専業主婦 かな子
首都圏での会社勤めから実家のある地方都市に戻ったライター・ハシモトカエデの連載記事。コンセプトはトレンディドラマや携帯小説に飽き足らぬ人々に贈るローカルで身近なラブストーリー。初回は22歳でデキ婚した専業主婦、かな子。
はじめに、「田舎的恋愛事情」とは、首都圏の四大卒元会社員のハシモトカエデが実家のあるとある地方都市を舞台に、また地元の旧友たちを登場人物に描く実録恋愛活劇である。甘酸っぱい初恋あり、誰にも言えない禁断の恋あり、トレンディドラマや携帯小説に飽き足らぬ人々に贈るローカルで身近なラブストーリーである。
「まだ誰にも言ってないことなんだけど、カエデを信用して教えてあげる。」
もったいぶって話し出した高校の同級生で現在専業主婦のかな子。彼女はあと一月で二歳になるという一人息子を見ながら口火を切った。そして私は唖然とし、かな子はしてやったりという顔をすることになる。
その台詞を以下の三択から選んでみてほしい。
1.「あの子はね、実は旦那の子じゃないの。」
2.「旦那以外の子を妊娠しちゃったかもしれない。」
3.「離婚しようと思ってるの。」
旦那側の両親が結婚祝いとして買い与えたという真新しい一戸建てに住まう、満ち足りた幼な妻であるかな子。私は彼女にデキ婚当事者として取材を申し込んだのだった。
高校三年間をかろうじて同じ教室で過ごした私たちを含む女友達五人の内で、かな子が一番早く結婚するだろうと思われていた。そして確かに彼女は二十二歳の若さで、惜しまれつつも所謂できちゃった結婚を遂げた(相手は十二歳年上の元上司)。デキ婚だからなのか、それとも当事者の意思なのか、挙式すらせず淡々と結婚生活に突入したにも関わらず、実は先天的に波乱含みな結婚であることを私は知ってしまった。
そう、私を唖然とさせた彼女の台詞とは、1.「あの子はね、実は旦那の子じゃないの。」であった。
「じゃあ誰の子なのかっていうと、カエデも知ってると思うんだけど。○○ってV系のバンドのギタリスト。あ、そのバンドギター二人いるの? 名前は××だよ。わかる?」(ファンの反応が計り知れないので伏字にさせてもらう)
知っているも何も、メジャーレーベル移籍の際には私もインタビューしたことがある。今や飛ぶ鳥を落とす勢いの人気バンドである。時期を逆算すれば、確かにその頃に全国ツアーでこの辺に来ていたかもしれない。その頃って、もちろんできちゃった時期のことだ。
「別に旦那に嘘ついたわけじゃないの。ただ妊娠したって事実を報告したら、舞い上がってプロポーズされて、あたしにとったら、まあ、渡りに舟だったから・・・。」
いやはや、華奢で可憐な幼な妻かな子は思わぬツワモノであったらしい。それでいて良心の呵責も無きにしも非ずという風。匿名性の保持を念押しされた。
「結果的にだましてるわけで申し訳ないとは思う。だまされるあっちも無邪気すぎてあきれるけどね。」
どっちだよ。
内心あきれつつもここで過去のアヤマチはさておき、現在の夫婦生活について水を向ける。すると見た目通りの幼な妻的な言葉が返ってきた。
「旦那は優しいし仕事も順調、子供は父親に似てかわいいし、そろそろ二番目も作ろうかなって話してるとこ。」
人生楽しんでるなら、他人がとやかく言うことじゃない。しかしこの記事冒頭の能書きがちょっとばかばかしくなってきた気がしたので、話のついでに記事のコンセプトを説明した。
「あ、ごめん。あたし、この話携帯小説で書いちゃった。たいして人気ないけどね。一応完結して、結婚まで書いたの。だけど続編で実の父親をもう一回登場させようか悩んでるんだ。」
人生楽しんでるなら(以下略)。
と、ちょうどかな子の旦那さんご帰宅。優しそうで、なんとなくテディベアのような印象の旦那さんである。携帯小説の描写ではジョージ・クルーニー似の御曹司だそうだ。結構な子煩悩であることが帰宅直後の三分間でわかった。
旦那さんによって振られる眠そうな長男くんの手に送られ、かくして私はかな子ともども高校時代の女友達五人衆のそろう飲み会に繰り出した。
その夜は痛飲の上、カラオケで夜更かし。互いの近況報告がてら、かな子はV系バンドマンとの一夜を披露し、私は会社員時代の恋人をネタにワインのボトルを空けた。また次回の記事用の人物も確保できたので密度の濃い一晩であった。
次回の登場人物は五人衆中随一の才媛、県立高校教師の明菜さんです。お楽しみに。