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死ねない《悪徳商人ざまぁ》

 クロノスが時を止める一時間前。

 ニギルは金で雇ったごろつきと共に、閉店間際のピットとエリザの店に来ていた。

 入ると共に扉を閉め、ごろつき達に命令する。


「いらっしゃ……え? ニギルさん?」


「店中の酒を叩き割って煙草は破り捨てろ」


 ニギルはごろつき共に命じ、店の商品を破壊していった。

 彼は感情の無い目で、それを阻止しようとするピットとエリザを眺める。


「何するんや! 折角作った酒やぞ! やめろや!」


「やめて下さい! なんでこんなことするんですか!」


 店を破壊する大人。

 年端も行かない幼女二人がそれを止めようと立ち向かい、突き飛ばされる。

 ニギルは無表情でその光景を見ながら酒瓶を棚から取り出し、抑揚のない声で言った。


「潰しに来たんだよ」


 そして、酒瓶を床に叩きつけ叫んだ。


「潰しに来たんだよおおおおおおおおおお! 俺の人生みたいにいいいいい! お前らを潰しに来たんだよおおおおおお!」


 ガシャンと大きな音と共に酒瓶は割れ、その欠片は床に散らばった。

 ビクリとピットとエリザが硬直する。

 ニギルはピットの胸ぐらを掴み上げると、顔を近づけて叫んだ。


「お前が俺に売らなかったからこうなったんだ! おかげで俺の人生めちゃくちゃだ! 店は潰して、お前ら二人は奴隷商に売ってやる!」


 そしてピットを思い切り床に叩きつけると、ごろつき達に命じた。


「二人とも拘束して馬車に運べ」


 エリザは、気絶したピットに心配そうな視線を送りながら……密かに手の中に酒瓶の破片を握った。

 そして二人はロープで拘束され、馬車に積まれる。


 店の裏口。

 裏路地から大通りに続く道の上で、ごろつきの一人が拘束した二人を馬車に積みながら言った。


「ニギルの旦那……俺らの仕事はここまでですぜ。……貰った金貨分の仕事はした。正直これ以上関わりたくないし、見たくもない……あとは勝手にやってくれ」


「勝手にしろ。貧乏人共が」


 ニギルはそう言うと、馬車を走らせた。

 背後にある荷台から、酒瓶の破片を使って拘束を解いたエリザが脱出したことを知らないまま。


 数分後。

 馬車が見えなくなる頃、エリザは物陰から身体を出した。


「……目が合いましたよね……なんで言わなかったんですか?」


 その問いに男はうつむきながら答えた。


「……金のために何でもするような大人にはなるなよ。あんたの相方は……不運だったと諦めな……すまねえな」


 男はそのままエリザから目を逸らし、裏路地の奥へと消えていった。

 せめて、お前は自分の様な大人になってくれるなと思いながら。

 大通りへと走っていくエリザを見ないように。


 〇


 三十分後。

 街を出たニギルは安酒を飲みながら馬車を走らせていた。

 そして日が落ちたところで馬車を止め、テントを張ってキャンプを始める。

 手早く火を起こして、その前で安酒を飲み干すとニギルは考えた。


(奴隷商がある隣国まではまだ日数がかかる……少し遊ぶか)


 ニギルは空になった酒瓶を地面に向けて叩きつけると、馬車の荷台へと向かった。

 そして、そこでエリザが逃げ出している事に気づき……。


「ぬおおおおおおおおお! どうして俺の人生はこうも上手くいかないんだ! 全部お前のせいだ!」


 拘束されたピットを殴った。


「ん~! ん~!」


 ピットは殴られながらも何かを言う。

 決してそれが悲鳴ではないことをニギルは分かっていた。

 明らかにニギルを馬鹿にしているような目をピットはしている。


「クソが! 舐めやがって! こっちにこい!」


 ニギルはピットを雑にかかえるとテントに向かい、地面に投げおろす。

 その床には先ほど投げ捨てた安酒の瓶の破片が散らばっており、ピットは痛みと衝撃で体をよじらせながら呻いた。


「いい気味だ……だが俺は土下座までしたんだぞ! それも貧乏人の前でだ!」


 ニギルは縛られたピットの口縄を解き、髪の毛を掴んで破片が散らばっている地面に押し付けた。

 ピットの頬に破片が食い込み、血があふれ出す。


「謝れ! 俺に謝れ! 酒と煙草を売らなかった事と今顔を傷付けた事だ! 買取金額が安くなるだろ!」


 ニギルの理不尽な要求にピットはただ一言。


「……エリザがそろそろ家に戻る頃や、おっさん終わったで」


 と、呟いた。

 瞬間――激昂したニギルはピットを蹴り飛ばす。

 拘束されたまま、ピットはボールの様に転がっていった。


「黙れガキが! 謝れと言ってるだろ! ガキ一人家に帰ったからなんだって言うんだ! 早く謝れ!」


「……ぶっ……豚さんに謝るわけないやん……」


 一瞬にしてニギルは怒りで顔を真っ赤にした。

 ニギルは転がったピットを睨むと、頭を踏みつけようと足を振り上げ……。


「なっ……舐めやがってクソガキがああああああ! 謝るまで! 踏み続ける!」





 ――振り下ろした足は地面を踏んだ。





「……は?」


 ――視線の先に、ピットはいなかった。


「ロゼ……到着だ」


 ――煙草の煙が鼻をくすぐる。


「なっ……なっ……は? 魔王……なんで生きて……」


 煙の先には、三年前自分のいた国を滅ぼした恐怖の象徴【不死の魔王】

 その隣には煙草を(くゆ)らせている男と、今まで拘束して痛めつけていたピットが無傷で立っている姿。


 気高く冷たい声が聞こえた。


「今から一分間。お主は地獄を見る」


「ひっ……」


 ニギルはその言葉を聞き、瞬時に逃げ出した。

 しかし、走り出した身体は……。


「あ? へ? あっ……うわああああああああああああああああ!」


 元の位置に戻っていた。

 魔王からは逃げられないことを悟ったニギルは、懐から護身用の短剣を取りだす。

 そして、切っ先を自分の首に当てると媚びた顔で絶叫した。


「死にます! 死にます! 死なせてください! 自分で死ぬから許してください!」


「ダメじゃ」


 次の瞬間――ニギルの手からは短剣が消えていた。

 代わりに突き刺さっていたのはロゼの手刀。

 貫かれながら思っていたのは絶望ではない。

 恐怖から解放される安堵の気持ちだった。


(良かった……これで死ねる……)


「儂の生命力を分け与えた。お主は今から一分間死なぬ」


 手刀が抜かれた瞬間――傷が治癒したニギルは、次の瞬間バラバラになっていた。

 そして瞬時に回復。同時に腹部を拳で貫かれる。

 妖艶な声でロゼが囁いた。


「あと何回死ぬか数えてみるが良い」


「ひゃ……ひゃああああああああああああああ!」


 その後、ニギルは数百回に渡り殺され、生き返らされ、痛みによって気が狂う直前。

 ロゼはニギルの顔を踏みながら言った。


「あの娘は儂の配下じゃ」


「ごべんな……」


 ――グシャリ。


 と、まるで虫でも踏み潰すかの様にニギルの頭は踏みつぶされた。

 次の瞬間――回復したニギルは、痛みを待った。

 しかし、来ない。

 ニギルは地獄が終わったことを悟ると、身体を丸めて叫び始めた。


「ああああああああああああああ! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! あああああああああああああああああああああああ!」


 既に周りに人はいない。

 ニギルの懺悔の言葉だけが闇夜に響いていた。

 彼は叫び続ける。

 生きている事の幸せと、魔王がまだ生きている事の恐怖で身体を震わせながら。


 夜が明ける頃。ニギルは口を閉ざし、目を伏せて歩き始めていた。

 彼は二度とリベルに戻ることはないだろう。

 ただただ一生、人里離れた場所で後悔しながらひっそりと生き続ける。

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