異世界転移のその前に
誤字報告ありがとうございました。
4/28訂正済
「弁当忘れてるよ!!」
私は玄関のドアを開けると、大声で叫ぶ。
その声に、アパートの駐車場を抜けて通りに出ようとしていた学ラン姿の息子が慌てて戻ってくると、無言で私の手から弁当バッグを奪い取りダッシュで通りに戻っていった。
「はぁ?さっきまでダラダラ歩いてたのに、ありがとうも無いだと?思春期か?」
私はブツブツと息子への文句を言いながら、玄関のドアを閉めた。
私の名前は野田忍。2人の子供を持つシングルマザーだ。
音や光への感覚過敏症で昼夜逆転で生活する通信高校生の上の子の三和と、先程の思春期真っ只中の高校2年生の下の子の和音と、古いアパートの一階に住んでいる。
引っ越してきた時は子供らもまだ小さくて、階下への足音の防音考えたら一階が良いかな?って選んだんだけど、古いアパートなのに意外と防音材しっかりしていて、見晴らしのいい二階を選べば良かったかなぁとかたまに思ったりしている。
旦那?
浮気して色々と問題起こして出て行った奴の事?調停離婚してからそろそろ15年だよ。子育てしてると早いね〜。
最近になってかなり年下と結婚したってのを、たまたまSNSで三和が見つけたらしいけど興味ないから放置。
てなわけで一応大黒柱の身としては、食べ盛りの高校生2人をのために、今日も働きに出なきゃならないのですよ。
さぁ、仕事行ってくるかな。
それから9時間後。
頑張って仕事して帰宅途中でスーパー寄って、値引きの食材をゲット出来て意気揚々と玄関開けたら‥
キッチンに2.5次元俳優が居た。
いや、2.5次元舞台の俳優の様な姿の和音が居た。
「部活、演劇部だったっけ?」
「違う」
黒い光沢のある生地の、軍服にも見えるけどちょっとアジア圏の民族衣装の様なデザインの服を着た和音が、面倒臭そうに答える。
「んー、例のアレって高校生でも罹患するの?」
「少なくとも例のアレでは無いね。ここ、よく見てよ」
和音が私に向けて突き出した頭部には、何か奇妙な形の角みたいなのがくっついている。それも両側頭部に。コスプレ用の角カチューシャではなく、頭皮と繋がって見える。
手にはこれまた黒い光沢の錫杖の様な杖を持って、そして足元はパンクバンドの履きそうな金属ビスがくっついた感じのゴテゴテしたブーツ。
ん?ブーツ‥
「土足だと?何やってくれてんのアンタ!!」
「突っ込むのそこ?」
和音が顔を引き攣らせながら、私に突っ込んでいたがそんな事は関係ない。
「堂々と土足で部屋に入るなんて。躾けた親として情けないわ。不良か?不良になるのか?」
「違うって。これは‥」
和音は説明に迷って眉間を押さえる。
腕が上がると同時に肩を覆っていたマントがパサッと翻り、思わず我が息子相手に見惚れてしまったじゃないか。
悪いか、私マント好きなんだよ。
「で、後ろの連れは誰?」
さっきから気になってたんだけど、和音の背後にキラキラした銀髪ロン毛がチラチラ見えてんだよね。
「え?母さん、コイツ見えんの?」
「見えてるよ。てか和音の方が小さいんだから、隠れられるわけないでしょ?」
私の答えに、和音も背後の人も息を呑んだ。
「隠の魔術が効いていない?」
「あー、見えてんのか。予定と順番違うけど先に顔見せとくか」
和音が後ろを振り返り背後の人とコソコソ話をして、一歩横に動いた。
静々と現れた銀髪ロン毛の持ち主は、海外モデルの様な綺麗な顔をしていた。歳は二十代後半くらい?衣装は和音と同じ様な黒だけど、柔らかな光沢のシフォン生地を重ねたアオザイの様なデザインだった。
「初にお目にかかります。私、魔王の側近のガーザー‥」
「あー!アンタも土足!!
側近だかなんだか知らないけど、挨拶の前に靴脱ぎなさい!!」
「あ、はい!」
銀髪ロン毛の側近とか言う人は慌てて靴を脱いで、腕に抱えた。
「いや、靴を抱えるのはどうかと思うけどね。
あーこっちに、土間に置いて‥って、和音もブーツ脱ぎな!!」
私はキッチンに向かい、2人を玄関側に追いやった。
さっさと脱げっての。
「何?誰か来てんの?」
奥の部屋から寝起きの不機嫌な声がした。
三和の声だ。
「ほら、騒がしいから、三和起きちゃったじゃない」
「いや、騒がしくしたのは母さんだろ」
ブーツを脱ぎなら和音が文句を言うが、私は構わず三和に声を掛ける。
「なんでもない。いつもの時間に起こすから、まだ寝てて良いよ。」
「んー分かった。おやすみ」
三和が再び寝入るまで静かに動くしかない。過敏症でストレスが溜まると不眠症になってしまうのだ。そうなるとリズムを整えるまでが大変で、不機嫌な三和に巻き込まれる面倒臭さをよく知ってる和音も声を抑える。
「で、続きなんだけど‥」
「聞くから、静かに居間に待ってて」
私は取り敢えず、持ち帰った荷物を冷蔵庫に入れて、3人分のお茶を準備した。
「アンタ達も飲めば」
ちゃぶ台を挟んで、和室には違和感しかないゴテゴテした衣装の2人を前にお茶を啜る。
はぁー、帰宅してうがい手洗いの後はやっぱりあったかい緑茶だよな。
「何処から話せば良いんだか迷ってる」
「うん。率直で良いよ」
和音は銀髪ロン毛の側‥銀髪の人とボソボソと何やら打ち合わせ、言った。
「なら言うけど‥おれ、魔王なんだって」
まおう、まーおう、まおーう?
「ま・お・う?」
「そう、魔王。ゲームとかのラスボスみたいな存在って言うか」
「あー、魔王な」
昔、音楽で習った『お父〜さんお父さん♪』って奴だね。
テレビでもそんなタイトルあったな。某5人組アイドルの一人が魔王だったっけ。暇なくて観てないけど。
そういや魔王ってお酒もあるね。
にしても魔王かぁ。
「で、ちょっと異世界に行く事になった。多分一年くらい」
ボソッと聴こえた内容に、私は眉を顰めた。
「え?まだ4月だよ。学校どうすんのよ」
「あのー、聞いてる?俺、異世界に行くんですが」
「異世界に行くにしろ、学校あるじゃん。アンタまだ高校生だし、出席日数とかどうすんのよ」
2年生になって一月も経ってないこの時期に、学校休む事になるのは色々と問題だと思うんだよね。進路調査も本格的に始まるだろうし。1年からの持ち上がりだからクラスメイトとの交流は‥あ、一年も休めばどっちみちクラスメイトと一緒に進級出来ないならそっちは問題ないのか?
えーっと、異世界なら海外とは違うから留学と同じ扱いにはならないよね?となると、学校側に休学申請?理由が面倒臭いなぁ。
「母さん。旅行とかじゃなくて、この世界を離れるって言ってんの!」
「え?帰ってこないつもりなわけ?」
「いや、帰ってくるけど」
「だったら、休学になるでしょ」
噛み合わない親子の会話に、銀髪の人が間に入った。
「あ、あの御母堂!」
「何?」
「まずは魔王がどう言う存在か、ちゃんとご理解頂けているのでしょうか?」
和音も銀髪の人の言葉に賛同するかの様に上下に頭を振っていた。
「は?馬鹿にしてるよね。
こちとら小学生の頃からファンタジー小説を読んでウン10年よ。有名どころのRPGゲームソフトは触った事ないけど、コスプレ込みのTRPGならやってたわよ。黒歴史?上等!!そんな私に魔王の存在を理解してるか?してるに決まってんじゃん」
三和の睡眠を邪魔しない程度に小声ながらも鼻息荒く言い返した私に、銀髪の人の頬が引き攣る。
「あ、はい。十分に分かって頂けてる様で‥」
「つまり、うちの和音が魔王として異世界転移するってことよね」
「ちょっと待って。分かっててそれ?」
私の言葉になぜか和音が頭を抱えた。
「いや、母さん反応軽すぎだろ。もっと驚くとかないの?」
「そう言ったって、驚く要素が何処にあるのよ」
「普通はあるだろ?」
普通‥普通の親なら驚くのかな?
でも、私普段からそんなに驚かないし。
それに今回の場合は‥
「まぁ、和音がいつかは異世界に行くって知ってたしね。流石に魔王だってのは知らなかったけどさ」
「「へ?」」
2人が驚いた目で私を見た。
「ほら、うちの家系『デジャブ』多いじゃん。
『これ、夢で見たわ〜』ってのがありすぎて、いちいち驚くのは疲れるから、そのまんま受け入れる癖があると言うか‥」
なんでか知らないけど、昔から体験する出来事にデジャブを感じる事が多くて、母親に話したら母親もそうだったし、祖母も同じだった。母親も祖母もそれを予知夢って言ってたけど、私としては昔スピリチュアルを扱うテレビ番組に出てた科学者が『それは脳の予測が働いて、起こりそうな事を夢に見せてるんです』って言ってたのを観て、デジャブは脳の見せた予測通りの行動をした結果なんだなぁって思ってて、たまに混じる非日常的な風景の時は唯の夢だろうと判断してたんだよね。
だから和音が異世界に居るのも夢の方だと思ってたんだけど、そっちも予測だったとは‥脳って凄いわ。
「御母堂は先見の能力があるのですね!」
話を聞いて興奮した様子の銀髪の人に手を握られる。
「是非是非、御母堂にも我が国へ来ていただきたく‥」
ゴン!!銀髪の人の後頭部に鈍い音がした。
「魔王、痛いじゃありませんか」
「いや、なんで母さんを勧誘してんだよ」
「だって先見様ですよ。これは魔王領に来ていただいてですね‥」
2人はボソボソと言い合いを始めた。
銀髪の人、話しながらも手は離さないんかい!
私は繋がれた指先からゆっくりと銀髪の人をじっと観察する。
あー、そういや昔見た写真の母方の曽祖母の姉さんがこんな感じの顔してたなぁ。
戦時中に亡くなったってされてるけど、神隠しにあったとか何とか‥まさか異世界に行ってないよね?
「ね、梅木ヒツって知らない?」
「ウメーキ・ヒッツなら知っていますよ。偉大なる聖女であり私の祖母ですが、なぜその名を?」
マジかぁ、あの人は聖女として異世界転移しちゃったのか。しかも銀髪の人の祖母って、世の中狭過ぎるわ。
「梅木ヒツは私の祖母の叔母の名前。その人、祖母の目の前で神隠しにあったって話を聞いた事があるんだよね。戦時中に亡くなった事になってるけど」
以前祖母が『私が小さい頃に消えた叔母さんが、日本じゃない所で子供達に囲まれてる夢を見た』って話をしてくれたけど、そこが異世界とは知らずとも祖母の予測も当たってたのね。
「なんと、我が祖母のご兄弟の一族でしたか!
実は魔王領には『こちらの都合で異世界に転移させる場合は、事前に家族と面談する』と言う決まりがありまして。その決まりというのは、祖母の遺言を先代魔王が取り入れてのことでして、はい。
ですから、今回もこの様に次期魔王の御母堂に挨拶にと参ったわけでして」
銀髪の人はニコニコと、まだ手を離さない。
「あ、申し遅れました。私の名前はガーザー・ウメーキ・イ・ワガーと申します。
代々魔王の側近として魔王領の一部を治めている一族の者です」
「ウメーキ?」
「はい。愛する祖母の事を忘れない様にと祖父が家名にウメーキを入れた聞いております」
好きな人の姓を家名に入れる?凄いわ〜(遠い目)
てか、手はそろそろ話して欲しいんですけどね。
「何々?俺、ワガーと親戚なわけ?」
和音は驚いた顔をして、私を見てニヤニヤとし始めた。あ、私を揶揄う前の顔だ。生意気な!
「悪かったわね。似てなくて!私は祖父似なの。ガーザ‥あ、何と呼べば?」
「ワガーで」
「分かった。ワガーさんは堀の深さは別として母方の梅木の顔でしょ。似てなくて当たり前!」
一応女として生まれた身としては、こんな若くて綺麗な顔の男の人と比べられたくはないんですけど!
憤慨している私の気配に気付いたのか、和音は口笛を吹くふりをして視線を泳がせる。そんな古の漫画みたいな動きで誤魔化せると思ってるのが、我が息子ながらアホだと思う。
「それで今後の事ですが、息子さんには魔王として転移してもらいます。ああ、ご心配なく。魔王領はとても風光明媚な所でして‥」
ワガーさんが説明する所によると、聖女として転移した梅木ヒツによりもたらされた和平を先代の魔王が引き継いで現在は魔族と人間との交流も行われているそうだ。
たまに勘違いした人間側の王が勇者を召喚して魔王討伐隊を組む事もあるそうだが、遺された聖女の力により大きな争いに発展する事なく平和な世が続いているらしい。
ちなみに魔王は魔物を操る力を持っている者で、凶暴化させる事や大人しくさせる事が出来るそうだ。本来は魔物への抑制の力の方が強く、月に半分ほど魔王城に存在するだけで魔物の凶暴化を抑えられるんだとか。
しかし先代魔王の力が衰え、次期魔王である和音を探し出すのに時間が掛かったその間に凶暴化した魔物がかなり増えた様で、抑え込むのに暫く掛かりそうだとのこと。暫くとは早くて半年強、遅くてニ年弱くらいだと言われた。
抑え込んだ後は、異世界とこちらの世界を行き来して定期的に城に滞在してくれたら良いとのことだった。
「で、ワガーさん質問なんだけど。無事に帰ってきたとして、この頭のヤツは消せるの?」
「魔王の角は、魔物の凶暴化が収まると消えますよ」
角は魔物を操る魔王の象徴であり、肖像画を見る限り歴代の魔王の頭には立派な角があったらしい。が、先代魔王の肖像画には角は描かれていないと言う。少し間抜けに見えるが、先代魔王曰く『角がない姿は、聖女が現れる以前の魔物の凶暴化を促進していた過去の魔王と訣別した証』なのだそうだ。
先代魔王、なんかかっこいいんですけど。
そんな先代魔王から引き継がれた魔王領なら、住みやすい所なんだろうな。
「まぁ魔王領も基本平和そうだし、心配要らなさそうだね」
「母さん、それで良いの?」
「ダメって言っても行くんでしょ?
取り敢えず一年間は休学申請しておくから、戻れそうにない時はちゃんと連絡すんのよ」
そして息子和音は魔王として、親戚と分かった側近のワガーさんと共に異世界転移した。
結局ワガーさんに話の最後まで手を握られてたけどさ。なんだったんだアレ。
その後の魔王領では、異世界転移の前にする面談の事前準備として挨拶する相手に今後の展開の夢を見せるのが定番となったらしい。
ワガーの独り言。
「異世界転移の前に面談をするのに、こんなにスムーズだったのは初めてでしたね。今までは、他世界への認知が全く無い相手に驚かれ警察を呼ばれて騒ぎになりかけたり、ショックで放心した相手に挨拶どころじゃなかったり、散々でしたから。
帰ったら早急に夢魔一族との交渉をせねば!」
この時点でワガーは忍に祖母を重ねて、無意識に手を握り続けていたと思われる。
和音の送迎で忍と会う内に、ワガーの心には小さな思慕が芽生えて‥年の差恋愛に発展するかは想像にお任せします。