人生最悪の日Ⅰ
シリの村編
人生最悪の日Ⅰ
「なんでこんなことに…」
額の汗をぬぐいながら、敬子は今日何度目かのため息をついた。
砂と石ばかりの道をあてもなく歩き続ける。もうかれこれ1時間はたったはずだ。道を挟んで並ぶ家々は土壁か木造の作りで、どこか南米を感じさせる。
時折荷馬車が通るものの、現代日本で見慣れた自動車は皆無だし、歩いている人は男女ともに普通の日本人よりも頭一つ分高く、肌も浅黒い。
コンクリートで舗装されてない道は砂埃が時折風に舞い、ほこりっぽい。じりじりと照りつける太陽に肌がちりちりする。
「喉かわいた…」
暑い、暑い、暑すぎる。確かもう季節は秋で。そう、文化祭の前日だったのに。
敬子はふと人生最悪の今日をふり返る。
文化祭を明日に控えた桜花高校は、慌ただしく準備に走り回る生徒でごった返していた。
2年生の合唱部の一員である敬子も例外ではなく、明日のコンサートに向けて仲間と共に案内の看板を作成中だ。若干ペンキ臭い室内を初秋の風が吹き抜ける。
「なんかいいよねー。こういう雰囲気。」
部でも仲の良いヒナがふふっと笑う。
「分かる。祭りの前的な?」
それに同意して他の仲間とも笑いあう。
「そこー。しゃべってないで。手を動かす。これが終わったら明日に向けてリハよ。時間はあってもあっても足りないの!」
腰に手を当てて現場監督をしていた部長に睨まれた。3年生は最後の文化祭ということで気合い十分だ。心なしか他の3年生もいつもより焦った様子で動き回っている。
「はーい。了解でーす」
それぞれが顔に手を当てて敬礼を返し、また作業に戻る。
いいな。こういうの。仲間と汗を流して何かをやり遂げる。興奮と充実感。これが青春か。
「はーい。これ乾かしたら終了。」
「いえー。」
最後のペンキをヒナが置き、みんなでハイタッチをする。
「うん。いいわね。ご苦労様。2年部はちょっと休憩してて。後5分したらリハ始めるわよ」
「うへー」
「5分か・・・」
それに返事を返す。片付けている内に5分たつのではないかと思ったが、口には出さないでおく。
「あ、今のうちにトイレいっとこ。」
ヒナが立ち上がる。
「私も。」
伸びをして敬子もついていく。一番近くのトイレはすぐそこだ。
「楽しいねー」
「ねー」
個室に入ってからもヒナと話していたら、廊下から聞き覚えのある集団の声がした。
「あ、トイレ入る」
「まじトイレ近くない?」
ぎゃははと笑う声と共に、その集団がトイレに入ってきた。
敬子の体に知らず力が入る。
彼女たちとは同じクラスで、なんというか派手系のグループだ。4人全員が金髪か薄茶色の髪で薄化粧。スカートを規則的にアウトな短さにして教師からの小言も常に無視。クラスでも目立つからカースト的には最上位だ。そしてなぜそうなったのか、黒髪ノーメークの敬子もそこに属している。
「てかさ。あの子浮いてない?」
「ああ。ねー。なんでうちらといるんだろ」
『あの子』が自分を指す言葉だと敬子は瞬時に理解する。
「何言っても分かるー。とかそうなんだー。だし」
「自分の話しないよね」
「うちらのことバカにしてない?」
「実際バカじゃん」
またぎゃははと声がする。ああ、最悪だ。ヒナに聞かれてしまう。嫌だな。同情とかされるの。
「敬子さーうざいよね。」
今度ははっきり名前が出た。
「体育とか移動の時だけ着いてきてさー。プライベートで遊ぼうとかないじゃん」
「彼氏の話とかさー。自分は興味ありませんけど。みたいにすかして」
「知ってる?男子には人気なんだって。うちら目立つから敬子はその中でも清楚系だって」
「はーマジか」
敬子の目にうっすら涙が浮かぶ。半分は怒りで半分は羞恥によるものだ。せめて自分一人の時にしてほしかった。隣ではヒナが聞いているだろう。
はあ。またか。小学生の頃はなんだか分からないけど女子女子グループからはぶられ、それから必死に浮かないように主張せず、外れないように努力したら今度は侮られ、中学生ではイジメにあった。だから高校では…と。
グループの中で浮いているのは、分かっていた。でも仲良しが固まった他のグループに後から入るのはそう簡単なことではなかったし。
一生懸命合わせようとした。4人だけが分かる内容にも相づちを入れて参加したし、勉強教えてーとか宿題やってーとか消しゴム貸してーとか。文句も言わずつきあった。なんなら消しゴムは返ってきてないし。
彼氏はいたことないから会話に参加できなかっただけだ。そもそもプライベートで遊ぼうなんて声すら出なかったじゃないか。
「敬子は部活だよねー」とかって、参加するなオーラを出していたのはそっちだろ。
理不尽だ。トイレの壁を怒りのこもった目で見つめながら思う。いつだって、どう努力をしようと排除される。握りしめるこぶしが震える。いっそ壁を殴りつけて出て行ったらすっきりするだろうか。
なんで自分だけこんな目にあうのか。人生最悪の日だ。
敬子は深呼吸をして落ち着こうとする。もうすぐ不満を吐き尽くして彼女だちは出て行く。その後ヒナに「大丈夫?」とか言われ、何気ない顔でリハに参加して…
ああ。もうめんどくさい。明日からの教室もめんどくさい。
「はあ。もう消えたい。」
小さい声でつぶやいた時だった。
ヴンという耳障りな音とともに視界が黒い闇に覆われる。
それは正確には敬子の足下から円形に広がって敬子を包み込んだ。暴れる暇も声を上げる隙すらないまま、敬子は闇に落ちたのだった。
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