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魔法って……まじか




 太陽が真上に到達しようとしている時間帯。

 体感的には私が部屋から飛び出して30分ほどが経過した頃。


「逃走してるのは髪が黒くて白の寝間着を纏った若い女らしいぞ」


「しかも、とびっきりの美人とのことで」


「黒髪なんて珍しいな。おまけに美人なら対象を間違えることもなさそうだし」


「だな~。視界に入った瞬間にとっつかまえてやろうぜ!」


 ぬるい空気にじわりと汗を滲ませながら門を見つけたはいいものの、当たり前に警備員がうじゃうじゃいる。


 面倒なことに私の姿は伝達済みらしい。ここから逃げるには警備員をどうにかしなきゃいけないし、どうにかできなさそうなら早く別のルートも探さなければいけない。それはわかっている。……だけど。



 これからどうするかよりも、彼らの姿と言葉が気になって仕方ない。



 黒髪が珍しい?日本人の髪はこげ茶か黒が一般的な色でしょ?高校を卒業するまで周りの子はみんな口を揃えて髪を染めたいと言っていたし。


 それなのに、彼らは彼らが認識しているとおりに明るい茶色だったり赤色だったりが普通らしく、私にとって珍しい銀髪なんかも帽子からはみ出ているのが見える。私にとっての普通である暗い色をした髪の人は一人も見当たらない。


 髪の色がそうなのだから、瞳だって揃いも揃って色素が薄い。到底、ここが日本だとは思えなかった。


 でも、私には彼らの言葉がわかる。逃げる途中に庭っぽいところで道案内の看板を見かけたけれど、その字だって普通に読めた。


 ということは、私が知らないだけで日本の中には外国みたいな文化とか容姿とか……そういうのが普通の地域があるのだろうか。じゃないと、この不思議な世界の説明ができやしない。


 私が無知なだけだった。メイドだって、私が知らないだけで高級なホテルでは従事するのが普通なのかもしれない……というそれだけの話で済むといいけど。どうなんだろう。


「探索魔法の追跡結果によると、逃走者の気配はこっちに向かっていたらしい!そろそろ来る頃か、あるいはもう既に近くまで来ているぞ!皆、気を引き締めろ!!」


「「「はいっ!!」」」


 ひと際体格がいい男性の耳元に綿毛のような謎の光が近づいたかと思うと、男性は声を張り上げて周囲の士気を高めた。ピリッと空気が張りつめるのを、遠くにいる私までもが肌で感じる。いよいよ緊張感が高まり、見つかれば私は抵抗することもできないままに捕まえられるんだろう。


 そう思うのに。ここから離れなきゃいけないのがわかるのに。


 私は男性の言葉に驚き、一歩も動けなかった。



 たんさく、まほう……?


 探索……魔法??


 おとぎ話やゲームで聞いたことのある、私の知っている魔法?


 それを、使った……??


 日本どころか世界でもそんなものは発見されていない。そんなのが見つかっていたら、あの世界的に有名な科学関連の賞は既に抹消されているに違いない。


 だから、それを使うなんて有り得ない。そもそも存在していない。


 ……でも、ここが別の世界だったとするなら。地球じゃないなら。


 私が感じているすべての違和感が、ここでの常識になるとしたら。


 私が無傷で庭に寝転がっていたのも、メイドさんが使った謎の拡散も。容姿の違いだって。



 ……納得できてしまう。



「っ……!」


 起きてからずっと脳を酷使しているせいか、それとも理解不能な現実に脳が強い拒否を示したのか。くらりと眩暈がして。


 その瞬間、ぱきりと。


 なんとか倒れることは逃れたものの、ぼろぼろになってしまったスリッパで枝を踏んだ音が辺りへと小気味よく響き渡った。


「あそこにいるぞ!捕えろ!!」


「はいっ!!」


 ぎらついた眼が一斉にこちらへ浴びせられる。と、同時に極限まで高まった熱気も押し寄せてきた。本能がやばいって叫んでる。


 熱気の中を突き抜けるようにこちらへ飛んでくるなにかを感じて、私は咄嗟に横へ飛んだ。すると、そのなにかが木に纏わりつき、ぼやっとした淡い緑色の光を放つ。


「これが……魔法」


 ぎゅうぎゅうと木の幹を強く縛っているそれはずっと光を放ち続けている。張りつめた空気の中で毒気を抜かれるような光を見ていると、なんだか立っていられなくなってしまいそう。


「避けただと……!?」


「驚いている暇はない!追撃だ!!」


「は、はいっ!」


「他の者はサポート!物理で捕らえてもいい!」


「「はいっ!!」


 ぼうっと光に目を向けていると物騒な言葉が聞こえてきて、そのおかげで私は正気を取り戻す。追撃とやらを受けるわけにはいかない。


 光を見てからの身体の感覚を考えると、当たってしまえばきっと捕まるだけじゃなくて眠らされてしまうんだろう。


 縄を動かすだけじゃなくて、縄自体にも“魔法”がかけられているんだ。


 警備員たちが鬼のような形相で迫りくる。ようやく私は逃げるために身を翻した。


 部屋から逃げ出してから恐らくあまり寄り道をせずに門まで来られた私は、この敷地の全容を知らない。となれば、無暗に知らないところへ向かうのはあまり頭がいいとは言えない。


 行った先が行き止まりであれば自分から捕まえてくださいと言ってるようなものだし、そんなことで捕まりたくはない。


 ……確か途中に迷路みたいな薔薇園があったはず。ほどよく視界が開けていて、かつ、ところどころで存在感を放っていた薔薇の花と蔦でできたカーテンが私を隠してくれそうな。


 幸いなことに体力はまだ有り余っている。小中高と水中で鍛えた肺活量のおかげで、陸で呼吸をするのは他人よりも最小限にできるから。


 ただし、私の知り得ない“魔法”を使われると私がどこまで抵抗できるか、それは未知数で逃げ切れるかがわからない。



 ……いや、でも。絶対に逃げ切ってみせる。弱気になっちゃダメ。



 一か月前だってあの地獄から逃げ出せたんだ。今回だって逃げ切れるはず。私にできないことなんてない。


 ごつごつとした岩や鋭い木の枝をスリッパ越しに、そしてたまに肌へと感じながら。


 風を切るように走る私はじわじわと、追手との距離を開いていったのだった。




◇ ◇ ◇




「はっ、はっ……足速すぎだろ……」


「こっちまで来てるかもわかりゃしねーし!」


「追跡魔法もルイス様しか使えねーもんなぁ」


 薔薇のカーテンの裏に身を隠し、息を殺す私。近くではそこそこ走るのが速かった警備員三人衆が、ぼやきながら私を探している。リーダー格の人は走るのはそこまで得意じゃなかったらしく、近くには見当たらない。


 とりあえず、追跡魔法はここにいないどっかの誰かしか使えない貴重なものだってことはわかった。


「薔薇園……にはいるわけないか」


「いたらとっくにざわついてるはずだもんなぁ」


「っつーことはあっちに逃げたか……行くぞ!」


 私が潜んでいる薔薇園をろくに探そうともせずに別の方角へと駆けていった三人衆。

 薔薇園の中でこそこそと隠れながら逃げることも考えていた私としては少し拍子抜けだ。


 ……ざわつくってなにがだろう。


 センサーみたいなものがあったとしてそれが私を探知して音が鳴るとかなら仕組みとしては理解できる。防犯設備でよくあるやつだから。

 だけど、ざわつくって一体……?


 恐る恐る辺りを見渡すけれど、特にそれらしいざわめきはない。むしろ、追われていた慌ただしさを忘れさせてくれるような緩やかな空気が漂っているだけ。華やかではありながら決して濃すぎない香りが鼻腔をくすぐり、私の肩の力をゆっくりと抜いてくれた。


 赤を始めとするピンクや黄の美しい薔薇たち。立派に咲き誇っているそれらに思わず笑みが零れる。


 お花を育てるのはずぼらな私には向いていなかったけれど、たまに公園や植物園を巡って緑に囲まれるのは好きだったなぁ。


 追われている現実を忘れ、しばらく薔薇を観賞していると。



「―――妖精って存在したんだね」



 低いけど重すぎない、そして艶のある声が私の後ろからかけられた。


 人の気配には敏感な方なのに、花に夢中で気づかなかった。最悪だ。


 だけど、敵意のなさそうな、それでいて平和ボケしてそうなトーンだから焦りは一瞬で掻き消えて、私は落ち着いたままに振り返る。


 それから、一面の薔薇に囲まれても霞むことのない相手の容姿に、素直に息を呑んだ。



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