夢落ちで良かった!
「おはよ……って、あれ? どうしたの元気ない」
教室に入るなり既に着席していた友人に挨拶するも、どうにも暗い表情で思わず心配になる。元々テンションは高いほうではないけれど、それでも普段はもっとこう……今日よりはとにかくマシなのだ。
何かあったんだろうか。課題を忘れた、程度ならいいけどもっとどうしようもない事があったら流石に自分にはどうしようもない。
「おはよう。いやなに、ちょっとね……」
草臥れたように笑う友人は、明らかに普段と比べるとテンションが低い。言葉を濁しているけれど、こんなの何かあったと言っているようなものだった。
気にはなったけど、正直遅刻ギリギリで登校したからかこのタイミングで先生が来てしまい、仕方なしに席に座る。
授業の合間の休み時間に何があったかを聞くには時間が足りなかった。
だからこそ、ようやく昼休みになって落ち着いて話ができるようになったけれど、何というかとても長い一日に感じられた。
「んで、なんでそんな朝からずーっとテンション低いの?」
具合が悪いなら早退すべきだし、家の方で何かあったならそれはそれで早退を考慮すべきだろう。家庭内で何かがあって、でも友人にできる事は何もないにしてもだ。
こんな状態じゃ授業だってマトモにできやしないだろうし、というか実際あまり集中している様子はなかった。
「本当に、くだらない話だよ。それでも聞いてくれる?」
「いいよ。くだらないかどうかはどうでもいいよ」
逆に壮大な話だったら自分にはどうしようもない。友人にとってどれだけくだらなかろうとも、吐き出してすっきりできるなら友人として話を聞いた甲斐があるというものだ。
「……夢を見たんだ」
友人が切り出したのは、そんなありきたりな出だしだった。
夢、といっても将来の、だとかそういうやつじゃない。寝てる時に見るやつ。
内容は……まぁ、夢だからね。話がぶっ飛んでいたりどうしてそうなったのか、なんていう前置きがすっ飛んでいたりするのはよくある事。
多分友人は夢の中で普通に過ごしていたようだけど、ある日宇宙人と遭遇したのだそうだ。
夢の中だからね。宇宙人だろうと恐竜だろうと何が出てきても別におかしな話じゃない。だって夢だもの。
けれども友人の夢に出てきた宇宙人は、世間一般で認識されているようなやつではなかったみたいだ。グレイとか呼ばれるやつじゃない、ってのだけはわかった。
夢の中の宇宙人は、一見すると人間とそう変わらないようだった。
人間との違いは髪の色。鮮やかな青だったらしい。
それから、目も。
目が青いのは海外の人にいるから珍しくはない。けれども髪の色まで青い人というのはいないから、宇宙人だと言われなくても夢の中であるのなら、何かの漫画のキャラでも出てきたのだろうかと思える。
爪も、マニキュア塗ったわけじゃなさそうなのに鮮やかに青かったらしい。
とりあえず、青い、という印象が強かったのはわかった。
宇宙人は友好的だった。
夢の中の友人や他の人たちは、友好的な宇宙人と交流を深め、気付けば宇宙人たちは地球の人たちとも交流しその宇宙人の存在は夢の中の地球ですっかり当たり前になっていたようだ。
うーん、SFなのかメルヘンなのかわからないけど、夢の話だもの。ジャンルがわからなくてもまぁ、うん。
それだけなら良かったね、で済む話だ。
宇宙から侵略者が来たわけでもなく友好的で、世界中の人たちとも友好的な関係を結んでいる。宇宙戦争なんて始まったら今の地球の文明じゃきっと対抗なんてできやしない。宇宙に行けるようになってるとはいえ、誰でも自由に行けるわけでもないし、ましてやロボットものアニメで出てくる宇宙みたいな感じになるにはまだまだ程遠いのだから。
けれども友人の様子から、楽しい話で終わらなかったのは明白。
それで? と続きを促した。
異変が出てきたのは、その後割とすぐだったようだ。
夢の中なのに体調不良に見舞われて、しかもそれが他の人たちにも。
夢だから、直接的な痛みとかはなかったみたいだけどそれでもつらいとかしんどいとか苦しいっていうのだけはあったみたい。
うーん、それはちょっと、夢の中だとしてもイヤだなぁ。直接怪我をしてるわけじゃないけど、その分精神的にくるんだよね……そういう時に夢から醒めたらあぁなんだ夢かって安心できる事もあるんだけど。
病院に行こうにも、どうしてか行けなくて。
自分だけじゃなくて家族や他の皆――それこそ世界中の人がどんどん死んでいく。
突然のホラー展開。夢の中って突然話のジャンル変わる事あるよね。あれやめてほしい。
原因がわからないけれど、夢の中の友人は宇宙人を疑った。
彼らは友好的だったけれど、それは演技で実は裏で何か――毒とかウイルスをばら撒いたんじゃないか、って。
うん、まぁ、ありそうではある。
けれども宇宙人たちは倒れていく人間たちを献身的に見舞ったらしい。うーん、原因だとして宇宙人はそうとわかってない、可能性もあるのかな?
けれども必死の看護もむなしく死んでいく人間たち。
友人もこのあたりで死んで意識が薄れていったようだけど、ここで終わりにはならなかった。
夢の中の友人は幽霊になってその後の展開を見ていたらしい。流石夢。なんでもあり。
そして死んだ原因がその後判明した。
宇宙人たちだ。
とはいえ、宇宙人たちは何もしていない。危害を加えようとして攻撃したとかじゃない。
宇宙人たちはとても友好的に地球の人間の文明を学び、こちらに合わせた礼儀だとかマナーを持って接してくれていた。
夢の中だから都合の良い展開なのはわかる。でも実際に、ある日突然明らかに宇宙船とわかるものが空からやってきて、
「我々は〇〇銀河〇〇星雲からやってきた〇〇人です」
みたいな事を言われたとしてだよ?
この国だけじゃない、他の国とかいきなり攻撃するだろうか?
言葉がわからず敵対行動をとられたなら攻撃する可能性はある。でも言葉が通じて友好的なら対話を試みると思われる。
だって下手に攻撃して、直後に宇宙戦艦率いて攻撃にこられたら、こっち打つ手なくない?
ガン〇ムもエ〇ァもその他巨大ロボットなんてものはないのよ?
ましてや宇宙戦艦だとかもない。
衛星からのサテライトキャノンとかあるでもないし。
宇宙から攻撃できる相手に攻撃の手段がないうちから攻撃は流石にしないと思いたい。
でも、じゃあ、友好的な宇宙人が原因なのは何で? と聞けば。
「髪や目とかが青かったって言ったでしょ。どうやらそれがさ……地球上の物体に当てはめるとセシウムだったらしいんだよね……」
「セシウム……ん? え?」
一瞬なんだっけそれ、とか思ったけどすぐに思い当たる。
えっ、ヤバイじゃん。
「友好的だからさ、皆割と平然と近づいて対話してたりしたの。中には親密になって恋人関係になった人とかもいたの。でもさ、宇宙人の体内構成セシウム含まれてるの」
「成程被爆」
例えば原子力発電所だとかそういう場所ですってわかってるところなら防護服とか色んな準備すると思うけど、友好的な宇宙人がそうとわからないうちなら普通に接する。見た目がもっと凶悪なら念の為、何かの拍子にちょっとぶつかっただけで大怪我しそうってなるような感じだったらこっちも事前の対応策として頑丈な服とか着たかもしれない。でも、そういうのもなく普通に接していたのであれば。
知らず知らずのうちに被爆していた、というわけか。しかも自分から近づかなくても友好的な宇宙人たちはフレンドリーに関わってきたのだろう。
「え、こわ……」
いくらフレンドリーだろうと流石にそのお付き合いはノーサンキューしたい。
友好的とはいえそんなん地球人からしたら生物兵器なんだわ。
「それに気付いたと同時に目が覚めたんだけどさ。
夢の中の私が死んだ時点で心配して抱きかかえてくれた宇宙人とかがね……もう見事に真っ青なお目目でこっち見るんですよ。綺麗なんだけど、なんていうか底がわからない感じでさぁ……」
起きてしばらく周囲にそういう何かがいないかと警戒しちゃったよね。
なんて言われても笑い飛ばせそうになかった。
そんな宇宙人と恋人関係になった人とかさぞエグイ死に方しただろうなと思えてくる。
いやだって、恋人になったらさ、キスとかは普通にするし、大人ならその先にも進むでしょ?
でも宇宙人の体内には人間にとってとても危険な物質が内包されてるも同然なわけで。
「え、こわ……」
正直もうそれしか言葉が出てこなかった。
話の内容次第では夢落ちとかサイテー、なんて茶化そうと思ってたのに。
むしろ夢落ちで良かったのでは。
「怖いよね。割とリアルな夢だったから、正夢じゃなくて良かったと思ってるよ」
「そういう怖い事言うのやめよ?」
正夢じゃなくて良かったっていうけど、これが正夢にならない可能性はゼロかな? ゼロって言いきれる確証なくない?
今はほら、宇宙っていってもまだ火星に微生物がどうのこうの程度でニュースになってる程度で済んでるけど、ある日人間と似たような形状の宇宙人が飛来しないとは言いきれないわけで。
お昼の休憩時間は、和やかに終わるかと見せかけてむしろ私も不安になってしまった結果に終わったのである。
その可能性があるなら、いくら友好的でも宇宙人とは会いたくないなぁ。
なんて。
割と切実に願ってしまった。
どうか。
どうか友人の夢が正夢になりませんように。
そう願うのが精一杯だった。だって私にとっては下手なホラーよりホラーしている。