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3話 恋の予感

 ティエリーに手を引かれるがまま馬車に乗りこんだあと、近くのホテルで休憩を取ることになった。

「ベッドで横になれ」

 メイドに着替えさせられ、医者に診られたあと、ティエリーに監視されているのでまだ眠たくはないのだが、渋々ベッドで横になることにした。

「旦那様、私はもう大丈夫ですので旦那様もお休みください」

「俺がいたら休めないか?」

「そういうわけでは......」

「君が寝たら寝る」

「私、本当にもう治りましたよ? 微熱ですし......」

 このままだとティエリーが自分のせいで一睡も出来ずに朝を迎える可能性があると思ったニニエは、目を瞑り眠ったふりをすることにした。

「おやすみ」

 ティエリーの低いが透き通るような優しい声にニニエの心臓は再び締め付けられた。

(昔のこと思い出して体調崩しちゃったのかな)

 精神的な影響による微熱と診断されたが、思い当たる節はコーデリアとアマウスに会ったことしかないのだ。

 特にあの二人が仲睦まじそうに腕を組んでいたのがダメージをより大きくさせたのだろう。

「......君に無理強いをしてしまっていたのなら全て教えてほしい」

「何度も申し上げますが旦那様のせいではありません」

 難しい顔で考えていたので寝る気がないと勘付かれてしまったのか、ティエリーが声をかけてきた。

「だが」

「旦那様には優しくして頂いております。 旦那様のおかげで私は毎日楽しいです」

 実家との問題に巻き込むわけにはいかない。と、ニニエは原因だと思われることを話したくなかった。

「旦那様と結婚できて本当に......お、おやすみなさい」

(変なこと言って旦那様を傷つけたくない)


 いつの間にか寝落ちしてしまったニニエが起き上がると、ベッドの横でティエリーが椅子に座っていた。

 どうやら寝ているようだ。

(ずっと側にいてくれてたのかな......)

 ニニエはティエリーの顔を覗き込んだ。

「旦那様おはようございます」

 ゆっくり寝かしてあげたいとも思ったが、これから家へ戻らなければいけないので、軽く肩を揺すってみた。

「旦那様」

「......調子はどうだ」

「おかげさまで絶好調です」

「それならよかった」

 ティエリーの優し気な微笑みにニニエはふわふわとした感覚に陥った。

「ニニエ?」

「まだ目が覚めていないみたいで......」

 名前を呼ばれ、慌てて笑顔を作った。

「出発の時間遅らせるからもう少し寝ろ」

「いえ、大丈夫です!」


 昨夜のことは忘れて気分を切り替えようと決心したニニエだったが、応接室の前で冷や汗を流していた。

(胃が痛い)

 午後、書斎で過ごしていると両親とコーデリアがニニエを訪ねてきた。

 ティエリーはどうしても手を外せないということで、ニニエが先に一人で応対することになったのだ。

「失礼します。 待たせてごめんなさい」

「お姉様、やっぱり代わりに嫁ぐ話はなかったことにして!」

 入室すると、コーデリアがニニエの手を取り上目遣いでおねだりをしてきた。

「ええっと......」

「いいでしょお姉様? アマウス様と交換しましょう?」

「ど、どういうこと?」

「私、ティエリー様のことが好きになってしまったの!」

「ええ......」

 実家暮らしのときならいつものことだと驚きもしなかったが、離れて暮らし始めたことにより、非日常を感じてしまうのだ。

「ティエリー様のことを勘違いしておりました。 あんなに素敵な殿方とは思わなかったのです。 ティエリー様の微笑みを見てしまってから胸が苦しくて......」

「お前にティエリー様は勿体ない。 妻としての役目を果たしていなかったんだろう?」

 コーデリアの勢いに押されていると、両親からの口攻撃も始まった。

「公爵家の妻ならコーデリアのように、華があり、周りから愛され、献身的に夫を支えられなければならない」

「あなたのことだから迷惑かけてるんでしょ?」

「お姉様代わって?」

 一方的な要求にニニエがただただ戸惑っていると、ドアがノックされた。

「お待たせしてしまい」

 仕事をなんとか切り上げられたティエリーが、やや困り顔で入室してきた。

「ティエリー様、この度は愚女がティエリー様に多大なるご迷惑をおかけしてしまい誠に申し訳ございませんでした」

 ティエリーの言葉を遮るように食い気味で、父親が謝罪し、両親そしてコーデリアが頭を下げた。

 ニニエとティエリーはさっぱり意図が読めない。

「ニニエ! お前も謝罪しなさい!!」

「え?」

「愚女の我儘で嫁にしていただいたのにも関わらず、この愚女はティエリー様に暴力を振るわれたから別れたいとヒステリックにわめくものですから、回収に参りました」

「え?」

「確認したところティエリー様に暴力を振るわれたというのは全くの嘘で、本当に親として恥ずかしい限りです」

 ざめざめと泣き出す両親にニニエは混乱している。

「二度とティエリー様の視界には愚女を入れません」

「勝手ながらご提案なのですが、当初の予定通りコーデリアを妻とするのはいかがでしょうか? コーデリアはよくできた娘でして、必ずやティエリー様の役に立つと思います。 誠心誠意尽くしますのでどうか、愚女のやらかしはなかったことにしていただけませんか?」

「私はティエリー様に暴力を振るわれたなど虚偽の報告をしたことはありません!」

 呆然と父親を見ていたニニエは我に返ると、ティエリーの方を向こうとしながら無罪を主張した。

 ティエリーはいつものような無表情だった。

「この期に及んで嘘を吐くな!」

「お父様、あまり強い言葉でお姉様を責めないで」

「お姉様あとのことはお任せください。 お姉様は精神的に疲れてしまっているだけで、本当は誰よりも優しいことコーデリアは知っています」

 コーデリアは心配しているふりをしながらニニエの耳元で囁いた。

「ティエリー様も本心ではお姉様を疎んじてるわ。 アマウス様みたいに」

 ニニエの瞳に映るコーデリアは正に悪魔そのものだった。

 抱き着きながらコーデリアは続ける。

「相応しくないって自覚してますよね」

「ティエリー様のためにも、ね?」

 ニニエは怯えるようにティエリーの顔色を窺った。

「......嫌、私は離縁したくないです」

「一先ずお引き取りください。 ニニエとよく話し合いたいと思います」

「ですが」

「夫婦の問題でもあるのでご理解お願い致します」

 ティエリーの冷たい目に父親は言葉を詰まらせた。

「わかりました。 後日改めて伺います」

「ニニエはここで待っていろ。 お義父さん達は俺がお見送りしてくる」

「はい」

 一人になった瞬間、ニニエは足から崩れ落ちた。

 ずっと足の震えが止まらなかったが、何とか一人になるまでは持ちこたえられた。

(ちゃんと違うって言わなきゃ。 信じてくれるかな)

(また捨てられるんじゃ......)


 ドアの開く音はニニエからすれば終焉の音のように感じられた。

「ニニエ大丈夫か?!」

 床に座り込んでるニニエにティエリーは焦った顔で駆け寄る。

「旦那様、私、離縁したいなんて言ってないです! 嘘も吐いてない!」

「本当です! 信じてください!」

 縋りつくような声でニニエは身の潔白を訴えた。

「離縁しないでください......」

「俺は離縁するつもりはない」

 ティエリーはニニエの目線に合わせてしゃがみ込んだ。

「だから、そんな顔をしないでくれ」

 ニニエの泣きそうな顔にティエリーは辛そうな顔をしている。

「旦那様......!」

 声を上げて泣き出すニニエにティエリーは、一瞬、抱きしめようとする腕を止めたが、唾を飲み込むと控えめにそっと抱きしめた。

「出来れば俺と添い遂げてほしい」

「よろしいんですか......?」

「俺が一緒にいたいと思うのは、亡くなった両親と君ぐらいだ。 君にそういう感情を抱いてしまったからには、君以外と夫婦になるのは不可能だと思う」

 その言葉にニニエの体温が一気に上昇した。涙すら枯れてしまうぐらい体が熱くなった。

「......」

「......」

 顔を真っ赤にして見上げるニニエと、ニニエ同様赤面しているティエリーは見つめ合う。

「まだ仕事が残っているから部屋に戻る」

「お仕事頑張ってください!」

(びっくりした......! う、自惚れちゃダメ! 一応政略結婚といえど家族なんだし、安心感? みたいなものを覚えるのは特別なことじゃない!)

 頭で客観的に見ようとしても、ニニエの心は確実に意識している。

 なるべくいつも通りに。と、笑顔で見送ろうとしたが、得意のはずの作り笑顔が上手く作れなかった。

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