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19話 スタイル良し男さん(仮)


「──むっ!」

「イケメンセンサー反応ですの?」


 ギルドへと向かう道中、我が第七感であるイケメンセンサーが反応した。

 ぞわりとした感覚。

 額に熱を集める感覚。

 自然と吸い寄せられる視線。

 手の先に神経が集中するような感覚。


 体のあらゆる部位が、「イケメンが近くに居る」と教えてくれる。

 VRMMOで無ければゲームにおいて第六感頼りだったイケハン活動。

 それが、第六感で感じ取ったことを五感へと還元し、名実ともにセンサーとなる。まるで体の器官がもう一つ増えたかのようだ。

 すごいぞVRMMO。


「あれは……!!」


 前方を行く見覚えのある長い黒髪。

 ウルフヘアといえばいいか、上段は短く、しかし下段はその辺の女性よりもながーい髪。

 ゆらゆらと揺れる艶のある襟足の髪が私の視線を掴んで離さない。

 スタイルの良い人間。

 スタイル良し男さん(仮)だ!


「あの時の!」

「ギルドを教えてくださった方ですわね」


 彼の全体的に黒い服装は体にフィットしていて、そのスタイルを存分にお披露目してくれる。ややパンクスタイルと言えばいいのか。

 細長い脚に沿うパンツのポッケに手を突っ込み、そのまま左へと曲がり路地へ入った。


「そういえば路地なども探検してみたいですわね、お姉さま」

「……」

「お姉さま?」

「ダメだ」

「え?」


 ……なんだ、その歩き方は?


「あいつだけは許せん」

「いったい何の罪……」


 ……なんだ、そのスタイル良し男にぴったりの歩き方は?


「お顔はもちろんのこと、キャラ付けが良すぎる。──よって逮捕だ!」

「オマワリサーン!」


 ()()()()()


 それは、オタクにとってまるで答案用紙の答え合わせのような。

 あるいは誰かとの共感を得た時の快感、欲しいと思っていたグッズが思いがけず福袋から出てきたときのような高揚感。


 そんな幸福ともいえる感情に満ちた状態だ。


「許せん……」

「理不尽」


 そのような幸福が突然降って沸いた時。

 時として人は、己の理解の範疇を超えたために本来リアクションすべき感情とは真逆の対応をしてしまう。


 たとえばオルドフォンスさんの全てが良すぎて、キレそうになった時もそうだ。


 あれは本来彼を崇め奉るべき案件であった。

 だが己の容量を超える美形であったために、真逆の反応──キレてしまいそうになった。


 照れ隠し。天邪鬼。


 この反応をどう表すべきかは分からないが、厄介な感情だとは自分でも思う。

 だからこそ、実際にキレることはせず『キレそう』であると己を冷静に分析し、相手にそれを悟らせない。


 それが、プロイケハンの流儀だ。


「わたくし通報してお姉さまを止めるべきでしょうか……」

「なーに言ってんだ。ちょ~っとお話伺うだけだ!」

「怖いですわ……」


 私とヤナはスタイル良し男さん(仮)の後を追って路地へ入った。

 路地とはいえ、水路も綺麗に分岐している。

 道は狭いものの水路があるおかげで閉鎖的な空間ではない。


「……?」

「あら……」


 おかしい──


「見当たらないな」


 路地裏にも小さな店や家の入口があり、人気がゼロとは言えないものの。

 表通りの喧噪(けんそう)を考えれば遥かに静かなこの道の前方には、誰も居ない。


「──オレになんか用?」

「「!!」」


 不覚。

 イケメンに壁ドンどころか、背後を取られるとは……!


「……さっきのヤツらか」


 長身エルフと言えども圧倒できないほどの長身男性。

 180cmはあるだろう。スタイル良し男は見下ろされているはずなのに、まるで見下すかのような眼で私とヤナを見た。


「……っ」

「(お姉さま、ちょっとどうしましたの)」

「……ぬかった」

「え?」

「?」


 我、一生の不覚也。


「背後には背後の……役得があったというのに……っ!!」

「どゆこと案件」

「……?」


 背中越しに伝わる熱。

 ぎゅっと抱きしめられる度に感じる逞しい腕。

 身長差次第では耳元にかかる吐息。


 プロイケハンながら、『バックハグ』の可能性を考慮せず……すぐに振り返ってしまった……!!


「なんたる不覚!」

「お話こちらで進めますね」

「なんだぁ、コイツ……」


 ああ、止めてくれ。

 そんな怪訝そうな顔で私を見ないでくれ。


 オルドフォンスさんとはまた一味違うイケメン、スタイル良し男さん(仮)。

 赤い瞳がもたらす視線は、そのまま火の魔法を放ちそうなほど。

 下は長いパンツスタイルながら、上は肩口までの二の腕全出しスタイル。

 オルドフォンスさんは線が細い美人に見えて意外と筋肉質であると我がセンサーが見出したが、このスタイル良し男さん(仮)は完全に筋肉質。

 それでいて、無駄な贅肉が無いのだからそのスタイル維持の秘訣を教えて欲しいところだ。いわゆる細マッチョタイプ。


 しかも二の腕出してるのに、右手だけ指だしグローブとか何事?

 解釈一致が過ぎてキレそう。

 ありがとう、ブラエ・ヴェルト。


「辛い……」


 喜びが最高潮に達すると、人はその許容量が超えてしまう衝動に対してツラさを感じてしまう。


「特に用、というほどのことはありませんわ。お気になさらず」

「ふぅん? ……あれだけの人混みの中、よりにもよってこのオレを呼び止めた……。大方、アイツの部下か雇われた冒険者ってところか」

「あいつ?」

「とぼけんなって」

「!?」


 スタイル良し男さん(仮)は、あろうことか頭を指差して舌を出し、挑発してきた。

 キレそう。


「……おい」

「あ?」

「覚悟はあるんだろうな?」

「はぁ? なんの──」


「人を挑発するってんなら……、我が獲物となる覚悟はあるのだろうな──!!」


 私は腰元のホルダーから指揮棒を取り出し、その先端をしならせてスタイル良し男さん(仮)へと向けた。


 これが剣ならどんなにカッコよかったことだろう。

 私はなぜそうしたのかは分からないが、ここで彼をすんなりと逃がしてはイケハン全一の名が廃ると思ってしまったのだ。


「へぇ~? ……やっぱ、アイツに言われてオレを止めに来たか」

「話が恐ろしく噛み合っていませんわ」


 スタイル良し男さん(仮)はその明らかに男性的な骨ばった手をポッケへと入れ、愉快そうに笑っている。


「アイツに何を聞いているかは知らんが、止めてもムダだぞ? オレたちは必ず──水中で生きられない種族を、この国から駆逐してやる」

「「えええええ!!??」」


 話がとんでもない方向へと展開してしまった。

 なぜだ、なぜなんだ?


 ただ、イケメンを追っていただけだというのに……!!


「こ、これこそまさに、どゆこと案件……」

「せいぜいオレたちを止めてみな~、冒険者さんよぉ」


 スタイル良し男さん(仮)はひらひらと後手に振りながら去っていった。

 なんだというんだ、いったい。


「魔女よ」

「はい」

「説明求む」

「こちらのセリフですわ」


 これにはイケハン全一もびっくりだ。

 まったくもって状況を理解できていない。


「何がどうしてどうなれば、ああなるのだ?」

「一つだけ言えることは、イケメンを追い求めていたらこうなりましたわね……」

「……!」


 そうか! そういうことか……!


「おい! これ多分、イケメンが奏でるストーリーだぞ!」

「なんですその歌詞っぽい言い方」


 なるほどな。

 イケハン接待ストーリーってワケ。


 ブラエ・ヴェルト運営、侮れないな。


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