27話 トレジャーバブルとイケハンの流儀
「バブルミスティックとはつまり、ゼ=ラナの神泡の力の一部を操るクラスってコンセプトですのね」
「なるほど。俺が神ってワケ」
「なんと不遜なエルフなのだ……」
《……》
指揮者のように水と精霊さんを操るぞ♪……という、エンタメに振り切ったクラスだと初手で思わせておきながら、実は作中種族の背景に深い関りがあるということか……。
面白い。面白いぞ、ブラエ・ヴェルト。
それでこそエンタメだ。
ひと時でもリアルのあれやこれを忘れ、私に喜びや悲しみ、楽しさや怒り……読んで字のごとく感情を動かす『感動』を与えてくれる。
これにはイケハン全一にしてプロ騎士である以前に、一人のゲーマーとして拍手喝采不可避。
ミスティックというだけあって本気で神秘的な力を持つバブルミスティック。
だとしたら──
そんなクラスの私に呼び出されるラッコさんとイルカさんは、相当な実力者……てコト?
「やはり可愛いが最強なのか。理解」
「日本語でお願いいたしますわ」
「?」
先ほどのヨクトートさんの神妙な話は徐々に脳内より抜け落ち、可愛らしい鳴き声を放つラッコさんとイルカさんらの姿が大部分を占有していた。
ああ、今すぐお会いしたい。
「ま、まあなんだ……話をまとめるとだな。永遠にも似た命を持たぬ地上の者から見れば、グオ=ラ・クリマの恩恵は、魔物を退ける神聖なもの……という認識だ。だが、既に永遠にも似た命を持つ水中の者から見れば、その恩恵は失ってしまうと破滅をもたらすものとも考えることができる」
「あー……なるほど」
それらは同じものなのに……。
地上と水中の水霊族各々の観点から見ると、違ったものに見えるってことか。
「水中の方々は、その恩恵を他種族と分け合うことを……良く思っていらっしゃらないのですわね」
「左様。あるいは、失ってしまえば恐ろしいと思えるものを人の身で扱うということに、人々が耐えうるのかどうか案じているのやもしれぬ」
「ふむ……」
まずいな。
ヤナは難なく話に付いていっているようだが……。
私にはそろそろヤツが襲ってきた。
そろそろイケメンNPCが話に出てきてくれないと困る。
闇の淵より襲い来るあいつに対抗できるのは、イケメンNPCの話題しかない。
「水霊族の皆さまにご事情があるのはともかくとして。益々人間である良し男さんが謎過ぎますわ……と、あら?」
「寝てないぞ」
「まだ何も言っておりませんわ」
危ない危ない。
あやうく船を漕いで永遠の都とやらへ旅立つところだった。
「うむ。水に棲む者ですら長い時を経た今、水霊族のなんたるかを理解できる者も少ない。地上の水霊族はどんなに長くとも人間の二倍以上は生きられぬ……君たちにはちと難しい話であったな」
「ぜんぜん?」
「寝そうになってましたわよね?」
理解は及んでいるのだ。
ただ、集中力がもたない。
オルドフォンスさんさえ話の一端に出てくればな……。
「お詫びと言ってはなんだが、ヨラン・メドの弟子たる儂が一つ、面白いものをお見せしよう」
「「?」」
そう言うとヨクトートさんは、右手に持った杖の先端を地面にコンと打ち付けた。
すると──
「!?」
「泡が……!」
「落とした指輪とやらを、同胞が水中に持ち込んだやもしれん。これで見つかるといいのだが」
静かな水面を保っていた池が震え、その表面より無数の泡が繰り出された。
ヨクトートさんの口ぶりから察するに、水中にある物を泡で浮かせているようだ。
「──師匠!!」
「!?」
「恐ろしい変わり身ですわ……」
このヨクトートさんこそバブルミスティックの師匠。
バブルミスティックの初期装備とヨクトートさんを見比べると驚くほど共通点はないものの、イケハン全一にしてプロ騎士の私ですら敬意を評さずにはいられないほどの泡の使い手だ。
「ヨラン・メドの預言書とやらがあれば、師匠に教えを乞えるのか……早めにゲットしたい所存」
「どこで手に入れるのでしょうねぇ」
「ヨラン・メド……聞いたことがな……? ……っ!!」
「お姉さま、どうかされました?」
私は一つ、重大な事実に気付いてしまった。
これまでヨクトートさんには水霊族のあれやこれを聞いていた。
その大部分はイケメンNPCと関連性はなく、いや。あったとしても人間に恋をしちゃったかもしれない問題が勃発し、あまり深く追求することはできなかった。
だが──
ヨクトートさんにもたらされた情報の中で一つ、希望が残っていることがある。
「師匠」
「わ、儂のことか?」
「左様」
「師の言葉をもう真似ておりますわ……」
「一つお伺いしたいことがある」
「な、なんじゃ……」
私は重大にして最後の希望とも言える問題を、恐れることなくはっきりと口にした。
「師匠の師……ヨラン・メド殿とは────イケメンなのだろうか?」
「「……」」
再び、池の周囲には静寂が訪れた。
時折木々の上で唄っていたはずの鳥たちは息を潜め、この問題の成り行きを静かに見守っている。
もしかすれば彼らもイケメンハンターの称号を得ているのかもしれない。
あるいは、同業イケハンの使い魔なのかもしれない。
「…………」
「……師匠?」
「固まってしまっていますわ」
そのギョロッとした愛らしい瞳を見開き、ヨクトート師匠は微動だにしなくなっていた。
「ゲッコウ族一の賢人にとっても、そんなに難しい問いだったのだろうか……」
「ただ呆れているだけかと思いますわよ」
いや。人の価値観は様々だ。
同業のイケハン内ですら、『どのキャラが作品内で一番イケメンか?』という問いに正確に答えられる者はいない。
むしろそんな火種を蒔いてしまえば、終わりの見えない論争が勃発するのが火を見るよりも明らかだ。
彼は今、その横に大きな口を閉じただ思考している。
賢人にとって『答えのない問い』ほど、退屈しのぎになるものはないだろうからな──!!
「……び」
「「び?」」
「………………びっくりしたぁ」
「!?」
「でしょうね」
まさかこの問いは……、ゲッコウ族一の賢人すらも驚きに満ち、虜にするものだとでも──!?
「やはりイケハンの道は深い」
「お姉さまのバイタリティはすごいですわ……」
「おほん。え、えーっと……」
「いや、師匠よ。言わずとも分かる。答えのない問いの答えとは、その者が決めるしかないのだと」
「え? いや、そんな質問初めて聞いてびっくりしただけで……」
「我がマスター・イケハン・アイズで確かめるしかないか……」
「歴史上の人物なのでは?」
「だとしても、だ」
姿絵や伝え聞く人物像、あるいは逸話。
それらを収集し総合的に判断する。
なにせどこまでいっても『主観』なのだ。
私が萌えたぎる何かをお持ちであるなら、たとえ姿無き者だとしてもイケハン対象になるやもしれない。
「ふむ。また一つ、楽しみが増えたか」
「自由に楽しんでいらっしゃるのは何よりですわ……」
「最近のエルフは随分と世俗的と言うのか……柔軟な思考を持っているのだな……」
「それほどでも」
「恐らく褒められておりませんわよ」
また一つこのゲームを『自由』に楽しむという運営の意図を手繰り寄せてしまった。
己の才能が怖い。
「と、ともかく」
答えのない問いを思考するのに疲れたらしい師匠は、再び杖の先端を地面にこつんとぶつける。
すると水面の泡たちが私たちのいる方へと引き寄せられ、周囲は大小さまざまな泡で満たされることとなった。
「触れてみるといい。仮に指輪以外の物が出てきたとしても、役に立つのなら持っていくとよい」
「マ?」
「まぁ太っ腹ですわ」
こういうギミックを経た宝箱というのは、往々にして重要なアイテムか、あるいはアクセサリーや装備品なんかが相場だろう。
イケメンの憂いを払うのは遅れるかもしれないが、そうしたアイテムが手に入るのならばむしろアドライアンさんの指輪が出なくても良いまである。
すまない、アドライアンさん。
恨むなら貴方ルートを作らなかった運営を恨んでくれ。
「えーっと、触れる……」
私は一番近くに浮いた、うっすらと虹色がかった小さめの泡に触れてみる。
「うおっ」
「あら」
すると泡はパッシブスキル《カウンターバブル》もびっくりな程大げさに弾け飛んだ。
これが師匠の魔法でなければ、相当な威力を持つ攻撃だったに違いない。
バブルの中のバブル、エリートバブルだ。
「?」
「……ペンダント?」
泡の中には小さなプレートに何らかの模様が描かれた首飾りがあった。
入手判定となったのか、《思い出のペンダントを手に入れました》とログが流れてインベントリへと収納される。
「ほう……」
「クエストのキーアイテムとかですかね?」
アイテムの情報を見ても自分が装備できるわけでもなく、ただ『誰かの祈りと思い出の詰まったペンダント』としか書かれていない。
連鎖だ。
恐らくまた、別のクエストを示唆するアイテムに違いない。
こうしてメインストーリー進まない問題は各プレイヤーの身近に潜んでいるのだ。
なんて恐ろしくも甘美な罠なのだろう。
プレイヤーはメインストーリーが進まずに困る素振りを見せつつも、その誘いから逃れることはできないのだ。
「ふむ。時がきたら使えるようになるか。他の泡も見てみよう」
ペンダントも気になるが、他のアイテムも気になるところ。
私とヤナは雑談しながらそれぞれ周囲の泡を消し飛ばし、その隠されしアイテムを入手することに専念した。




