先輩と後輩
私が最初に感じたのは"ノック"と呼ばれる練習を先輩達がしている時だった。誰かがシャトルを上げたのを準番に打って空いた人がシャトル拾いをしているのに玲奈がいるところはずっと玲奈だけがシャトル拾いをた。
「ねえ、なんで玲奈だけがシャトル拾いしてるのかな?」
「後輩がシャトル拾いするものだけどずっとって変だよね。しかも、玲奈はシャトル打ってない」
優奈も私と同じように違和感を感じた。けれどアヤとモモと花恋は何も気づいていないらしい。
「そう?気のせいじゃない?」
「先輩がそんなことしないと思うけど……」
……そっか、そう…だよね?……
私はモヤモヤを心の奥にしまい込んだ。
春季大会まで残り3日となった今日、私達は先輩達の話を聞いてしまった。部活が終わり、2階の倉庫にシャトルをしまいに行った帰りだった。電気が無くて月明かりが入らなければ真っ暗になる、誰も通りたがらない場所だった。下の方から声がして足を止める。
……こんなところに誰かいる……
私は一緒にいた優奈と顔を見合わせた。
「若月の奴、全然出場辞退するって言ってこないんだけど、どうなってるの?」
「若月だけにシャトル拾わせても、シャトル打たせないようにしても、スマッシュをわざとぶつけてもダメなんです。すみません」
「本当、許せない。1年のくせに。しかも、中学入って最初の大会なんだから、結果も何もないじゃない」
私はカッと頭に血が上った。
「待って、のどか。今は辞めた方がいい」
優奈に止められたけど私は構わず先輩達にくってかかった。
「それは玲奈が悪いわけではないと思います。気に入らないなら顧問に言えばいいじゃないですか。もう玲奈のこと、いじめないでください」
「じゃあ何?大会に出させて貰えないのは私達が悪いって言いたいの!?」
「いえ、そんなこと……」
「あんたも2年後、私達の気持ちが分かるわよ。あんた、体力無くて落ちこぼれてるものね…でも、3年間やってきたこと、全部否定される気持ち、まだ分からないでしょ?」
「だからって玲奈は…」
「いちいち五月蝿いな。1年のくせに。先輩に逆らったらどうなるか、教えてあげる」
先輩はそう言って拳を振り上げた。
……ぶたれる!!……
思わず目をつぶった時後ろからグイッと肩を引かれた。
「ストップ。そこまでにして」
……矢野先輩?……
「後輩をいじめて、何がそんなに楽しいの?先輩だって言うなら先輩らしい行動したら?」
矢野先輩は2、3年の先輩を見ながら淡々と続けた。
「大葉さん、ごめんね。もう大丈夫だから帰っていいよ。ここからはウチら、3年の問題だから」
すると矢野先輩は声を尖らせて言った。
「2年!ここから先、口出ししたら、分かってるよね!?…ねぇ!?」
矢野先輩が声を尖らせたのは後にも先にもこの時だけだった。2年の先輩は肩をビクッと震わせ、しっぽを巻いて逃げ出した。
「ほら、のどか。帰るよ」
優奈に手を引かれ、私は後ろ髪を引かれる思いで立ち去った。
後ろから先輩たちの声が聞こえた。
「矢野っちには私たちの気持ち、分かるわけないよ。試合、出れるんだから。春季にも出れない私たちは人数が少なくなる最後の大会もどうせ出れない」
「最後の大会は3年を優先して貰えるように頼んでみるから」
「もうっ。待ってって言ったのに。あそこでのどかが出ていったらどうなるか、簡単に想像つくでしょ!?」
帰り道、私は優奈に叱られてしまった。
「ごめん。でも玲奈が……」
「矢野先輩がもう少し来るの遅かったら、のどか殴られてたんだよ!?」
優奈はまだ叱ってくれているけどアヤとモモが止めに入った。
「まぁまぁ、気持ちはわかるけど、優奈は少し落ち着いて」
「のんちゃんも、分かったよね?あまり仲良くないのに玲奈のこと考えて動けるのはのんちゃんのいい所でもあるけど、もう危ない事はしないで。優奈も心配してくれてるんだよ」
モモは耳打ちして優奈が矢野先輩を呼んでくれたことを教えてくれた。
「優奈!ありがとう!」
私は優奈の背中に向かって大きな声で言った。
私の為に先輩にくってかかるのを止めて、私の為に矢野先輩を呼んで、私の為に叱ってくれた優奈の事が大好きだ。
先輩という肩書きだけで全ての先輩を信じていた。先輩が玲奈に嫌がらせするはずないって思っていた。
人を肩書きだけで判断するのではなく、自分の目で見て信用してもいい人か否か判断しなければいけないと強く実感する出来事だった。