それは紫色の朝顔のように 浮舟
老紳士はその後、優しく微笑みながら「また参ります。そのときはお相手して頂ければ嬉しいです」とそっと告げ去っていった。
香沙音は慌てて裏の朝顔のもとへ急ぎ、無残な姿になった朝顔を整える。もう、朝顔を雑草として扱う気にはなれないだろう。
また来るという老紳士のために、お茶菓子を用意する。箱詰めのそれは、抹茶を練り込んだ洋菓子だ。頬に両手をあてる。頬は暑さのためか、火照っていた。
(素敵な方だった)
老人相手に、と思うが老紳士は本当に素敵な人だったのだ。疲れているかもしれない。そう、疲れているのだ。代わり映えしない日々と、排他的なご近所や、夫に。だから、少し優しくされただけでこんなに揺さぶられた。
(いけない兆候ね…ああ、でも)
復讐、という言葉が脳裏をかすめる。そうだ、復讐をしよう。代わり映えしない日々と、自分を粗雑に扱う夫に。ご近所さんの目は怖いが、それもスパイスみたいなものだ。
香沙音は病んでいたのだろう。正常な思考ではまずありえないことを思いついた。危ない恋。いや、彼女は恋というより復讐だと感じていた。
もしくは、女として生きたいという彼女の悲痛な願いがそうさせたのかもしれない。