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ごちそうさまでした。いろいろと




「まず、あなたの見た目が問題です」


 はぁーーーと深くて深くて深い溜息を一つしたあと、びしっと人差し指の先を私へ突き付けたルイス様は呆れ顔をしてちょっとよくわからないことを言った。


 さすがに自分の見た目が他よりもちょっといいことくらいは、今まで生きてきた中で十分にわかっているつもりではある。


 でも、それになんの問題があると言うのか。見た目で言い寄られるから危ないとかそういうことであれば、そんなのは渋谷や新宿の治安となんら変わりはない。


 ずっと願っているとおり、私はさっさとここから出ていきたいのだ。揺らぎはしない。


 私のまっすぐな視線を呆れ顔のまま受け止めたルイス様は、説明を続けるために口を開く。


「あなたは一応見た目が良い部類に入ります。それだけでなくこの世界では珍しい黒髪をしていらっしゃる。黙っていればそれはそれは高値で売れることでしょう。……これも個人としてはぜひ外出をオススメしたいところではございますが」


 そう言ってにっこりと笑みを添えたルイス様はちょくちょく喧嘩を売ってきているけれど……これは買った方がよろしいやつ?


「星来、紅茶は好き?食後に一杯だけ付き合ってくれると嬉しいなぁ」


「はい。喜んで」


 内心でルイス様へエネルギーを割くか私の精神の安定を図るか迷っていると、それを察した殿下が拍子抜けするような和やかさで私の不穏な心を鎮めてくれる。


 いつの間にか片づけられたテーブルの上はすっきりと、清潔なテーブルクロスだけが照明を反射していた。殿下の素敵なお誘いを合図に別の小さな卓でお茶の準備が始められる。


 ほのかに届いた紅茶の香りに癒されたところで、忌まわしき側近に視線を戻した。


「ふぅ……ルイス様は恐ろしいことをおっしゃいますね。この世界では人身売買を認めているということなのでしょうか?」


「まさか。どの国でもきちんと警備隊が取り締まっております。しかしながら根絶はできていないのが現状です」


 まぁ、根絶できたとしても再発はするだろう。この世に人がいる限り悪がなくなることはない。


 悪いことを企てるのも、悪いことをして利を得るのも人間なのだから。


 私の問いはあくまでもルイス様への皮肉であって非難したいわけではないし、対策をとっていると言うのであればこれ以上私が口出しすることはなにもない。


 この話は終わりという意味を込めて私は目の前のティーカップに目を向ける。


「セイラ様、ミルクとお砂糖はいかがなさいますか?」

「このままで大丈夫です。お気遣いいただきありがとうございます」


 音も立てずに準備をしたメイドさんへにこやかな笑みを向け、カップを手に取った。


 殿下の瞳の色にも似たカップの中身を一口飲み下すと、喉の奥から鼻先へとバラの香りがふわりと抜けていって。熱すぎず温すぎない、なんの邪魔もなしに紅茶の味を楽しめる温度にしてあるのはさすが王室といったところ。


「はぁ……」


 思わずうっとりとした吐息が漏れた。


「ねぇルイス。これ、画家を呼ぶべきだよね?」


「……私に同意を求めないでください。認めたくないので」


 こそこそとそんな言葉を交わす殿下とルイス様。どうして急に画家なんか呼ぶんだろうか。


 困惑を隠さなかった私の表情を見たルイス様はこほんとわざとらしい咳払いをした。目が泳いでいるのを見るに動揺しているらしい。


「殿下の冗談です。気にしないでください」


 冗談?このタイミングでなんで冗談なんか……この世界の文化はよくわからない。


 帰れそうもないし早く慣れるといいけど、難しそうだ。


「殿下の冗談はさておき。あなたは見た目だけじゃなくて能力も良いとお見受けします。非常に癪ではありますが」


「お褒めに預かり光栄です」


「非常に癪ですし性格には難がありますが、能力が優れているため人としての価値は極めて高いかと。そんなあなたが一人でその辺を歩いているなんて、国の財宝が剝き出しで歩いているようなものです」


 ルイス様は無表情の中に少々の鋭さを滲ませている。


 とにかく、とてもとても私を認めたくないことはわかった。認めたくないけども褒めざるを得ないといった趣旨の発言をしている理由はいまいちよくわからなかったけど。


「……優れている、か」


「なにかおっしゃいましたか?」


「いえ、なにも。それよりも、ルイス様にそこまで褒められてしまうと照れを通り越して恐縮してしまいますね」


「不本意ですが否定のしようがございません。そして結論を申し上げますと、あなたが他国に行ってしまわれるとこちらは困るのですよ」


「本当に、私の能力はそこまで言うほどのものではないと思うのですが……」


 私が言った冗談をあっさりと肯定されたことで、私は二秒で手のひらを返す人になってしまった。


 どうやらふざけている場合じゃないらしい。ルイス様の無表情が変わらない。


「そもそも“魔法”とはこの世界では身分を問わず、平等に与えられる力です。この世に生を受けた瞬間に必ず1つは持つこととなっております。多いときは3つ与えられることもあるようです」


 ふむ。だったら魔法を持たない私は論外ってことか。この世界では死人も同然ってところだろう。


「先天性の魔法とは別に、自分のセンスや努力次第で習得できる後天性の魔法もございます。魔力量が多ければ多いほど習得できる数が増えるので、魔法を覚えたければ魔力量を増やすところから始めなければなりません」


 努力。私の大得意とする分野。


 だけど、私は魔力が具体的にどんなものなのかを知らない。感覚的に把握できない。だからきっと魔力量を0から増やすことはできないだろうし、魔法を覚えることは叶わなさそうだ。


 人間、諦めも肝心というやつである。


「ちなみに王族は元より魔力量が多く、先天性の魔法も3つ与えられます。殿下は現在10個の魔法を所持しており、魔法使いを職とする者に匹敵するレベルですね」


 微妙にどや顔になるルイス様。どうしてルイス様がそんな顔をするのか……と呆れる方が労力の無駄というもの。


 彼が殿下を愛してやまないことはこの短時間で嫌というほどわかってしまった。その忠誠心は嫌いではない。それから派生する私への棘のある態度は気に食わないけど。


 じとっとした視線を向けると、効果があったのかルイス様の表情は元に戻った。


「この世界で最も重要であると言っても過言ではない“魔法”を持たないあなたが、私の『探索』や警備の『捕獲』をすり抜けながら逃げおおせた。大袈裟な賞賛ではありません」


 大袈裟な賞賛ではなく妥当な賞賛。国外に行かれると困る。放してはあげられない。


 ルイス様と殿下の言葉たちを振り返り、私は苦い顔をするしかなかった。


「私が他国へ行くと、この国にとっての脅威となる。だから『ここから出してあげない。監視するよ』ってことですね」


「おっしゃるとおりです」


「一応お尋ねしますが、私に拒否権は―――」


「ございません」


「……ですよね」


 私の言葉が終わる前に応えるルイス様の様子から、その意思が固いことが伺える。話し合いを試みたところで無駄な時間に終わりそうだ。


 あぁ、私はここでも自由になれないのか。


 せっかく前の世界では自分の手で自由を掴み取ったのにそれも束の間のことだったし、私はどうやらそういう運命らしい。


 顔から表情が抜けていくのがわかる。いくら偉い人の前とは言っても、もう作り笑いなんてできそうもない。


 私が一体なにをしたって言うんだ。


 私はただ、お母さんの望むとおりに学んで、習って、行動して。頑張って生きてきただけなのに。


 成績や結果が残るように努力をして、能力を上げて、ただ自分にできる精一杯を身につけただけなのに。


 ……どうして、みんな私を自由にしてくれないんだろう。


「セイラ様……?」


 ルイス様が初めて私に様付けをした。それに気づいたけれど、私に変化は何も起きない。


 私の思考は既に暗い底の方へ落ちてしまっているから。


 いっそ、ここで暴れまくって殿下に敵意を向けてみようか。そしたら優秀な側近が私を一思いに殺してくれるだろう。


 一瞬だけ迷って、でも私の魂が“私の嫌いな私”から抜け出せるなら……新しい人生を始められるならこれ以上の喜びはないと、実行に移すために身じろぎをしたそのとき。


「一年……いや、半年でどうかな?」


 ぽん、と私の頭にのっかる重みが私の思考を停止させた。


 いつの間か音もなく気配もなく、私のすぐ傍まで来ていたらしい。


「えっと……今、半年だけでいいとおっしゃいましたか?」

「ダメです」

「ルイスに決定権はないよ。それに、期限がない拘束なんて生き地獄でしかないでしょ~。そんなの酷だよね」


 殿下は拒否するルイス様に言い返しながら、私の頭に乗せたままの大きな手を滑らせる。


 殿下に頭を撫でられているのだと気付いたときには、振り払えないくらいに温もりに捕われてしまっていた。


「酷かどうかは関係ありません。国のことが最優先ですから。そんなことよりも殿下、手が汚れます。おやめください」


「レディになんてことを言うの?そんなんだからいいご縁に恵まれないんだよ~」


「そんなの求めておりません。万が一求めていたとしても、日々の激務のせいで機会がございません」


「じゃあ激務から解放してあげようか~?」


「遠慮しておきます。さすがに路頭に迷いたくはありません」


 激務から解放という名の解雇だ。


 慈愛に満ちた笑顔を浮かべながら死刑宣告を放つ殿下が恐ろしい。それでも私へは優しさを与え続けてくれるから、怖い人から離れたいという気持ちは湧いてこなかった。


 ただ、出会ったばかりの私になぜ優しくしてくれるのか。譲歩してくれるのか。慰めてくれるのか。わからないことが多すぎる。


「どうしてこんなことをするのでしょうか?」


 疑問がそのまま口から飛び出た。


 普段だったらもっとオブラートに包むか、遠回しに探りを入れている。それができなかったのは今の私には余裕がないから。


 もしくは、殿下なら答えてくれると思ったから……だったりするのだろうか。自分でも自分の気持ちがよくわからない。


 ……こんなの、初めてだ。


「初めはムスッとした顔が可愛かったからなんだけど、撫でたあと僅かに気の抜けた表情に可愛らしさが増したから、ついね」


「なにを平然と可愛いなんて言葉を2回も……」


 先ほど、優しさに満ち溢れた顔で鬼のような発言をしていたのを見たせいで、殿下の言葉が胡散臭く感じてしまう。それなのに、顔に熱が集まっていくのを止められない。


 目ざとい殿下はその熱に触れ、目元を柔らかくした。


 纏っていた軽い雰囲気を掻き消して、代わりにはちみつのような重甘い視線を振らせて来る目の前の人はもはや別人だとすら疑える。


 かと思えばそれも数秒の出来事で。


「意外と慣れてないんだ?顔が赤くなってるのが可愛いね。可愛いって言われて嬉しいけど、それを隠したくて不機嫌そうな顔を作ってるのもね」


「うるさい」


「殿下に向かってなんてことを……不敬罪に値しますよ」


「うるさい!!」


 息もできなかった空間はすぐに分散してくれた。飄々とした殿下に戻ってくれたおかげで、私の心臓はようやくいつもどおりの仕事のペースに戻れる。


 殿下の手のひらの上でころころといいように転がされ、面白がられている気がしてならないのは物凄く癪だけど。


 もてなしてくれて優しすぎる殿下に感謝の気持ちは増すばかり。だけど、彼の毒牙にやられているのも多い気がする。


 これ、仕返しとかしたら怒られるやつかな?



 ―――コンコンコン。



 軽いいたずら心が芽生えたところで、大きい扉を外側からノックする音がこだました。


 ひと時置いて入ってきたのはルイス様と同じ格好をした男性で、側近の内の一人だとわかる。


 その人が扉近くまで来たルイス様に耳打ちをすると、ルイス様は“できる上司”みたいな顔をして頷いた。誰だあいつ。


「殿下。お話の途中ではございますが、陛下がお呼びとのことです」


「……わかった」


 殿下の瞳に鋭さが帯び、真面目な表情へと切り替わった。


 殿下が王子様ってことは、陛下は王様ってことであってるよね。


 この国の最高権力者から呼び出しを食らったら、そりゃ真剣な顔にもなるか。


「話の続きはまた明日にでもしようか。悪いけど今日は忙しくなりそうだから、星来は自由気ままに過ごしていて」


「……承知いたしました」


 後ろ髪を引かれていそうな殿下に、とりあえずにこっと微笑みを向けておくことにした。


 私の本音は真逆だからこそ微妙に間が開いてしまったけど。


 後ろ髪と言えば、殿下の髪の毛ってほんとに長いな。


美しい糸束のようなそれが目に入ったとき、先ほど脳裏をよぎった“仕返し”の文字がまたもや私の心をくすぐって。


 本能に従うことにした私は、


「じゃあ、これで失礼するよ」


「殿下、忘れ物でございます」


「ん?なに―――」



―――金色を一房掬い取り、敬愛の念を込めて口づけた。



 一呼吸置いて殿下の顔色を窺うと。


「……見るなっ!」


 余裕をなくした彼は頬を真っ赤に染めていて。


 視界を彼の手で塞がれてしまったけれど、直前に見えたその表情は一生忘れることはできないだろう。


 私が顔を見るまで固まっていたのも可愛らしい。


「あ~もう!バイバイ!」


 口元を緩める私を見て、殿下は逃げるように背を向けた。


 私の目元から離れる温もりがなんとなく名残惜しい。


「殿下」


「……なに」


「ごちそうさまでした」


「っ! ……礼には及ばないよ」


 意味は伝わっているだろうに、殿下は無難に返して今度こそ部屋から出ていった。


 ちなみに、殿下の後に出ていったルイス様は最後まで私への殺意が駄々洩れていて怖かった。もう二度とやらない。


 でも、仕返しが出来た私の気分は結構すっきりしていて大満足。今日はいい夢を見られそうだ。


 ……まぁ。ふかふかのベッドで寝たら、の話だけども。




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