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4話 あなたが

 心の霧を晴らすため、ニニエは毎朝自転車で爆走していた。

 日に日に募るもやもやをどうにかしようと、体を動かしたかったのだ。

 あんなにへなちょこだったはずなのに、今では風を切るように乗りこなせている。

 後ろから涼しい顔をしたアリエルが着いてきていた。

「奥様、そろそろ屋敷に戻りましょう。 途中でお疲れになって帰れなくなったら大変です」

「はい! わかりました!」

 ニニエはアリエルと衝突事故を起こすことを防ぐため、自転車を一度止めてから方向転換した。

「奥様!」

 ニニエの後ろを見てアリエルが叫んだ。

 何事かと振り返る間もなく、ニニエの後頭部に強い衝撃が与えられた。


 クナウスト家の警備員が見知らぬ男から、「この家の夫人から夫に渡してほしいと頼まれた」と言われ、封筒を預かった。

 封筒の中には、ニニエのような筆跡でアリエルと駆け落ちする。という内容の文が入っていた。

「......」

 頭を抱える使用人達と違い、ティエリーは一人取り乱すことなく......


 朦朧とする意識の中、馬車に連れ込まれたニニエは、向かいの席で横になってるアリエルの安否を心配していた。

 ニニエに膝枕をしているこの男――アマウスによって、アリエルも加害されたのだ。

 首には手で絞められた跡がうっすらと残っている。

(アリエルさん......生きてるよね? 早く病院連れて行かないと......)

 口を塞がれ、両手両足を縛られているニニエはアマウスを睨みつけた。

「やっと起きた」

 もごもごと必死に抗議するニニエだが、完全に目がイッてしまっているアマウスに内心恐怖心を抱いている。

「突然殴っちゃってごめんね。 ああするしかなかったんだ」

「君と婚約破棄してから君の大切さがわかったんだ」

「後悔してる。 もう一度やり直そう」

(殴ってくるような人とやり直すなんて無理なんですけど?!)

 頭を横に振りながらふがふがしているニニエを見て、アマウスの顔から感情が消えた。

「あいつとは政略結婚なんだろう、恋愛感情で一緒になったわけじゃないなら僕でもよくないか?」

 馬車が停止した。

「ニニエが僕の家にくるのは何か月ぶりだろう」

「この中に入っててね」

 巨大なトランクケースの中にニニエは押し込まれる。

 体をくねらせたり抵抗を試みるも、満足に身動きができない状態では無意味に等しい。

「こっちの女は......」

 冷たい声色にニニエは思い切ってアマウスそのものを攻撃した。

 顔に全力で中途なく蹴りを入れた。

 悶絶している内にニニエは馬車のドアをどうにか壊そうと体当たりを始める。

 流石に家の者全員がこんな狂った計画に賛同しているとは考えられないので、馬車で騒げば誰かしら様子を見てくれると、ドアが壊せなかったとしても取り敢えず暴れることにした。

「ニニエ!」

 すぐにトランクケースに再び押し込まれそうになるも、馬車のドアが勢いよく開いたことにより、アマウスの手が止まった。

 そこに立っていたのはティエリーだった。

 何故ティエリーがいるのか、アマウスだけではなくニニエも状況がつかめなかった。

「お前なんで......」

「両手を上げろ。 お前の協力者であるアンゲラー家の人間は既に私の手中にある。 無駄な抵抗はやめて大人しくするんだな」

(アリエルさんが大変なんです!)

 再びふがふがと声を出そうとするニニエは、顔を何度もアリエルの方へ向け、ティエリーに訴えかける。

「アマウスをお願いします」

 ティエリーは後ろに控えていた自警団にアマウスを任せると、アリエルの様子をみた。

「気を失ってるだけだ。 医者も連れてきているから心配するな」

(よかった......)

「医者を呼んでくるから待ってろ」


 アリエルと同じように医者によるチェックを受け、自警団への証言も終わったニニエは夢の中にいるような感覚だった。

(アングラー家にとって私って何だったんだろう......)

 改心したのか知らないが、泣いて謝ってきた両親とコーデリアにニニエは拍子抜けをした。

 ティエリーに怯えているように見えたので、ティエリーに何か言われたりされたのだと思うのだが、ティエリーは聞いてもはぐらかすだけだった。

 ニニエからすればアングラー家が協力者だったのは、なんだか他人事のような違和感を覚えてしまうぐらい実感が薄いというか、納得できてしまうので、怒りやら悲しみといった感情は湧いてこないが、ティエリーは本気で怒っているようで王家も巻き込みかねないらしい。

 領地没収はほぼ確定事項で、下手をすれば爵位剥奪で一般市民になるかも。という話も出たという。

「旦那様、旦那様はどうして私のためにあんなに怒ってくれたのですか?」

 書斎のソファーで隣り合って座るティエリーにニニエは疑問をぶつけた。

「それは......」

「......」

 出会ったばかりの頃は取っつきにくいと思っていたティエリーが、自分のすぐ近くで気まずそうな顔をしている。

(仲良くなれたんだな)

 その事実に気が付くとニニエの口元が自然と緩んだ。

 警戒心一杯で噂通りの人物だと思っていたが、可愛い部分もあったり、知れば知るほど新しい一面が見えてくる。

「旦那様、私......」

「あなたが好きです」

 もっと知りたい。もっと信頼してもらいたい。もっと......

「政略結婚なのに申し訳ございません」

「ニニエ」

 涙で潤んだ視界ではティエリーがどんな顔をしているかニニエにはわからなかった。

 ただ一つわかるのは言葉に困っているということ。

「ご迷惑にならないように必ず、この想いは無かったことにします」

 寂しげに笑うニニエの声は震えていた。

「それは困る。 俺もニニエのことが好きだ」

「はい?」

 ニニエはぽかーんとだらしなく口を開く。

「これまで恋愛とは無縁だったから、これが本当に恋愛感情だとはわからない。 だが、家族愛や友愛とも違うが、間違いなく君が大切だと思っている」

 ニニエの膝に置いていた手にティエリーの手が重なった。

「だ、旦那様?!」

「こうして触れ合うだけでも心臓が騒がしい。 君の心臓はどうだ?」

「私の心臓も、騒がしいです......」

「俺の目を見てくれ」

 重ね合わせていなかったティエリーの右手がニニエの頬に添えられた。

 言葉が出ないほどあたふたしているニニエにティエリーは攻撃をやめることはなく、

「好きだニニエ」

「え、え」

「愛している」

 ゆっくりと近づいてくるティエリーの顔に、ニニエの思考はシャットダウン寸前だったが声を振り絞った。

「私も愛しております」

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