入部
ラケットが風を切る音、床とシューズが擦れる音、シューズが床を叩きつける音。様々な音色が体育館の中で大合唱していた。
私、大葉のどかは中学生になったばかり。今日はバドミントン部の見学に来ている。
……すごい、バドミントンって、こんな激しいスポーツなんだ……
私は小学生の時遊びでやっていたバドミントンを想像していた為、コートの中で絶え間なく走り回ってシャトルを追いかけている先輩達を見て呆気に取られてしまった。
バドミントン部に入部して最初の活動。まずは自己紹介だった。
……中学の先輩は怖いって聞くし、ここで悪い印象持たれたら、中学生生活終わりだ……
そう思い私は、意識的に笑顔を作り声を張り上げた。
「楓小出身の大葉のどかです。よろしくお願いします」
勢いよく腰を直角に曲げた時、私は後ろの壁にぶつかってバランスを崩した。
……わっやばい!こんな大勢の前で!!……
「大丈夫?」
隣にいた天然パーマで少しだけ髪が巻いている子が支えて助けてくれた。
「ありがとう」
私はお礼を言ったが先輩達の笑い声でかき消されてしまった。
「大葉さん、そんな緊張しなくていいからね。はい、じゃあ次の人」
「梢小出身の泉優奈です。よろしくお願いします」
「梢小出身、若月玲奈です。よろしくお願いします」
「紅葉小出身の志田彩花です。よろしくお願いします」
「同じく紅葉小出身の柊百花です。よろしくお願いします」
「楓小出身の花園花恋です。よろしくお願いします」
私は恥ずかしさのあまりずっと下を向いていた。
「じゃあ、15分後、体育館に集合ね。一旦解散」
私は部長の矢野先輩の声にハッと我に返った。
「優奈ちゃん、さっきはありがとう」
優奈は顔を軽く赤らめてぺこりと会釈した。
……あ、照れてる?可愛い……
「ねぇねぇ、せっかくだしさ、ニックネーム決めようよ」
花恋が甲高い声で言った。
「のどかちゃんだから、のんちゃんとか? 優奈ちゃんはゆうちゃんとか?」
「優奈でいいよ。そのままで」
「私達のことはアヤとモモって呼んで。小学生の時そう呼ばれてたの」
「ねぇ、玲奈ちゃん、なんて呼んだらいいかな?」
私達5人が集まっていても玲奈は関わろうとしなかった。
「なんでもいい。私はあなた達と仲良しごっこするためにバド部に入ったわけじゃない」
玲奈は先輩達の後を追った。
「何、あれ。 感じ悪い」
花恋は口を尖らせて言った。
「1年生集合」
矢野先輩の声に慌てて駆けつける。
「明日から1年生に準備してもらうから、今日2年生によく教わってね」
「はいっ」
私達は声を合わせて返事をする。
「まず、ポールとネットを体育館倉庫から持って来て。両方にネットをひっかけて片方だけこのネジを緩めて下に引っ張る」
私は2年の先輩に教わりながらネットを張った。
「まだまだ、もっと強く張って。たるんでるよ」
……どうしよう、もうこれ以上引っ張れない……
その時、一瞬ポールが軽くなった。上を見ると優奈がネットを引っ張ってくれている。
「私、ここ引っ張るから」
「そうそう、いいね。慣れないうちは2人でやるといいよ」
先輩の声に、優奈と私は顔を見合わせて微笑んだ。
「せぇのっ」
2人で声を合わせた。
しかし次の瞬間、私の手からポールが離れた。鉄の塊が私の額に激突し、ガンッと鈍い音をたてる。
「のんちゃん大丈夫!?」
「のどか、どうした?頭打った?」
優奈が顔を覗き込む。
「キャーッ!血!」
花恋が叫んだ。
……え?……
私は何が起きたか分からなかった。額を抑えていた手を離し、視線を落とす。手が所々赤くなっているのを見て、ようやく状況を理解した。
「大葉さん、保健室行こうか」
私はティッシュで傷口を抑えながら矢野先輩に連れられて保健室へ向かった。
「うん、そんなに血が出てないから傷は深くないかな。強く抑えてればそのうち止まると思うよ」
養護教諭がティッシュを外しながら言った。
「じゃあ、私はこれで」
「先輩っ。ご迷惑をおかけしてすみませんでした」
私は保健室を出ようとした矢野先輩を引き止めて言った。
「全然大丈夫だよ。戻ってくるの、ゆっくりでいいからね」
矢野先輩は不快な顔1つせず、私に付き合ってくれた。
……先輩、こんなに優しいのに、私、中学の先輩は怖いって聞くから怖いんだって決めつけて、最低だ……
「失礼します。すみません、ちょっと足捻っちゃって…湿布貰えますか?」
私が絆創膏を貼ってもらって保健室から出る時、男子の先輩が軽く足を引きずるようにして入ってきた。
「失礼しました」
私は会釈して保健室を出た。
……早く戻って、部活に参加しよう。入部早々差をつけられたくない!!……
ところが、いくら歩いても体育館にたどり着かない。
……あれ、また保健室の前に来ちゃった……
それどころか、私は保健室から出て体育館へ向かったはずなのに、今保健室の前にいる。
「ありがとうございました」
私と入れ違いで保健室に入った先輩が保健室から出てきて目が合った。
「あれ、さっきの絆創膏の…なんでまだここにいるの?」
「体育館に行きたいのですが迷っちゃって…体育館への行き方、教えて頂けますか?」
すると先輩は大声で笑いだした。
「なんで?どこに迷子になる要素あるの?いいよ。俺も体育館に行くから一緒に行こう」
「ありがとうございます」
私は先輩の半歩後ろを黙ってついて行った。
……どうしよう、気まづい……
そんなこと思っていても話しかける言葉が見つからず、黙々と体育館へ向かって歩いていく。
「もう、ここで大丈夫です。ありがとうございました」
体育館が見えたので私は先輩に頭を下げ、走った。体育館に戻るとちょうど走りに行くところだった。
……良かった、練習に間に合った。みんなに遅れを取らないよう頑張るぞ……
私はそう心に決めて走り出した。