捨てる神あれば・・・
シリの村編
捨てる神あれば…
「◎▲pal!!」
腕を何度も揺さぶられ、敬子はもうろうとする意識から覚醒しようとした。しかし、全身がけだるく力が入らない。
「…う。…あ」
言葉にならない声でつぶやくと無理矢理抱き起こされて、口に何かを流し込まれる。
ゲホゲホと咳き込みながら、それでもそれが待ち望んでいた水だと分かると、差し出されたひしゃくを奪いとり、全て飲み干した。
はあはあ。息をつきながら目をこすって、辺りを見回す。
「大丈夫かい?あんたうちの前で倒れてたんだよ。」
そう言って背中をさすってくれているのは、くすんだ朱色のエプロンをした40代くらいのおばさんだった。柔和な笑みを浮かべ、敬子を心配そうに見ている。
さ、もう一杯と差し出されたひしゃくを一気にあおり、やっと一心地着く。
「ありがとうございました。もうダメかと…」
「おおげさだね。」
かっかっかっと豪快に笑い飛ばされる。
「どこの子だい?親御さんは?」
「あ、私……」
そこまで話して、敬子は衝撃的なことに気づく。
「言葉…」
さっきまで、意思疎通にあれほど苦労したのが嘘のように、相手の言葉が分かる。そして、自分の言葉も通じているようなのだ。良かったと思う反面、原因を考える。
呼びかけられた言葉は、分からなかった。理解できるようになったのは、ひしゃくから水を飲んだ後だ。
この国の水を飲んだからか。もしかしたら、食べ物でも良かったのかもしれないが、調べる術はない。
「言葉…?ここら辺はちょっと田舎でなまっているかい?」
いや、恥ずかしいねぇ。と、おばさんは、明後日な答えを口に出す。
「いえ、そんなことは。あ、私は、敬子といいます。岩崎敬子。親も兄弟もいるんですけど、気がついたらここにいて…」
「ケイ・コー。イ?ワサキ??男の子みたいな名前だね。お腹は空いてないかい?寝るところはあるの?今までどうしてたんだい。」
妙な発音に変換された名前を聞き、苦笑する。いいや、ケイで。
おばちゃんは、名前を聞いてからも矢継ぎ早に質問をしてくる。
思春期の普通に学校に通っていたころの自分なら、うっとうしく思ったはずだが、今はその言葉が純粋に嬉しかった。
敬子はかいつまんで、これまでの状況を話す。
「日本で暮らしていたんですけど、本当に気づいたらここにいて。だから荷物も何も持っていなくて。さっきまでは言葉も分からなくて、水もないし、死ぬかと思いました。」
「ニーホン?ふうん。このへんじゃあ聞かない地名だね。言葉が違うということは、異国から来たのかい。」
シオナと名乗ったおばちゃんが首を捻る。
「おかしいね。あんたちゃんと話してるよ。」
「そうなんです。なんか水を飲んだら話せるようになって…」
「いやいや、水にそんな魔法はついてないよ。」
「えっ?魔法あるんですか!?」
思わず驚いて大声を上げてしまった敬子は、シオナに怪訝そうな目で見られて黙る。
魔法があるということは、やっぱり異次元召還っぽい。でも、ここではそれが常識だとしたら、変なことを言うと怪しまれる。いや、魔法を知らなかった時点でもう怪しい者認定なのかもしれないけど。
そして、どうやら水を飲んで翻訳機能がついたのは、自分だけの独自の現象らしい。
敬子は一瞬だけ、翻訳機能を付けてくれた神に感謝をした。しかしすぐにここに至るまでの過程を思い出して感謝を取り消す。
「そうだよ。でも魔法が使える人は、珍しくてね。使える人は小さな頃から学院で学んでいるんだよ。使えない人でも魔石で灯りや火を…」
「魔石!?」
興奮した敬子が叫ぶ。
魔法に続いて魔石。異次元の王道ペアだ。
キラキラした目をしながら話しを聞く敬子に、シオナは小さな魔石を渡す。
「これはもう魔力がなくなって使えないやつだけどね。なくなったやつはまた預けて魔力を補充してもらうんだよ。」
敬子は、それを受け取って、両手で包みこむ。
試しに集中して、自分にあるかもしれない魔力を流し込もうとする。異次元召還系なら、ここで一発魔力を発揮して、チートな存在になるはずなのだ。
しかし――――
敬子が汗ばんできた両手を何度開いても、魔石は変わらず灰色のままだ。
「もう、気が済んだかい?」
シオナが遠慮がちに声をかけて我に返る。
うわ。人に見られてるのに何やってんだ、自分。思わず敬子は恥ずかしさに赤面する。
「気にしなくていいんだよ。みんな小さい頃はやるもんさ。自分にも魔力があるかもってね。」
生温かい視線で見ていたシオナの微妙なフォローに敬子の頬は、ますます赤くなる。
厨二っぽい。恥ずかしい。いや、でも魔石持たされたら日本にいる人なら絶対やるでしょ。
そんなふうに自分にフォローを入れて、何とか平静を保つと、会話を続ける。
自分に魔力がないのを知り、若干ショックを受けたが、無いものはしょうがない。
自分の話をあらかたすると、次はシオナの話しを聞いた。
シオナは、ご主人を戦争で亡くし、小さな子どもと二人暮らし。昼間は子どもを預けて働いているそうだ。今日はたまたま休みで家にいたらしい。
見ると、寝室の扉は開いていて、安らかに寝ている男の子がいる。
ここは、イシュマン国という国の東に位置するスンガという地域のシリという村。元々雨の少ない地域だったが、村には噴水や井戸もあり、暑いながらも農作物がよく育っていた。しかし、段々と雨が降らない時期が長くなり、日照りが続いているのだそうだ。
「今年は各地で災害が多くて特別大変らしいよ。東は日照り、西は地震、南は大雪、更に北には魔物が出たんだって。」
あら、嫌だよーと世間話をする主婦のような気安さでシオナは言った。
「それは、大変ですね」
日照りに地震、大雪に魔物かぁ。一つでも大変そうな災害が一気に来たら、それは大変だろう。
「さ、外はもう暗いから今日はうちに泊まりな。何にもないところだけどね。」
当然のようにシオナに言われて周りを見ると、部屋はすでに薄暗くなっていた。
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次回は金曜の予定です。