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プロローグ

暗い部屋の中、大きなソファに座り、膝に黒猫を乗せてスマホを弄っているひとりの女性がいた。

女性は眼鏡を掛けていて、平凡な日本人女性といった感じだが、目の下には濃い隈があり、少し窶れているようにも見える。


女性はとある動画をタップし、曲を垂れ流しながら、動画のコメントを流し見る。




『曲も良いけどイラストがより良い味出してる』


『この人がイラスト担当してる曲はどんなのでも見てるわ』


『神絵師過ぎてキレそう所でどこに振り込めば良いですか?』



「ほのか、またファン増えたね!フォロワーもたくさん!」


膝に乗っていた猫が饒舌に喋り出す。一応否定しておくと、普通の猫は人間のように喋らない。

明らかに異常なのに、『ほのか』と呼ばれた女性は当たり前かのように猫と会話する。


「まあ…絵しか誇れるものないし……どんな絵師さんもそれぞれの絵の特徴があって、私の特徴が好きな人がたまたま見たってだけ。……この人の仕事受けようかな。今の仕事もあるし期限短いけど徹夜すれば…」

「みゃ!?駄目だよ!今でさえギリギリなのにこれ以上仕事で睡眠時間削ったら倒れるだけじゃ済まないよ!!」

「別に。仮眠取ってるし。()()()のは完璧にしてんだから良いでしょ」

「そういう問題じゃにゃーい!!」


騒ぐ猫と、死んだ目で淡々と話す女性。

女性は既にスマホから大きなタブレットに持ち替え、タッチペンですらすらと絵に色を塗っていく。描いている途中だったのか、既に色が塗られている場所が複数ある。


女性の名前は高橋穂乃香。フリーのイラストレーター『稲穂』として活躍している28歳独身だ。

そして猫の名前はガブリエル。訳あって19年間も穂乃香に寄り添っている、穂乃香の相棒兼ペット兼保護者である。



「とにかく!!新しい仕事を受ける前にまずやす───あ…」



休んで。そう言おうとしたガブリエルは突然ピタリと止まり、悲しそうな声を漏らす。瞬間、ガブリエルの緑色の瞳が輝き、尻尾が4本に分かれる。


穂乃香はそれを見て絵を保存し、タッチペンとタブレットを机に置く。

立ち上がり、ポニーテールにしていた髪を解いて、眼鏡を外す。


「どこ」


「あ…えっと……行くの…?」


「はあ……今更罪悪感なんていらないよ。で、どこ?」


「近くの()()()()慰霊碑前で苦戦してるって…」


「また救援要請か…()()も育成ぐらいすればいいのに」


穂乃香はそう愚痴を零し、机の上に乱雑に置いてある黄色のブローチを取る。そしてガブリエルを抱きかかえ、ブローチを目の前に掲げて一言。



「<解放(リベラシオン)>」



そう呟き、穂乃香は眩い光に包まれ、光が止むと、穂乃香はまるで違う姿に変身していた。


少しだけフリルがあしらわれた黄色のフィッシュテールドレス。

細く長い足を強調した灰色のズボン。

編み上げのローブーツ。

後ろで三つ編みにされた茶色に近い黒髪。

少し暗めのメイクで強調された薄い茶色の瞳。



「……やっぱ小っ恥ずかしいなあ…」



そんなことを言いながら、穂乃香はベランダの窓に近付き、カーテンを少しだけ開ける。

両手の親指と人差し指で小さな窓を作り、覗く。


「<転移(メタスタシス)>」


刹那。部屋から穂乃香の姿は消え、窓の外の空中へと現れる。


外では轟音が鳴り響き、筋肉隆々の巨人が土煙を上げながら暴れていた。



「雑魚じゃなくてちゃんと強いやつか」



穂乃香は両手を合わせ、淡い光を伴いながらゆっくりと手を離していく。光が弓状に変化し、光が収まったと同時に飾りのない金色の弓が現れる。


穂乃香は慣れたように弓を構え、光の矢を顕現し、素早く射る。



「はーはっは───…は?」



光の矢は音もなく巨人の頭を貫く。


「ガブ、捕まっとけ」

「…うん」


穂乃香はガブリエルを右肩に乗せ、ガブリエルはぎゅっと穂乃香に捕まる。

空中に留まっていた穂乃香は宙を蹴って加速し、手に持っていた弓をハンマーに変える。


地面に近付くと同時に体制を変え、蹲っている少女を庇うように着地し、倒れそうになっている巨人に向けて、大きなハンマーを振り上げる。



既に絶命している巨人は大きく宙を舞い、空中で爆発する。死体は塵にすら残らず消え、巨人が暴れた跡だけが残った。


「ぅあ、あなたは…?」


恐る恐るといった様子で穂乃香を見上げる少女。その体はまだ小さく、小学校低学年といった所だろうか。

少女は恐怖と絶望に塗れた表情で涙を流していた。


穂乃香はそれまでの無表情をしまい、優しい笑みを浮かべ、しゃがんで目線を合わせる。



「私も一応魔法少女だ。もうおばさんだけど。それより怪我は?」

「な、ない、です。でっ、でも、ほかの、ひとがっ…!わ、わたし、まもれなくて…!」


ふたりの周りの建物には赤黒いモノがべったりとついており、服だっただろう布切れがそこら中に散らばっていた。


状況を把握した穂乃香は少女を優しく抱きしめ、ボロボロと泣きながら嗚咽を零す少女に優しく言葉を掛ける。



「うん。怖かったな。だいじょうぶ、だいじょうぶ。我慢しなくていい」

「お、おとーさんとおかーさんがっ、まほーしょーじょになれって…!でもっ、わたしはなりたくなかった……!そしたら、わた、わたしはいらないこだって…!」

「うん、うん」

「ひぐっ、わ、わたしはなぐられてもへいきだったけどっ、ほかのこは…!みんな……!」

「…そっか」

「さんねん、がんばったけどっ、もう…!」

「3年も頑張っただけ偉いさ。私の知り合いに連絡して保護してもらおう。優しい人たちを知ってるんだ。その人たちに、私は頑張ったんだよ、って言ってご覧」

「で、でも……!もうわたしは、いらないこ、だから……!」

「そんなことない。お前は今までたくさん頑張ったんだ」

「……そう、なの、かなあ…」


泣き疲れたのか、少女は穂乃香の腕の中で眠りについた。眠ってもなお、大粒の涙を流している。


穂乃香は少女を抱えてゆっくりと立ち上がる。


穂乃香の目の前に黒色のダンプカーが止まり、その中からスーツを着た背の高い黒髪の女性が降りてくる。


「……酷い有様ですね」

「有島、この子保護してくれ。ネグレクトされてると思うし、だいぶ精神やられてる。もう復帰は無理だろうな」


有島、と呼ばれた女性は穂乃香が抱えている少女をゆっくりと自分の胸に抱く。有島の白いカッターシャツが涙で濡れるが、有島は気にすることなく、寧ろ愛おしそうに少女を優しく抱きしめる。


「では先輩、こちらはお任せください。それと、本部から大田区に応援に行ってこい、との指令がでました」

「…はいよ」

「『アロース』は大変ですね…」

「何故か地球防衛魔法軍の最大戦力扱いされてるからね。ていうか魔法軍もそうだけど、魔法少年も魔法少女も、名前的に無理があると思う。私アラサーだし」

「それはまあ、誰しもロマンはありますから」

「じゃ、行ってくる」

「お気をつけて」


穂乃香の足が地面から離れ、猛スピードでビルよりも高い所まで飛び上がり、方向を確認して、横方向に飛び始める。


猛スピードであるにも関わらず、穂乃香は平気な顔で街を見下ろしていた。


「ガブ、さっきから元気ないけど、大丈夫?」

「……ほの…じゃなくて…アロースを魔法少女にした時のこと、思い出してた」

「……ま、あの時は軍も小規模で、魔物のことも世間に知られてなかったからな。お前も自我が芽生え始めた直後だったんだろ。……それに、どっちにしろこうなってた」


地球防衛魔法軍とは、地球に突如現れた異形の生命体、魔物から人々を、ひいては地球を守るために立ち上げられた組織であり、魔法少女と魔法少年は魔物と戦う力を持つ若者たちの総称である。

魔法と名付けられている力は、人類の原初の時から存在していたが、時が経つにつれてその力の使い方を忘れてしまっていた。しかし魔物の襲来と共にその力の存在が浮き彫りになった。


けれども既に大人となってしまった者はその力を上手く扱えなかった。扱えるのは、未成熟の子どものみ。魔法の力が馴染まないまま成熟してしまった者は魔法を使えなかった。

だからこそ、小さな子どもが魔物と戦い、大人は後方支援や後始末という役付けがされていった。


高橋穂乃香は9歳の時に魔法少女となり、19年経った今でも戦い続けている。


ガブリエルは地球防衛魔法軍によって開発された魔法知覚生命体で、穂乃香のナビゲートをしている。そしてまだ戦力が少なかった頃に、地球防衛魔法軍の命令で穂乃香を強制的に魔法少女に仕立て上げた張本人だ。その頃のガブリエルは自我が芽生えたばかりで、軍の命令こそが全てだった。

徐々に個としての意思を確立した時には既に遅かった。その時には第一次惑星間戦争が終わった後、穂乃香が11歳の時だった。


地球以外の惑星には神人(かみびと)という種族がおり、人間という種族は地球にしかいない。神人は知能のない魔物をどういう訳か飼い慣らし、その上で地球を侵略している。

本来なら地球なんてとっくに滅びている筈だった。



しかし穂乃香基アロースが抑止力になっている。



穂乃香は特別強いわけではなかった。寧ろ弱い方だったが、魔物を両親に殺されていた穂乃香は、憎悪と自責の念だけで自分を動かし、自分の安全を省みない戦い方で戦果を上げていき、力を磨き続けてきた。

他の少年少女が犠牲となっていく中で、穂乃香はずっと生き残り、今では最古参かつ最大戦力と言われるほどに強くなった。



もう憎悪などなく、惰性で生き、なんとなくで魔法少女を続けている。


アロースとは穂乃香の魔法少女名であり、宇宙でその名を知らぬ者はいない。穂乃香がアロースであることを知っているのは軍の中でも極少数。もっと言うなら、イラストレーター『稲穂』と魔法少女アロースが同一人物だと知っている者も少ない。


基本的に軍から給料が送られるのだが、初期の頃はそんなものなかった為、穂乃香は給料が出ることに違和感を覚えており、加えてフリーの凄腕イラストレーターとしてかなりの金額を稼いでいるため、給料の支給を断り続けており、結果的に情報の道筋を絶っている。



そして、穂乃香は仕事関係以外ではインターネットを使わない。住んでいるマンションの部屋にはテレビもなく、そもそも穂乃香は食べ物以外の物をあまり買わない。外出も近所のスーパーのみ。ご近所付き合いも少なく友人もいない。祖父母は既に他界し、他の親戚とは長年会っていない。情報が漏れる隙などないのだ。


そのせいで自分がどれ程の名声を持っているのか、どれ程神聖化されているのか、そんなことは全く知らない。


そして世間も知らない。生きる伝説である魔法少女『アロース』の正体が、半引きこもりのアラサー独身女であり、人気イラストレーター『稲穂』であることを。そして自己肯定感が低すぎることも。




これは穂乃香と世間のすれ違い、そして穂乃香の苦悩と苦痛を描いた物語である。










「この世界は君に優しい。穂乃香はそれを知るべきだよ」


どこかの星で、ひとりの『王』が呟いた。

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