婚約破棄された挙句死んだ侯爵令嬢と聖女を選んだ王太子の二度目の人生~アンジェリカの場合
こちらの作品「婚約破棄された挙句死んだ侯爵令嬢と聖女を選んだ王太子の二度目の人生~セインの場合」との連動作品です。
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こちらのアンジェリカの場合を先に読んでいただくほうが分かりやすいかもしれません。
「アンジェリカ、すまないが君とは婚約を解消させてもらう」
彼は傍らに一人の少女を伴い、そう言葉にした。
彼、セイン様は私の婚約者であり、この国の王太子殿下。
そして今彼の傍らに立つ少女、それはこの国を瘴気から救うと言われている聖女だった。
この国には瘴気を放つ森がある。普段は少量の瘴気が漂うだけなので、国の魔導師たちが結界を張り防いでいるのだが、何百年に一度かのペースでその森から非常に濃い瘴気が放出される。そのときは魔導師たちでは追い付かず、国は混乱を極める。しかし瘴気が濃くなると決まって聖女なる者が現れる。聖女はどれほど濃い瘴気でも浄化することが可能な力を持っていた。
そして今この時代、まさに何百年に一度の今までにないほどの瘴気が溢れ返ってしまっていた。それなのに聖女が現れず、困り果てた国は古の魔術、聖女召喚の儀を行ったのだ。
そして現れたのが今現在、セイン様の横に立つ彼女、アイカだった。
彼女は瘴気の浄化を行うため必死に勉強をし、術を身に付け、瘴気を浄化することに成功した。
そして彼女は褒賞としてセイン様を求めたのだ。
ずっと嫌な予感はしていた。
セイン様はアイカに付きっきりとなっていき、私と会う頻度は減っていた。だから今こうして婚約解消を言われても「あぁ、やっぱり」としか思えなかった。
幼い頃から婚約していた私たちは幼馴染でもあった。セイン様はとても優しくいつも温かく私を見守ってくださっていた。
聖女が現れても、最初の間は「会う機会が減ってすまない」と、そう言ってくれていた。だから信じていた。しかし徐々に会う頻度が減っていくたびに、私のなかで不安と疑惑が膨れ上がっていくのが辛かった。
セイン様を信じられない自分にも嫌気がさし、私の心は次第に病んでいっているかのようだった。だから婚約解消は良かったのかもしれない。これ以上辛い想いをするのは嫌だった。
私はセイン様を愛していたから。
「承知致しました」
だから私は婚約解消を受け入れた。聖女からの要求を拒めないことは分かっていたし、これ以上苦しむのは嫌だった。
私はドレスを持ち上げ膝を折った。泣きそうになるのを必死に堪え、最後にお二人を見た。おそらく私の顔は無表情だろう。必死に感情を表に出さないように努めた。
アイカはセイン様の腕にしなだれかかり、私を見ると薄っすら笑みを浮かべた。そしてセイン様は眉間に皺を寄せ……なぜか泣き出しそうなお顔に……。
なぜ貴方がそんな顔をするの? アイカからの要求とは言え、それを認め選んだのは貴方ではないですか。それなのになぜ貴方がそんな顔をするのよ!!
ダメだわ、このままここにいたら感情のままに泣き叫んでしまう。そんなことをしてもなにも変わらない。自分が惨めになるだけよ。
「失礼致します」
必死に気持ちを抑え、その場を後にした。
セイン様と会うことは二度となかった。
私はお父様の勧めで隣国へと留学することとなった。そこでしばらく傷付いた心を癒してきなさい、と気遣ってもらった。
しかし私にはその機会は訪れることはなかった。
隣国へと向かう道中、馬車で移動中に賊に襲われたのだ。一緒に同行してくれた仲の良かった騎士も、昔からずっと傍にいてくれていた侍女メアリも、皆……皆、死んだ。
神様、私がなにをしたというのです!!
私はセイン様を愛していただけ。それを捨てられ悲しかっただけ。
それがそんなにもいけないことでしたか!?
なぜ!! なぜこんなところで死ななくてはならないのです!!
しかも私の大事な人たちまで共に……
「行くぞ!! ――様に報告だ」
事切れる前に賊の言葉が聞こえた気がした……誰? 誰かから依頼されて襲ったの? 酷い……酷い……悔しい……こんなことで死にたくない……皆を死なせたくない……神様!!
◇◇
「はぁあっ!!!!」
目が覚めると見覚えのある部屋だった。ベッドで寝ていたらしく、足元には布団がある。
脂汗が流れ、呼吸も荒く、動悸が激しい。
「ここは……」
見慣れたその部屋は私の部屋だ。なぜ? 先程まで私は馬車で隣国へと向かっていて、そして賊に……
「はぁはぁ、どういうこと、私……生きている?」
掌を見詰める。
「え?」
掌を見詰め違和感を感じる。
「小さい?」
明らかに小さな手。にぎにぎと手を動かしてみても自分の手だとは分かる。しかし明らかに自分の手ではない。十七歳だった私の手でないのだ。明らかに子供の手。小さくぷっくりとした手。
ベッドから飛び出し、慌てて鏡の前へと立つ。
「ど、どういうこと?」
そこに映し出され人物は明らかに子供……それもまだ幼児と言える年齢の子供。
「これが私? なんで? どういうことなの? なぜ子供に戻っているの?」
「お嬢様、おはようございます、お目覚めですか? 失礼致しますね」
鏡の前でパニックになっていると、扉の外から声が聞こえた。この声は……
「あら、今日はお早いですね。アンジェリカお嬢様」
そう言いながらにこりと笑ったその侍女は、あのときも一緒にいた……私のせいで死んでしまった……
「メアリ!!」
思わず駆け出しメアリに抱き付いた。
「お嬢様? どうされたのですか? 怖い夢でも見ましたか?」
「夢?」
夢……夢だった? あれが? あのリアルな出来事が夢?
「夢だったのかしら……」
いやいや、そんなはずない! あんな出来事、夢でも嫌よ!! あんな辛い苦しい想いはもうしたくない。
メアリにぎゅうっとしがみつき決意する。
二度とあんな想いはしたくない。メアリにも死んで欲しくない。絶対あの出来事を回避してみせるわ!!
「お嬢様?」
メアリが私の背中をそっと支えながらきょとんとしている。
「メアリ! 貴女のことも絶対守るからね!」
「?」
メアリはなんだか意味が分からないといった顔。
私はそんなメアリをよそに決意を固めた。
メアリに色々聞いた結果、今私は五歳。さらにセイン様との婚約もまだのようだ。
それならばセイン様との婚約を回避出来れば、きっと私が死ぬこともないはず! 私がセイン様と婚約するのは私が六歳の誕生日。もうすぐなのよね……さて、どう回避させようかしら。
セイン様への未練がないとは言えない。アイカさえ現れないのならば、このまままたセイン様と婚約したい気持ちはある。
しかしおそらくこのままセイン様と婚約すれば、あの夢と同じ人生を辿ることになるのだろうと、なにか確信めいたものがある。
だからここはやはりお父様に相談を……。そう思い、あの手この手で婚約しないように促してみたが、やはり貴族同士の婚約は政治的なものも絡むため、回避することは叶わなかった。
そのため結局、夢の通り……もしかしてあれは過去のことなのか、私は自分の人生を巻き戻したのだろうか、と思うときもあるが、結局そのままセイン様と婚約するはめになった。
小さいセイン様はとても美しく愛らしい、しかし小さなころからとても紳士で優しかった。そういうところも全て同じだった。
初めて会ったセイン様は私に挨拶をすると手の甲にキスをし、王太子らしくとても落ち着かれていて、しかし大人の目がなくなると、いたずらっ子のように遊んでくれた。それが嬉しくて楽しくて……好きになるのに時間はかからなかった。
でも今回は好きになってはダメよ。そう自分に言い聞かせた。そして警戒しながらセイン様と会っていたのだが、過去とは少し違うことに気付いた。
以前はセイン様と婚約後は度々会いに来てくださり、よく遊んでいたのだが、今回はなぜかほとんど会いには来てくださらない。必要以上に仲良くなりたくない私としては願ったりだったのだが、なぜなのかが分からない。
あまりセイン様のことを聞いて、私から会いたがっていると言われても嫌だったので、なるべくそっとしていたのだが、あまりにも前回と違うことに不安になり、お父様に少しだけ聞いてみた。
「セイン様はお忙しいそうだよ」
「お忙しい?」
「あぁ、なにやら研究をされているらしくてね。まだ幼いというのに素晴らしいお方だ。アンジェリカもセイン様をお支えする立場なのだから、会えなくとも我慢しなければならないよ」
「え、えぇ、分かっております」
お父様は感心しっぱなしでセイン様を褒めてらっしゃる。
研究……一体なんの研究をしてらっしゃるのかしら。前回のときにも私が知らないだけでなにか研究をしてらっしゃったのかしら……。
「私って、セイン様のことを何も知らないのね……」
セイン様とは会って遊んでお茶してお喋りして、とはしていたが、会いに来てくださるのはいつもセイン様から。お喋りといっても私が話すことをにこにこと聞いているだけだった気がする。
私はセイン様自身のことをなにも知らなかったのね……。
セイン様が私のことをどう思っていたのかも……。あのとき、最後に見たセイン様のお顔……あのときの表情の意味すら私には分からない。
私自身も自分の気持ちなど言ったことはなかった。アイカが聖女であったとしても私の傍にいて欲しいと言うべきだったのかもしれない。
私たちはもっと自分たちのことを話すべきだったのかもしれないわね……。でも、全てがもう遅い……。今再び捨てられる恐怖を持ちながら、セイン様と寄り添う勇気が私にはない……。
◇◇
前回のときとは明らかに違い、十六歳になるまでセイン様と会うことはほとんどなく、数えるほどしか会うことはなかった。
そして私が十六歳のころ、あの儀式が行われるはずの日が近付いて来た。
しかし予想に反して『聖女召喚の儀』の話は一向に出て来なかった。
一体どういうこと!?
そういえば最近瘴気の話も出てこない。前回ではこの『聖女召喚の儀』の少し前から瘴気の被害が大きくなってきていたはず。だから聖女を召喚したのだ。
それなのに今回は全く話に出て来ない。どういうことなのかしら……。
「お父様、最近瘴気の話をあまり聞きませんが、どうしてですか?」
「ん? あぁ、それは……」
あまり自分から聖女に関する話は振りたくはなかったのだが、仕方なくお父様に聞いてみると、予想だにしていない言葉が返って来た。
「瘴気については最近研究が進み、ほとんど被害が出ないまでになっているそうだよ」
「え!?」
「お前と婚約してからセイン様がお忙しくずっと会えていなかっただろう?」
「え、えぇ……そうですわね」
「セイン様はずっと瘴気について研究をされていたそうだ。そしてその瘴気を浄化する方法を開発されたらしいのだ」
「!!」
セイン様が瘴気を浄化!? どういうこと!? なぜセイン様がそんなことを!? い、いえ、それよりも……
「と、ということは、『聖女召喚の儀』は行わないのですか?」
「ん? 聖女召喚の儀? なぜそんなものを?」
「え? だって瘴気を浄化するのに聖女が必要ですよね? それで聖女が現れないと聖女召喚の儀を行うのですよね?」
「ん? うん、まあそうだね。しかしセイン様の研究のおかげでその必要はなくなったし、もう聖女は必要ないだろう」
「!!」
聖女が必要ない!? もうアイカが現れることはないの!?
「アンジェリカ!? どうしたんだい!?」
お父様が驚いた顔で私の肩を掴んだ。
「え?」
私は泣いていた。
涙が溢れて止まらなかった。
「あ、あぁぁ」
お父様はなにがなんだか分からない顔でオロオロと私の涙を拭った。そのとき部屋の扉が開かれ一人の青年が飛び込んできた。
「アンジェリカ!!」
「!?」
「セイン様!! 突然どうされたのですか!?」
お父様が驚きながらも出迎える。
セイン様……あぁ、懐かしいセイン様。幼い頃に婚約のために会ったきり、ほとんど数えるほどしかお会いせず、すっかりと大人になったセイン様。
あの頃のセイン様……。アイカを選んだセイン様……そのときの記憶が蘇る。
長い年月の末、思い出すことも少なくなっていたけれど、やはりあのときの姿のままのセイン様を見ると、いまだに鮮明に思い出してしまう。胸が苦しくなる。
私は思わず後退り、セイン様から距離を取る。
「アンジェリカ……ようやく君と一緒になれる……ようやく君を迎えに来たと言える……長く待たせたことを許してくれ」
「あ、あの……一体……」
セイン様は一体なにを言っているの? ようやく一緒になれる? 迎えに来た? どういうことなの?
「セイン様、娘も混乱しております。まずは落ち着いて説明を」
「あ、あぁ、そうだな。すまない」
お父様に促され、私たちは椅子へと腰を下ろした。
「君との婚約するにあたって、私は父である陛下と君のお父上にある約束をした」
「約束ですか……」
「あぁ、この国はいずれ瘴気が酷くなる恐れがある。だから私はまずその研究がしたい。だからアンジェリカと婚約はするが、頻繁に会うことは叶わない。それでも必ず迎えに行くから、結果が出るまで待っていてもらいたい、と」
あんな幼いときにそんな話を?
「セイン様は幼いながらに真っ直ぐな瞳をされていた。強い決心を感じたんだ。だから陛下も私も信じることにしたのだよ。そしてセイン様は本当に成し遂げられた」
お父様がセイン様の言葉を補うように言った。
「あ、あの、なぜそこまで……」
前回のセイン様は私ではなくアイカを選んでいた。それなのになぜ? なぜ今回は私との婚約にそれほど拘りを……。
「私は君を愛しているから……君とずっと一緒にいたいから……」
そう呟くセイン様は泣きそうな顔になった。
それはあのときの顔と同じ……あのときと同じ顔? なぜ、今その顔をするの? この世界では私たちは以前ほどの交流はなかった。そこまで切ない顔で愛していると言われる意味が分からない。私は……私はまだ怖い。
「まだ信じてもらえないか」
セイン様は酷く寂しそうな顔になった。その顔にズキンと胸が痛む。
「すまない、侯爵、席を外してもらえないだろうか」
セイン様はお父様に二人きりにしてもらえるよう願い出た。お父様はそれに了承し、部屋を後にする。
二人きりになった部屋では沈黙が流れる。今すぐにでも逃げ出したくなってしまう。
「アンジェリカ……隣に座っても良いかい?」
セイン様は寂しげな顔でそう聞いた。
「……はい」
セイン様は私の隣に座ると私の手を両手で包んだ。
「アンジェリカ、私は君を愛している。それは信じて欲しい」
真っ直ぐに見詰めそう呟いたセイン様。
「なぜです? 私たちはそれほど会ってはおりません。なぜそれなのにそこまで……」
それ以上言葉には出来なかった。今回の人生で私がそこまで愛される原因は分からない。前回の人生ですら、愛されていると思っていたのは錯覚だった。それなのに、いきなり愛していると言われても信じられるはずがない。
「私は君のことをよく知っている……知っているんだ」
「え?」
「私は今の人生が二度目なんだ」
「!? どういうことですか!?」
二度目!? 二度目って一体どういうこと!?
「一度目の人生、私は君に酷い仕打ちをした。悔やんでも悔やみきれない。私は君を愛していたのに……君を捨てた……すまない……すまない」
セイン様は涙を流し謝罪を口にした。
「そ、それは……一体……」
まさかセイン様も前回の人生の記憶があるというの!? 私を捨てた記憶が!?
「セイン様はアイカを選んだ……」
思わず口に出てしまった。しまった、と思ったときにはすでに遅く、セイン様は驚いた顔をした。
「君も記憶があるのか!?」
「やはり、セイン様も以前の記憶があるのですね? 私を捨て、アイカを選んだ記憶が……」
「あぁ……だから私は生まれ変わったと分かったとき、絶対に聖女を頼らない方法を見付けようと決心したんだ」
「だからずっと研究を?」
「あぁ、過去の過ちを二度と繰り返したくはなかった。君を失った後、私は精神を病んでしまってね……」
「私が死んだことをご存じだったのですか?」
「あぁ……」
セイン様はそれ以上なにも言わなかった。おそらく私の最期の惨状を聞いたのだろう。酷く苦しそうな顔をされている。
「私は君を愛している。それだけは以前も今も断言出来る。私を許してはもらえないだろうか……もう二度と君を失いたくはない……」
「もう二度と聖女は必要ないのですか? もう召喚の儀は行われませんか? もう二度と私を離さないでいただけますか!?」
わぁぁあ、と泣き出した私をセイン様は力強く抱き締めた。
「あぁ……もう二度と離しはしない……愛している!!」
そう叫んだセイン様は抱き締めていた腕を緩めると、私の頬に手を添えた。そして指で涙を拭うと、小さく「愛している」と再び囁き、そしてそっと唇を重ねた。
聖女召喚の儀は行われることはなく、セイン様の研究成果のおかげで瘴気は浄化され、今後これからも聖女が必要とされることはないだろう、と言われた。
セイン様と私は無事結婚式を挙げ、歳を取るまで、お互いが寿命を迎えるまで、二人仲良く暮らしたのだった。
「愛しているわ、セイン」
やっと言葉にすることが出来た……
最後までお読みいただきありがとうございます。
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