強盗の功名
雨がざあざあと降っている真夜中に大富豪のエヌ氏は自宅で高級ワインを嗜んでいた。価値ある装飾で彩られた部屋は、自分は成功した側の人間だと教えてくれているようだ。
(やはり金だな。金さえあれば何でもできる)
しかし、とエヌ氏は首をかしげる。どうも最近面白くない。余りある金を惜しみなく使って、絶世の美女を抱き、まだ限りある人しか行けない宇宙への旅を実行しても、心の底ではどこか冷えている自分がいた。
渋みの強いタンニンを舌で転がすように感じていたとき、背後に気配をおぼえた。
バッと振り返ると、そこには黒ずくめの男がいて手には拳銃が握られていた。
「貴様、何者だ!」
「おっと、静かにしてもらおう」
額に銃口を突き付けられてしまい、エヌ氏は口をつぐんだ。
「それでいい」
満足げにうなずき、男は部屋を見回して
「やはり、ここに忍び込んで正解だった。さて、もう分かっているとは思うが俺は強盗だ。命が惜しければ、金目のものを全部この袋にいれろ」
そう言って、男はポケットから取り出した布袋を掴ませてきた。
「これでは困る。自慢じゃないが、私は名の知れたコレクターでね、こんな小さな布袋に全部なんて入るものか」
「だったら、ここにあるもので最も高価な物をいれろ」
「それならいいだろう」
そう言って、エヌ氏は壁に飾ってあった絵画を取り外して布袋に入れて強盗に渡してやった。
「なんだ。やけに素直だな」
「銃を向けてくる奴に逆らうなんて馬鹿のやることだ。さあ、早く出ていけ」
「待て、その前に電話機と携帯を出せ。通報されたらたまらん」
言われるがままに差し出された電話機と携帯を破壊した後、強盗はすばしっこく家から飛び出していった。
後日、友人のワイ氏と酒を飲んでいるときに、その話で盛り上がった。
「いやはや、それは惜しいものを盗まれましたな。しかし、どうも私から見てあなたはそれほど落ち込んでいない。ましてや嬉しそうだ。一体どういうことです」
「これはこれは、見抜かれてしまいましたか」
可笑しそうに自分の頭をペシペシ叩きながらエヌ氏は続けた。
「最初は私も落ち込んだものです。あれほど高価なものはこの先手に入れることができないかもしれませんからね。しかし、あれは良い体験でした。私は銃口を額に突き付けられたのですよ。正直、死を覚悟しましたね。ですが、神様が味方してくれたのでしょう。何とか生き延びることができました。それからというもの、何をするにしても楽しくてね。生きていることの素晴らしさとでも言うのですか、今ではあの強盗に感謝しているくらいです。友人と話すことがこんなにも面白いことだとは知りませんでした」
そう言って、エヌ氏は新たに酒瓶をあけた。昼に始まった二人だけの飲み会は、星が輝くころまで続きそうだ。