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旅立ちの村 その1

 仲間としてやっていく事が決まった翌日、三人は宿で朝食を摂りながらこれからの大まかな方針と直近の目的を相談していた。


「王都でも野宿するつもりだったとかこれまでどうやって生活するしてたんですか?」


 昨夜一頻りの懇親をした後に、シャリアはどこに宿を取っているのかと尋ねると野宿だと言ったのだ。呆れたエステルが嫌がるシャリアを無視して代金を支払い部屋を取ったのだ。


「適当に食える動物や植物食べて、野水を飲んで、何もなけりゃ魔族も試した」

「良く生きてましたね……」

「勇者だからな。魔族を滅ぼすまでは死なん」


 さすがにこれにはエステルだけでなくゾフォルも呆れた。常人ならば何かに当たって死んでいるところだ。勇者という自負がそうさせるのか、そうやって生きてきたから勇者だと確信しているのか。どちらにせよ一般的に言えは狂人の範疇である。

 ゾフォルとエステルの信仰する聖ザナイ神の教えでも奇跡や救いなどはない。大まかには日々の身の回りの大切さを実感して感謝しながら生きなさい、というだけだ。人の努力が持つ可能性も尊ばれているが荒行や苦行を否定しない程度で厳しさとは程遠い。


「シャリアさんは何か信仰を持っておられるんですか?」


 エステルのそんな質問はそういった厳しさや苦行への裏打ちとなる信仰があるのかという疑問からだった。実際、そうする事で聖者になれるとする宗教はある。


「ない」


 きっぱりと答えた。まあ、そうだろうとは思う。シャリアからは信仰心を持つイメージが伝わってこないのだ。

 エステルはシャリアからなんというか、ただ機械的に魔族を滅ぼすという意思を感じてしまう。


「問題があるのか」

「あ、いえ、不思議な人だな、と思って」


 エステルは思わず考え込んだがシャリアに問われて思考を閉じる。人の内面を探るような事は良いものではない。


「ではこれからどうするかについてですが、私としては手近な所に出現する魔族を討伐し、人々の安全を確保しながらより厳しい戦いに向けて三人の連携を深めるのが必要だと考えます」


 ゾフォルは当面の行動指針を決めたいと思っていた。エステルは直情的であるし、シャリアは何を言い出すか分からない。各地で魔族と戦いを続けるのには社会からの信用や資金も必要となるし、強い三人が集まったらただ強くなる訳ではない。エステルとの連携ならば問題無いがここにシャリアと言う劇薬を入れて上手く回せる自信が無かった。


「ジルアンの西に低地帯がある。そこの洞穴に勇者を殺したと自慢する魔族がいる。まずはそいつを殺す」


 エステルは呆れる、簡単に西と言うが国境近くではないか。まずは付近でというゾフォルの話を完全に無視している。そしてどうして傍若無人なシャリアが魔族討伐の認可を得ようとしたのかも理解した。あの辺りは国境近くでいくつかの川の合流点なのだが、密輸や犯罪者の逃亡を防ぐために警備が厳しいのだ。

 何かと言うか人の命も軽く考えそうな感じだったので国境警備隊の人を殺してでも探索する気が無いという事に安心した。そして昨日『辺り一体を吹き飛ばして手配犯になる気はない』と言う暴言を思い出してしまい不機嫌になる。


「エステルは何かないのか?」


 一人で表情をクルクル変えていたエステルを心配してゾフォルが声を掛ける。


「なら、勇者様の村に行きたいです」

「俺の生まれは伝説だと言ったはずだが?」


 相変わらず平然と狂った事を言うシャリアを無視してエステルは続けた。


「魔族に襲われた勇者様の村です。わたし達も魔族と戦いますっていうご挨拶を勇者様にしたいですし、亡くなった村人の方々のご冥福もお祈りしたいんです」


「何もねえぞ。……近くに綺麗な池はあったか」

「え! 行った事があるんですか!」


シャリアが勇者の村に興味があるとは思わなかったのでエステルは驚き尋ねる。


「魔族を狩り歩いてる時にな。死体も転がってたし見てどうすんだ?」

「王都から人が派遣されて今は埋葬されています。確かに一度、お祈りに行きたいですね」


 シャリアは気乗りのしなさそうだが、ゾフォルが賛意を示す。


「まずは街道を通り、町や村で魔族の目撃があれば討伐しながら北上しましょう」

「はい、困っている方々がいれば手助けしなければなりません」

「悠長な事だ。とはいえ魔王の居場所も知らんし、それでも良いか」


 三人の意見が一致をみた。


「では北へ向かう人や馬車がいないか探してみましょう」

「わざわざそんな事しなくても魔族を狩りながらでいいだろ」


 ゾフォルの案にシャリアは異議をとなえた。


「事前に魔族を倒すのも大切ですが、皆さんが、街道を安心して通行出来るように護衛につくのも大切なんですよ」

「ふーん。勇者と違って神官は大変だな」


 勇者は魔族さえ倒せば良いというシャリアの考えをエステルは不思議に思う。ゾフォルやエステルが魔族を倒すのは人々の生活を平和を守るだめだ。シャリアは何故魔族を倒すのだろうか?


「シャリアさんはなぜ魔族を倒すのですか?」

「勇者だからだ」


 シャリアの返答は思い切って聞いたエステルには良く分からない。


「なぜ勇者だから魔族を倒さなければならないのですか?」


 もし、魔族が人間を襲わずに平和な暮らしをお互いに出来るのならば争う必要もないだろう。エステルはそう考えている。もちろん、そんな魔族は見た事も聞いた事もないが。


「勇者は魔族を滅ぼす。そのために存在する。それ以外ではない」


 シャリアの眼は真っ直ぐにエステルを貫く。やはりこの人は意思の在り方がどこかおかしい。エステルはその確信を得た。


 王都の北門で三人は勇者の村方面へ行く行商人を見つけた。彼は小さな馬車で街道沿いでは最北の村まで商売に行くのだ。

 同行の申し出はスムーズに受け入れられた。厳つく大柄な聖戦士のゾフォルと、神と精霊の祝福を得て多彩な魔法を扱える聖神官のエステルは行商人にとっては心強いばかりである。見た目がくたびれている青年も二人の連れだと言われれば安心出来た。


「いや〜安心しました。レム村まではかなり遠いですからね。最近は物騒なんですけど、中々あの村に行く時に護衛を雇うのは難しいんですよ」

「ほう、やはり遠方は嫌がられますか」

「いえいえ、取引の量自体が少ないので護衛を雇うと足がですね……」

「ははは、確かに商売では痛手だ。しかし、レム村ではあなたを必要としているでしょう。少ない利にも関わらず危険を冒して行商に行くというのは立派な人助けです」

「私のような零細はそういう所に入り込まないと儲けが中々出ないだけですよ」

「いえいえ、そういった商人が人々の生活を豊かにするのです。我々も感謝せねばなりません」

「あははは、さすが聖ザナイ神を信仰される方ですね」


 ゾフォルは行商人と会話をしながら信頼関係を築いていくように心掛けている。

 一方エステルは馬車の後ろを歩き、先頭を進むシャリアを眺めていた。エステル自身、人と話すのは決して得意ではないのでゾフォルに任せているのもあるが、シャリアがまるで空中から獲物を探す鷲のような目をして周囲を警戒しているのが不思議だったからだ。

 王都を出てすぐの街道にそう簡単に魔族は出てこないし、近くにくればゾフォルもエステルも気配で分かる。それをただ一人、見つからない獲物の僅かな気配でも逃さないかのような空気は異常だ。

 そう、彼はこの馬車を襲う魔族を警戒しているのではなく、彼が襲う魔族を探しているのだ。それも魔族がほぼ現れない場所で。この執念は「勇者だから魔族を滅ぼす」と言った彼の言葉は伊達や酔狂ではない事を思い知らされる。


 結局その日は何事もなく行程をこなし、野営する事になった。それぞれが準備をしているとシャリアがフラフラと離れていくのをエステルが見咎めた。


「ちょっと、シャリアさんどこに行くんですか?」

「飯取りに行く」


 少しエステルが呆けている内にシャリアはどんどんと離れて行く。


「ちょっと待って下さい!」

「なんだ?」


 慌てて追いかけてきたエステルに対してシャリアは煩わしそうな顔をして振り返る。


「ご飯を取りに行くってどういう事なんですか?」

「食い物になるのを取りに行くのだが」


 エステルは繰り返し言われて、ようやくシャリアの言葉の意味が理解出来た。本当に食べられる物を今から近くで調達するつもりなのだ。そう言われればシャリアはほとんど荷物を持っていない。


「まさか、野営も外でそのまま寝るのですか?」


 おそらくはそうなのだろうと思いながらもエステルは確認を取る。


「当たり前だろう」


 そうだ。そうだった。ずっと野宿をして来たと言っていたのだった。わざわざ今回だけそんな準備をしてくる訳がないのだ。


「ああ、シャリア殿の野営道具はこちらで準備しておくべきでしたか……」


 事態を知ったゾフォルが綺麗に剃った頭を掻きながらやって来た。


「いらん」

「いや、そうは言いましても」

「これまでもそうだった。これからもそうだ」


 シャリアのはっきりと拒否する言葉にゾフォルも困る。


「風雨の強い日もありますし、食料だって毎日手に入るわけではないでしょう」

「その時もこうやってきた。魔族を滅ぼす以外の道具は邪魔だ」

「でも、魔族を滅ぼすにしてもどれだけかかるか。こんな生活を続けているとその前にシャリアさんが保ちませんよ」

「魔族は滅ぼす。勇者は死なない」


 エステルが説得を重ねるがシャリアは取り付く島もない。


「ですけど」

「エステル、よしなさい」


 なおも言葉を続けるエステルをゾフォルが制する。


「ゾフォルさん、どうして?」

「我々はシャリア殿の事を良く知る仲間では無い。今はまだシャリア殿の事を信頼しよう」

「……分かりました。シャリアさん、すみませんでした」


 ゾフォルに説得されてエステルも引く。確かにシャリアの事を良く知らないし、仲間になってすぐだ。なぜシャリアがこうなのかといった事に口を挟むべきではないだろう。


「いや、いい。こちらが心配をかけただけだ」


 シャリアはそれだけ言うと風のように駆けて行った。


 夕食自体は行商人を合わせて四人で和やかに食べる事が出来た。シャリアが取ってきた野鳥が大きな獲物だったのだ。シャリアはそれを途中で集めた香草を使い見事な蒸し焼きを作ってみせた。

 これにはエステルやゾフォルだけでなく、シャリアを怖がっていた行商人も喜び団欒と言った雰囲気となった。

 夜も三人が風雨を避けるための夜具を使う中、シャリアは見繕った木に寄り夜を明かした。


 翌朝、軽い朝食を取り出発しようとしているとシャリアが東の方をじっと見ていた。


「シャリアさんどうしたんですか?」

「魔族が二匹、彷徨いているだけか」

「えっ?」


 シャリアの言葉にエステルは驚いた。彼女には感じられないのだ。魔族の気配を探る事でならエステルはゾフォルより遥かに優れている。それなのにシャリアはエステルの感じない魔族がいると言う。


「狩る。お前とゾフォルは行商人を護衛して先に行ってろ。すぐに追いつく」

「シャリアさん! ちょっと!」


 昨夜の夜とは比べ物にならない素早さでシャリアは姿を消した。


「どうしたエステル」

「シャリアさんが魔族を狩るから先に行っていろ、と」

「なんと…… エステルは?」

「分かりませんでした……」

「むう…… 言う通りにするしかないか。出発しましょう」


 ゾフォルが行商人に声を掛けてシャリアの言う通り三人は出発した。


 昼を過ぎた頃、シャリアがふらりと戻って来た。


「シャリアさん!」


 心配したエステルが駆け寄るがシャリアは素っ気無い。


「下らん奴等だった」


 シャリアは不機嫌を隠さずに吐き捨てる。


「魔族ですか?」

「そうだ」


 ゾフォルもやれやれと言う顔をしてシャリアに声を掛ける。


「では、どういう魔族が下らなくないのでしょう?」

「今、分かっている中では西にいる勇者を殺したと吹く奴だ」


 シャリアは口角を上げる。エステルにはそれは笑顔なのか恍惚なのか怒りなのかは分からなかった。

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