29話 設定にして魅力
「──あっ!!」
「ありましたわー!」
ひたすらに埋蔵金こと泡の中のお金を物色していると、不意にその時は訪れた。
「指輪……!」
「アドライアンさんにいい報告ができますわね」
弾け飛んだ泡の中から現れたのは、水のサファイアのような青い宝石が付いた銀の指輪。大変綺麗である。
《約束の青い指輪を手に入れました》とログが流れると、さっそくアイテム詳細を確認。
「ほう……?」
アイテムの説明には、《永遠を誓い合った二人の愛と願いが込められた指輪。その想いは聖流を通じて水の都をも守るのだ》と書かれてある。
「聖流祭でプロポーズしたとか?」
「まぁ、ロマンチックですこと。聖流祭でこの裏話も聞けるんでしょうかね」
リアリストの代名詞ことヤナは眼を輝かせている。
私のように感情の花火を打ち上げることは少ないが、好奇心旺盛。知らないことへの知的欲求というのが私以上にあり、あらゆる情報を好んで収集する。
アドライアンさんルートが途絶えた私にとってはこれ以上の追及を避けたい指輪だが、ヤナにとってはアイテムテキストの意味をきちんと知りたいようだ。
「くっ……胸が……」
私はアドライアンさんルートが途絶えたことにより痛んだ胸を再びそっと押さえた。
壮絶な冒険を共にするというのに、未だ乱れのないバブルミスティックの青いスーツは私に問いかける。
──それでもイケハン全一なのか?
──プロ騎士とは、イケメンを守る者にしてイケメンの代理人なのだ。
──お前はどれほど胸が痛んだとしても、彼らの幸せすらも守らねばならない
そうだ。
私はイケハン全一にしてプロ騎士。
まだ、……やれる!!
「ありがとう、ヨクトート師匠」
「えっ……!?」
「唐突ですわ」
トレジャーバブルを経て、私は再び強くなった。
ステータスは上がっていないが、心のレベルは完全に上昇。
私と王宮マッサージ師たるヤナを繋ぎとめるヨーグルトにも似た名前の賢人、ヨクトート師匠。
彼と出会わなければ得られなかったものが沢山ある。
感謝だ。
ヨラン・メド殿の詳細は不明ながら、此度はイケハンとしてではなくプロ騎士として感謝を述べたい。
「預言書とやらを手に入れた暁には、再び師匠の元へと表敬訪問しようと思う」
「そんな大仰な……」
「しかも既に弟子であるかのような言い方ですわ」
神殿騎士ルートが閉ざされたことを除けば、あまりに順調。
手持ちのエルも確認すれば15450エルまで増えている。
恐ろしい限りだ。
これが手動でデータをセーブするタイプのゲームなら、不安に駆られ三度ほどセーブをしているところだろう。
「では師匠。御前を失礼する」
「ま、またな……」
「すっかり一人前のバブルミスティックですわ」
いったいレベルがいくつになれば師匠に教えを乞えるかは不明だが、既に大事なものを教わったような気分だ。
ホクホクの懐とご機嫌な旅情を携え、一路アドライアンさんの元へと舞い戻る。
◇◆◇
「お姉さまは自分と言いますか、自キャラには萌えませんの?」
「どうした? 藪から蛇に」
「それを言うなら『藪から棒に』ですわよ」
ニト・ラナへの帰還途中。
エルフの種族特性である《光風》が発動しているのか、森の中を比較的安全に移動している私たち。
アドライアンさんの話題に差し掛かると、ヤナは唐突に私へと問う。
「だって……、ほら。いくらイケメンNPCを見付けたとしても、アドライアンさんのような例もございますし……。自給自足できるに越したことはないのではないでしょうか?」
「ふっ。……甘いな、小僧」
「まぁ」
あまりに甘すぎて激辛スープが欲しくなるところだ。
「その心は?」
「うむ」
私はその壮大にして真理とも言える理由を述べた。
「もちろん世の中には造形美に対する萌えがある。それは大前提、我が指標の半分もそうだ。……だが、完全に我が指標となるには『設定』というものが必要不可欠」
「設定?」
「左様。たとえば……そうだな。一見すると陽気を放つ、誰からも好かれる聖騎士。彼が攻略対象だとしよう」
「急に乙女ゲームが始まりましたわ」
「君は聖騎士の輝く金の髪。サファイアの如き青の瞳。麗しくも逞しい体……そして、真面目な性格に恋をする」
「アドライアンさん……!?」
「そんな彼は君の前でももちろん明るく、前向きで職務に忠実。君は全幅の信頼を置き、聖騎士をとても頼りにしているが……時折彼は、その澄んだ眼差しを曇らせ遠くを見つめる瞬間がある」
「まぁ、気になりますわ」
「だろう? 聖騎士に恋する君は、もちろん知りたい。その瞳を曇らせる理由をな。だが聖騎士も君を大事に想っているからこそ、そんな瞬間を悟らせないよう健気に振る舞う」
「いじらしいですわね……」
「そして────、その時は訪れる」
「っ!」
「聖女である君は、国の要請により隣国の王子との婚約話が持ち上がる」
「わたくし聖女でしたの!?」
「焦る君、内心焦りながらも表には出さない聖騎士。痺れを切らした君は、ついに口にしてしまう──『わたくしのことは、遊びだったとでもいうの!?』と」
「どういう関係!?」
「しかし聖騎士は聖女に絶対の忠誠を誓う身。彼女の想いに応えたいものの、実は彼は──幼い頃に聖女に命を救われた魔族だったのだ」
「!?」
「魔族は魔族領で暮らす野蛮な種族。彼らと信仰が異なり、交流が少ない人間の間ではそう囁かれている。君を真の意味で幸せにできるのは、同族である人間しかいない……そう思っているからこそ聖騎士はその拗らせに拗らせた初恋を胸に秘め、いよいよ婚約間近に迫った隣国の王子の元へと聖女と共に旅立つのだが──」
「っ!」
「……と、ここまでが導入だ」
「続きが気になりますわ!!」
「だろう? これが……設定の持つ力だ」
そう。それはまるで魔力のように人を惹き付ける。
ビジュアルのみならず、そうした秘めたものを持つからこそ──萌えの真価は発揮されるのだ。
設定を魅力という言葉に置き換えていいかもしれない。
「……とまぁ、プロ妄想家の端くれである俺が今一瞬で考えたストーリー。それですら、『設定』というのはキャラを魅力的にみせてくれるだろう?」
「説得力がありますわ」
「ビジュと設定……これこそ、我がマスター・ナイト・ソウルをもってして守るべきもの。だが、考えてもみろ。今の話の中で、君は聖騎士に二度惹かれている」
「ビジュと……、時折見せる影にですわね」
「つまり初めに惹かれる部分がビジュであるなら、より深く惹かれる部分を設定が担う。だとしたらそれは、……『判明』した時に最も効力を発揮するのだ」
「なるほど。深いですわ」
「ふかふかなのだよ。ゆえに、諸々のことを把握済みである『自分』の創り出したキャラというのは……半分の萌えしか補充できないのだ」
「納得ですわ~」
理屈を非常に重視するヤナですらこうなのだ。
諸々『何とかなれ』精神で生きている私がそうしたビジュや設定に遭遇したら……。
それは人の人生にも影響を及ぼすほどの破壊力となり得る。
尊い。
ゆえに、恐ろしい。
「イケハンとは……、生半可な精神力ではできないのだ」
「そんなことは無いと思いますけれど」
待っていてくれ、オルドフォンスさん。
次に貴方に会う時はより一層精神力に磨きをかけ、どんな魅力が待っていようとも貴方の全てを受け止めてみせる──!
本人はとても楽しくのびのびと書いているのですが、『主人公に共感』という観点においては時折読者の皆さまに楽しんでもらえているかな?と不安にもなります。
面白い、続きが気になる!など思っていただけましたら、ぜひブクマ・いいね・★評価・感想等の反応をしていただけると、やる気に繋がりますので嬉しいです!




