2.立ち合い
男は、巨体を丸めるようにして首都の闇の中を急ぎ足で歩いていた。フードを目深に被り人の視線を避けるように裏道を選んでいたが、その巨体は全ての努力を無に帰していた。七尺はあろうかという偉丈夫である。男は横にも大きい。更に椿油のねっとりした香りを身に包んでいた。目立たない方がおかしい。それでも、男は人気のない方へ暗闇の深い方へと徐々に進んでいく。繁華街から二十分も歩けば両国都とはいえ辺りからの目は薄くなる。人気が無いのを確認し、男はくるりと向き直る。男の目線の先にいるのもまた、男である。やはりフードを目深に被っている。そこから覗く目は燃えるように赤い。
「待ちかねたぞ…この時を…後前嵐!!」
赤目の男がフードを取ると燃えるような赤毛で結った見事な髷が現れた。きゃつもまた、相撲!次の瞬間、男の衣服が燃え上がりまわし一本の堂々たる肢体が姿を現す。急ぎ足の男には劣るがそれでも体重は五十貫は超えていよう。常人とは比較にならない。片腕を高く振り上げる。バシッ。まわしを叩く乾いた音が周囲に響き渡る。
「はっ…俺も有名になったもんだ」
後前嵐と呼ばれた男がフードを外す。見事な大銀杏だ。近くで見れば顔が写り込むほど丹念に結い上げられている。彼もまた、相撲!!グッ。四股を踏むと一瞬、体が大きくなる。隆起した筋肉により着ていた服が吹き飛んだ。隆々たる筋肉である。磨き上げられた筋肉は近くで見れば顔が写り込むほどである。両者視線を合わせ、ゆっくりと腰を落とす。既に臨戦態勢。ルール無用の野良相撲の始まりである。ここには行事も番付表もない。
「「はっけよい!!」」