31話 ネーミング全一①
「ダメダメ、こいつは買い取れないな」
「やはりそうか」
再び商業区画へと舞い戻る。
空を見るとそろそろ陽も傾いてきたところだ。ゲーム内の時間というのは現実より進みが速い模様。
ヤナのように数字には強くないが、空の様子を見るに体感四倍速ほどだろう。
あれほど人に溢れていた大通りも、NPCが帰路についたのか半分ほどに減っている。
「キーアイテムは売れないのでしょうかね」
「もしくは専用の買取場所があるかだな」
売るつもりは毛頭ないのであるが、念のため確認。
先ほど手に入れた『思い出のペンダント』が売れるかどうか試してみたところ、三軒連続で断られている。
これを持っていることで発生するクエストがあるからだろうが、『自由』が売りのゲームであればそれを手放すという選択肢があってもいいはずだ。
きっと、探せばどこかクエストの消失と引き換えに高額で買い取ってくれる店があるかもしれない。
「まぁ、持っておいて損はないからな」
「では引き続きイケメンが経営するお店を探しましょう」
ヤナは私のような感覚派に対して合理的な手段やリスク等を論ずる一方、一度コレと決まったら話が早い。
私が合理性よりもパッションで店選びをすると決めるや否や、すぐさまその方向へと舵を取る。歴戦の船乗りもびっくりの操舵だ。
「──お」
「まぁ、賑やかですわ」
大通り沿いの店先には、恐らくクランメンバーやフレンド同士なのか、数人のグループがまったりと過ごしていた。
装備品やアイテムを吟味しつつ、情報共有や雑談に花を咲かせている。
陽も暮れてきたところで各々の成果報告会といったところか。
「なあ」
「はい」
「クラン名なににする?」
「何にしましょうか」
今のところ攻略よりもイケハン活動を重視しているため、チームを組む特別な恩恵は感じていない。
だがこの先どこかのタイミングでヤナと組むことは想定されるので、名前を決めておくのは早いに越したことはない。
組むことになった当日、この話題で何時間も費やしてしまうと痺れを切らしたヤナがテキトーな名前にしかねないからだ。
「チームの雰囲気、カッコいい名前。目的……あるいは共通点」
ゲームのチーム名というのは、リーダーの趣味であったりチームの雰囲気であったりと様々な要素が感じられ、それを眺めるだけでも楽しいものだ。
かくいう私がブラヴェ前によくプレイしていたゲーム。
そこでは今もリアルで連絡を取り合う、趣味友である女性四人で結成したチームを組んでいたのだが、チーム名を付ける際には実に多くのことを学んだ。
なにせ、メンバーが腐女子にして夢女子たる私。
腐女子が一人に夢女子が一人。
そして主人公とヒロインあるいはヒーローの、王道カプ至上主義者が一人。
仲はいいが、趣味の話になるといつ特大の地雷を踏むかが分からないチキンレースと化すのだ。そんなチームの方向性とはいったいどういうものだろう?
チーム名を考える際には、実に多くの時間を費やした。
結果──『慢心旅団』という名前に落ち着いた。
それは、相手がどんなに弱い敵でも慢心しない。そうしたゲームプレイの意味も込められるのだが、友人間とのやり取りは適度に気を抜きつつも慢心しない。
そうしたコミュニケーションの意味も込められる。
つまり、『慢心(※しない)旅団』ということだ。
語呂が悪いために四文字とした。
だが……私たちはそう理解しているものの、何も知らない人々からすれば「え? こいつらいつも慢心してるの?」と思われかねない名だ。
バトルコンテンツでご一緒することがあれば、相手に不安を抱かせるのかもしれない。
私たちは当事者のためその可能性に全く気付かなかった。常に心の中では、カッコ内の言葉が反響していたからだ。
これが、視野が狭くなるというものだろう。
しかしヤナも所属していたチームの者に言われた一言で、私たちはその恐ろしい事実に気付かされた。
思い込みの怖さ。過信のもたらすもの。
ネーミングとはつまり、客観性を鍛えるものなのだ。
「俺らの共通点って……ヨーグルトくらいだよな?」
「もっとあるだろ」
思わず美女の口調も忘れヤナはツッコミを入れる。
「ってコトはつまり……ヨーグル党。ヨーグル同盟……」
「ヨーグルトから離れてくださいな」
「ヨーグル2……ヨーグル亭……」
「レストランを開くのでしょうか?」
「ヨーグルズ」
「バンド名?」
難しい。
共通点が明白だというのに、更にそこからセンスあるものへと昇華しなければならない。
イケハンについては全一(※全国一位)を名乗ることができるが、ネーミングについてはまだまだといったところだ。
「でしたら、YGTはいかがでしょう?」
「イエーイ・グッド・トラベル?」
「なんでだよ」
ほう……。YGTか。
ヨーグルトの化身にして、この冒険をグッドなトラベルにしようぜイエーイ同盟というワケか。素晴らしい。素晴らしいぞ、柳丸。
彼はもしかすればネーミング全一になり得る逸材なのかもしれない。




