第九陣
放課後、桶狭間の戦いを語り終えた後俺たちは校門を出た瞬間、空が割れたように雨が降り出した。
「うわっ、ゲリラ豪雨…!」
野村が慌てて鞄を頭に乗せる。
「傘は…ないのか?」
「うん、今日は降らないって思ってたから…」
「…軍師たる者、天候を読めぬようでは務まらんぞ…」
「勘違いだもん!仕方ないじゃん!」
俺は自分の折りたたみ傘を彼女の前に差し出した。
「え…?」
「このような大雨になるまで引き留めた俺の責任だ、この傘は貴様が使うがいい」
「え、いや、でも……!」
「矢の雨に比べれば、こんな水滴、造作もない!!」
俺は彼女の返事を待たず、背を向けて駆け出した。
制服の肩に、すぐに大粒の雨が叩きつける。
「ちょ、待って! 河上君、ずるいっ!」
野村の声が背後から響く。
「びしょ濡れになったら、風邪引くよっ!」
俺は振り返らなかった。濡れるなど些末。
その足音はすぐに追いついてきた。
「ちょっと!置いていかないでよ〜!!」
「…貴様、なかなか俊足だな…」
「そんな事どうでも良いでしょ!ビショビショだよ!?」
「雨に濡れたくらいで何になる、己の身体くらい、管理できる」
「じゃあ私だって、同じくらい濡れるよっ!」
「……勝手だな、貴様は」
「河上君が先に勝手したんでしょ!」
雨の音が二人を包み込む。しばしの沈黙。
「…じゃあ、相合い傘で帰ろう、無駄がないでしょ?」
「…それは、合理的ではあるな」
「うん、合理的に、私が傍にいるってことで」
傘の下に並ぶ二つの肩。
雨は治った、一時的な豪雨だったようだ。
「そう言えば貴様は…今日が誕生日であったな」
「あっ…?へっ?なんでそれを…?」
「軍師の情報は頭に入っていて当然だ、元々は出会ってまもなくの時に貴様が自己紹介をした時に語っていたのだがな」
「そっか…自分で言ってたのか〜はは…」
「おめでとう」
「ありがと〜嬉しい!」
「それとあと一つ、今一度己の鞄の中を吟味するのだな」
「?」
野村が鞄を開け、中を探る。
「…なんだこりゃ?」
野村は黒い小箱を手にした
ーーー俺が仕込んだ物だ。
2日、店に入り浸って購入した物だ。
野村は何が何なのか理解できていない表情だ。
「…?これ?河上君が入れたの?」
俺は無言で頷く。
「…開けて良い?」
再び無言で頷く。
「わあ…!これ、ブレスレット!?」
「む?数珠ではないのか?」
「…どっちでもいいけど、これ、河上君が…?」
「うむ、誕生石のムーンストーンの数珠だ」
「…嬉しい…」
野村は鈍い水色の水晶、よりも透明な水晶の比率が多い数珠を鈍い空に掲げている。
(透明な水晶のようなものはただのガラスだろうか?全粒がムーンストーンだと値段が格段に跳ね上がる故、これで勘弁して欲しい…)
「…不要であれば処分すると良い、」
「…河上君」
「なんだ?」
「これ、河上君につけて欲しい」
そう言い野村は左腕を差し出す。
「何だ?自分でつけられないのか…?」
「違うよ…!…自分で出来るけど…つけて欲しいの!」
ふざけているのかと思い野村の顔を窺うが、本人は至って真面目な様子だ。
「仕方あるまい」
野村の手から数珠を取り、差し出した左手首に迅速に装着する。
「…えへへ…ありがとう、私、これずっとつけるからね?」
「ずっとだと?いや、流石に耐久性の問題があるだろう、無闇に身につける必要は…」
「あるのっ!!ありがとう、本当に嬉しいよ…」
「うむ、それは何よりだ、相棒兼軍師に褒美は惜しまん」
「ご褒美なら、毎日貰ってるよ…」
野村は雨音と共に、ポツリと呟いた。
が気の利いた発言が出来る自信は一切無かった、俺は無言で空を仰いだ。
(桶狭間の戦いの時もこのような天気であったのか…?信長も義元もこの空を見ていたのか…)