出会いの王都
王都ジルアン。王都とは言うには相応しくない喧騒に包まれていた。先年確認された魔族の復活。そして魔族の宣言した魔族を滅ぼし人類を救うと言われた勇者の殺害。
民衆は恐怖を覚え、権力者は頭を抱えた。勿論、魔族の宣言が虚偽だという可能性はある。だが千年前の伝承を信じれば勇者無しでいかに魔族に対抗出来るというのだろうか。
魔族により滅亡に瀕した人々を励まし、立ち上がらせ、先頭に立ち、魔族を打ち破った勇者はそれだけ人々の信仰を集めていたのだ。
勇者シャリアはその死の際に魔族が復活するときに人知れず勇者もまた現れるだろうと言い残していた。
魔族が復活したのを知った人々は勇者を探そうとした。しかし、人々が勇者を見つける前に魔族は勇者を殺害したとの宣告を人間の国々へと送り付けてきた。真偽を確かめられるようにその場所を教えてまで。
人々はすぐに捜索に向かった。山奥の中、誰も知らなかった小さな村があった。そう、あった。建物は焼き崩れ、惨たらしい遺骸が残っていた。その遺骸の中、炭化した頭蓋骨にこれが勇者の最期だと言わんばかりに剣が突き立てられていたのだった。
人々は驚懼した魔族は復活し勇者は死んだ。ならば人類はどうなるのだろうか?
各国は軍備を増強し、魔族と戦う勇気ある人々を求めた。例え、伝説で現れるはずだった勇者が殺されたのだとしても新たな勇者が現れるのではないかという希望を持って。
聖ザナイ神に仕える聖戦士のゾフォルと聖神官のエステルもまた魔族と戦うために志願をしに来た。国の認可を得られれば関所の通過など様々な便が得られるのだ。そうして各地の魔族と戦うつもりだった。
「勇者、勇者シャリアだ」
二人が手続きの窓口に並んでいると、前の透けるような銀髪の青年が堂々と名乗った。
周囲が騒めきと嘲笑に包まれる。シャリアという名は勇者にあやかり一般的ではある。だが、勇者を名乗るのは狂人と言ってもいいだろう。子供の遊びではないのだから。
「あ、えー……勇者というのは区分として設けておりませんので……」
担当の役人はマズイ奴を引いてしまったという顔を隠さない。
「なら、何がある」
なおも青年は恥じずに堂々としている。
ゾフォルとエステルは思わず顔を見合わせる。普通に考えればただの狂人だ。彼の姿も勇者と言うには程遠い。ぼろぼろの服と靴、鎧は申し訳程度に金属を使っている胴鎧、帯びている剣の鞘と柄も古びている、刀身だけが素晴らしいという事も無いだろう。
「えー、シャリアさんは主に何で戦いますか?」
「剣と魔法だ」
「では魔法剣士と言う事で……」
「いいだろう」
魔法を使えるのならば主に魔法で戦うのだろう、実際青年からは強い精霊の祝福を感じる。神官である自分よりも見窄らしい装備をした青年をエステルはそう判断した。
「生まれはどちらでしょうか?」
「伝説だ。勇者は伝説から生まれる」
身元の確認を進めようとしていた役人に対する青年の答えに一瞬、場が凍り付く。すぐにヒソヒソとあれは絶対におかしい奴だという声が色々な所から発せられる。
さすがに神に仕える身であるエステルは狂人だとまでは思わなかったが、彼に何をそこまで勇者だと自称出来るのかはうすら怖く感じた。
「ええと、身元が保証出来ないのでしたら手続きは出来ませんが……」
「ダメなのか?」
「はい……」
「チッ、街道を使えないのは面倒だな」
堂々と関所破りをするつもりの青年にエステルは呆れる。勇者ではなかったのか。
「彼を私達と組む事で認可は出せますか?」
エステルはそれまでじっと腕を組み沈思していた相棒の言葉に驚く。この青年を仲間にするつもりなのか?
「えっ…… お二方は聖ザナイ神に仕える聖戦士と聖神官の方ですよね。お二人が監督するというのでしたら」
役人の言葉に青年はゾフォルとエステルの二人を怪しい物を見るような目を向ける。
「邪魔にはならなさそうだが、何が目的だ。単に戦力を増やしたいならそもそも二人で来ていないだろう」
怪しい男に怪しい連中だと言われるのは中々に不思議な体験だとエステルは思った。しかし、ゾフォルが何故彼を誘ったのかはエステルにとっても疑問である。ゾフォルの事は信頼しているがこの判断をする理由が思い付かない。
「貴方が勇者を名乗っているからです」
「違うだろう」
青年はゾフォルの答えを鼻で笑う。
「そうですね。貴方が、自身を勇者であると確信していると感じたからです」
ゾフォルは青年の鋭さに苦笑いしながら正直に答えた。ゾフォルは青年をかなりの剣の使い手と見ていたが、まだ侮りがあったかと反省する。
「さっき邪魔にはならなさそうだと言ったように実力はあるようだ。良いだろう、仲間として使ってやる」
「なっ!」
青年の尊大な態度に文句を言おうとしたエステルをゾフォルが制する。
「その前に私と一度手合わせを願えませんか? お互い実力があるのは分かっていても実際に刃を交わらせるのとは違うでしょう?」
「お前とか? そっちの女はどうする?不満があるのはそっちだろう」
どこか呆れた顔をする青年をみると、エステルはそんな事が分かるのならば始めから不満に思わせるような態度をするなと一言言いたくなる。
「彼女は確かに魔法の実力も接近戦での実力も問題ありません。ですが少々加減が苦手なのです。私とでしたら木剣で済みますし、周囲を気にする必要もありません」
つい、過剰な威力の魔法を使う事を嗜められているエステルはわざわざこんな青年に言わなくてもよいものをとゾフォルに文句を言ってやりたかった。
手合わせの準備はすぐに整った。聖戦士であるゾフォルの地位がそれを可能にしたのだ。
役所近くの鍛錬場で青年とゾフォルは木剣を選ぶ。青年はごく普通の長さの片手剣を、ゾフォルは長身の両手剣を手に取った。
基本的には得物は長い方が有利である。ゾフォルの剣の腕前には間違いがない。不安点があるとすれば青年の魔法だろうとエステルは見立てた。
「お前は魔法を使わんのか?」
「私は純粋な戦士ですので」
「いいだろう、ならば剣だけにしよう」
青年の言葉を聞いてエステルはバカだと思った。得物も体格もゾフォルの方が有利なのだ。それを剣技だけで覆すつもりだとすれば傲慢でしかない。ゾフォルの剣技を甘く見過ぎだ。
「そう、ですか」
だがゾフォルには青年を甘く見るつもりなどなかった。慎重に構えを取ると、ゆっくり、ゆっくりと間合いを見定めながら詰めていく。
ゾフォルは木剣をダラリと構えたままの青年から死の匂いを感じていた。この青年は間違いなくその剣で数多の死を刻んできたのだ。
油断なく距離を縮めていくゾフォルが彼の間合いに入ろうとした時、ゆっくりと上段に剣を振り上げる青年を見た瞬間エステルはゾフォルの勝ちを確信した。
そう油断をしてゾフォルがどう動くのかを見ようとエステルは視線を移した。
木剣が出すとは思えない音でゾフォルの木剣がへし折れたのは見えた。それが青年の一撃を受けての事だと気付くのには数瞬かかった。
「引き分けだな」
エステルが青年の声にはっとなり、彼を見ると持つ木剣もまた折れていた。侮っていた。間違いなくこの場で彼を侮っていたのは自分だけであった事にエステルは苦虫を噛み潰す。
カラン、カランと折れた木剣の先が地面に落ちてきた。エステルは愕然とした。上段から切り掛かった青年の渾身の一撃がゾフォルの木剣をへし折ったのだとおもっていたのだ。
「ええ…… ただの腕試しでこれほど身の危険を感じるとは思いませんでした。良い手合わせをありがとうございます」
そう言ってゾフォルは青年に深く礼をした。少しでも侮りがあったら木剣で一撃の下、死を迎えさせらるところだったと思った。
踏み込みの速度は思ったよりも素早かった。振り下ろされた木剣の威力も思ったより強烈だった。だが、それを躱して大剣を切り上げようとした時に襲って来た太腿から腰を狙った剣撃は予測すら出来なかった。剣を切り返すために手首を返した素振りすら見えなかったのだ。辛うじて剣で受けられたのは、それまで隙一つ見せなかった青年が振り下ろした体勢で簡単に隙を作るだろうか? という疑問が頭に浮かんだからだ。
「合格だ。仲間にしてやろう。これで認可は出るんだな」
「ええ、ありがとうございます」
ゾフォルは青年の物言いに苦笑しながら礼を言う。
「わたしはまだ認めてないです! 次は私がやります!」
ついにカッとなったエステルが手合わせを申し込む。ゾフォルは短気な彼女からすれば我慢した方だろうと思い宥めようとした。
「お前はバカか? その男が言っただろう、お前は加減が下手クソだと。俺は王都がどうなろうと構わんが辺り一体吹き飛ばして手配犯になるつもりはない」
「ハア!」
呆れたように言う青年の言葉に完全にエステルは頭に血を登らせる。
「まてまてエステル! 彼が言っているのは君の魔法の実力を信頼しているという事だ。落ち着きなさい」
「元はと言えばゾフォルがわたしは魔法の加減が下手クソだなんてあの男に吹き込むからですよ! なんで初めて会った男にそんな事を言うんですか!」
今度はエステルの怒りの矛先はゾフォルに向かう。ゾフォルは『少々加減が下手』と言っただけで下手クソなどとは言っていない。エステルがそれを恥ずかしい思っているのは知っているのだ。表現には気を使っていたのだが完全に興奮しているエステルにとってはゾフォルが教えたせいで青年にバカにされた事になってしまっている。
「痴話喧嘩は結構だが早く終わらせてくれないか?」
「あなたは聖ザナイ神に仕える聖戦士と聖神官を何だと!」
青年の余計な一言で更に沸騰したエステルを宥めて魔族退治の認可を得たのはその日最後の一組になっていた。
無事認可を得られた三人はゾフォルとエステルの取っていた宿に集まっていた。
「改めて自己紹介させてもらう。私はゾフォル・エシード。聖ザナイ神に仕える聖戦士だ。先程手合わせしたように大剣を使い、魔法は使わない」
このメンバーの実質的なまとめ役であるゾフォルがそれぞれの発言を促していく。
「わたしは聖ザナイ神に仕える聖神官のエステル・コルキアです。精霊魔法も神聖魔法も使えます。多少聖杖で戦えますが接近戦は苦手です」
「多少? 苦手?その杖特殊な合金だろう? かなり重量があるし、先端に重心が偏っている。どうせさっき見たいに怒りに任せて魔族の頭を砕いているのだろう」
「なっ、くっ……」
エステルは鍛錬場で頭を砕いてやろうと振りかぶったのをゾフォルに止められたのを持ち出されてカッとなりそうになるのを我慢する。
それに対してゾフォルは感心していた。エステルは接近戦を好まないが杖術の腕前は見事でありその聖杖と合わせれば一流の戦士とも渡り合える。それをあの騒ぎの間も冷静に観察し、見抜いたのだから青年は只者ではない。
「俺はシャリア。勇者だ。それ以外ではない。剣を使うが入手しやすいからで得意というわけではない。魔法は精霊魔法を使う」
エステルはあれ? と思った。魔法を使う神官としての感覚だ。
「神聖魔法は使わないんですか? それに何か違和感が」
シャリアが顔を顰める
「この女、こんなに鋭いのか?」
「ええ、エステルはそれだけの魔法使いです」
仲間にもなり、きちんと自己紹介もしたのにこの女呼ばわりにエステルはむっとする。
「わたしにはエステルという名前があります」
きっ、とシャリアを睨み要求する。
「分かった分かった。神聖魔法も使える。闇魔法もだ」
「なるほど」
なぜシャリアが使える魔法を隠したのかゾフォルが納得する。
エステルとしては面白くなかった。闇魔法は神聖魔法の対極となるものだが基本的な根源は同じだ。発現のさせ方が違うのだ。ただ、魔族が好む事、人で習熟出来る者が少ない事から邪悪な魔法だと偏見を持つ人間もいるのだ。
仲間になったエステルとゾフォルもシャリアからはそこまでは信用出来ないと思われていた事に傷付くし、闇魔法への偏見にも心が痛い。
「無駄な気遣いだったか。すまん」
落ち込んでいたエステルは信じられない言葉を耳にしてぎょっと目を向ける。
「どうした?」
「シャリアさんって謝る事あるんですね」
「お前は俺をなんだと思ってるんだ」
「俺様な変な人、後エステルです」
「分かった分かった……」
人見知りのエステルが案外気を許している事と、狂人と思える程に超然としていたシャリアが何でもない会話をしている事をみてこのメンバーは上手く行きそうだとゾフォルは確信した。