらひらと振りながら、
「あー、負けちゃった、やっぱり、河上くんって意外と力あるねー、びっくりした」
と、無邪気に笑った。
「…勝ち目があると踏んで勝負を挑んだのではないのか?」
「ううん?ただのスキンシップだよ?」
「…茶番だ」
「可愛くないなっ!」