それは紫色の朝顔のように 社頭の藤衣
朝顔姫や朝顔の神様を祀る神社は実在しません。
「あれ!?高田さんじゃないか!!…あれ?そのヒト…」
まだ昼間なのでお祭りはまだだが、男衆が祭りの準備にやってきていた。香沙音はペコリと一礼する。その手には、老紳士のアドバイスで酒が入った手提げ袋があった。酒は『露』という銘だ。
「大野さん…だったっけ?高田さんが住んでいた家に越してきたヒト。なんでまた?」
「地域に馴染んでいないようでしたからね。同じ家に住んだよしみですな」
「はは!橋渡しかい?おお、いいぜ。俺が他の人らに掛け合ってみようかね」
男衆でそれなりに地位のある人なのだろう壮年の男性がカラカラと笑いながら酒を飲む。ここの神社は朝顔の神様を祀るところだという。朝顔の神様なんて初めて聞いたと香沙音は目を丸くした。なんでも、江戸時代に世界的な朝顔のブームがあったらしく、それで作られた神社らしい。朝顔姫という朝顔による村おこしを創めた城主の姫君だったとか。本名は不明だが、朝顔で村を興したから朝顔姫と呼ばれた。
「高田さんは朝顔姫の末裔だって言われているんだよ」
「え!?」
高田さん――老紳士は照れたように笑う。言い伝えですから、と彼はいった。
だから朝顔が一番大切な村では一番発言力があるという。香沙音は目を輝かせる。もしかしたら、この閉鎖的な村も多少は住みやすくなるかもしれない。
話しながらも、壮年男性は朝顔の花に似た形の器に酒を注ぎ、酒を飲み干していく。『露』はこの土地の地酒で、朝顔型の器に注いで飲むものだと香沙音は教わった。これがこの土地特有のお祓いだと男性たちは笑った。
藤色の丈の短い和装に身を包み、彼らは社頭で小さな宴会をする。朝顔祭りの成功を祈願する一種の儀式だと高田さんが香沙音に教えてくれた。
「さぁ、行くか!!」
「「「おおお!!!」」」
男衆の威勢のよい掛け声に、香沙音の品の良い声がまじる。彼女が村に馴染むようになる、第一歩であった。