第4話 勉強して
クリストフさんが来てからの生活は楽しいものだった
クリストフさんは色々とこの世界の事を教えてくれた
不意に生まれ変わることになったぼくには新鮮なものだった
「この世界…や、この大陸か
ここにゃ4つの種族が暮らしてる
俺やシグルドみたいな人間、メルポやライラみたいなエルフ
ドワーフのピピンやら小人族が亜人種
ほかに魔族ってのが住んでる」
それぞれの4種族は互いに不可侵だという
だが交友は自由だとか
どこまでを[不可侵]とするかは結構曖昧なんだとか
「小競り合いなんかは結構あるもんさ
エルフとダークエルフなんかしょっちゅうやりあってるしな
ドワーフと小人ってのも仲が悪い
まぁ、魔族が絡んでくるってことはそう無いがね」
クリストフさんは説明しながら板切れにナイフで絵を刻んでいる
この世界で紙は高級品なので、こうして薄い板切れを代替品にしているのだ
その絵は、とても雑だった
二重丸にバツ印を付けただけ
実際にはもうちょっと細かい分類なんかもあると思うが
ざっくりとした話ならこれで十分通じるようだった
「右が人間で、上がエルフ、下が亜人、左が魔族領だ
外っかわが居住区になってるのが多い
内っかわは、基本的に森だ
大陸の7割を占める大森林になってる」
この大森林には魔物や魔獣といった生物が数多く生息している
先日の巨大クマもその一種らしい
時折ああして森の外まで出てくる事がある
人間領の村は川の流れる森の近辺に配置される事が多い
それはある意味で大森林との最前線とも言えるだろう
大森林を伐採して領土を増やす役割も担っている
クリストフさんは人間領の外側の枠の中心部付近
ちょっと上側に丸を付けた
どうやら何かの印らしい
「この辺に人間種の首都がある
王都アバロン
人間の貴族だけが住む街だ」
貴族で無ければ首都には入れないらしい
なにそれどこの平安時代だよ
時代錯誤も…いや、ここは異世界か
「貴族以外の商人やらなんかはその周りに暮らしてる
首都の塀は立派なもんさ
塀の中には入れなくても、外に住む分にゃ問題無い」
首都にはたくさんの人が集まって、それはもう賑やかだという
だがそれは塀の外側だけ
塀の内側は貴族専用の居住区になっていて普段はとても静かなんだとか
塀の外側は市民の居住区や冒険者の為の宿が並んでいる
貴族の居住区に繋がる門は四方にあり、そこから街道が伸びている
街道沿いは賑やかな商店街といった風体だろう
きっと路地裏に入れば小さな露天商が並んでいたりとか
奥に進むほど治安が悪くなったりするんだ
気付かずにダウンタウンに踏み入れたやつらがボコボコにされてたりとか…
「機会があれば一度行ってみるといい
街道沿いだけでも見てるだけで1ヵ月じゃ済まないしな
メシがもうちょい美味けりゃ言うことねぇんだが…」
クリストフさんはさらに4つの丸を人間領内に刻んでいく
海沿いに2つ、エルフ領との接点に1つ、亜人領との接点に1つ
それぞれがちょうど首都から1番遠い四角を描く対角線になるように
「海っかわの2つがブローニュの街とフィレンツェの街だ
美味い魚が採れる街で何喰っても美味い
4貴族のブローニュ公とフィレンツェ公の直轄領になってて治安も抜群だ」
次にクリストフさんはエルフ領との接点部にある丸にナイフを置いた
比較的大森林よりも海、外側に丸が刻まれている
その丸は他の物より大きく見えた
「ここは?」
「おう、ここがロレーヌ公が収めるロレーヌの街だ
この村から歩いて3日程度、一番近い都会だな
ロレーヌには冒険者ギルドの本部もある
メルポの故郷さ
ま、近いうちに案内してやるよ」
ロレーヌの街はエルフ領との国境線にある街だ
その街は国境線となる運河を境にエルフと人間で住居が分かれているらしい
とはいえこの街の中では行き来は自由なのだとか
大森林の奥から海へと向かって流れる運河はとても青く透き通っている
この運河は観光スポットとしても有名で国中の人間が訪れるという
街中での小競り合いは禁止されており、この街はとても平和なのだと
運河には大小様々な橋が架けられ、その往来は自由だ
ただし水と森を土着神のように信仰するエルフに配慮されているらしく
運河で泳ぐとかは禁止されているという
街の中心には一際大きな橋が架けられている
橋そのものが多重構造の建物のようになっている
そこはエルフと人間の大使が詰める大使館のようになっているらしい
「エルフは森の人、なんて呼ばれることもある
特にエルフ領は9割以上が森に覆われてるからな
基本的に奴らは森の中に住んでて、ロレーヌ以外じゃ見ることもまず無いさ
種族そろって弓の名手
おまけに人間じゃ足元にも及ばない魔術師揃いだ
人間には使えねぇ治癒術なんてのもある
基本的には敵に回すな」
治癒術ってのはメルポが使ってたヒールの事だろう
メルポはエルフだから使えて当然だと思うが
そうか、人間には治癒術は使えないのか
となるとこの村は結構良い村なのだろうか
怪我してもメルポが居れば治してもらえる
まぁぼくのなかじゃ治癒術ってものの存在自体が異常なんだけど
だがぼくにも治癒術が使えるっていうんなら話は別だ
だって怪我しても治るなんてチートじゃないか
この物騒な世界で怪我を気にしなくていいのは大きなアドバンテージだ
ましてぼくには目的がある
神様に会うって目的だ
なら使えるものは1つでも多い方がいい
「じゃあクリストフさん、ぼくにもヒールが使えますか?」
おや?
クリストフさんの表情がちょっと曇った
怒っているような、困っているような
「治癒術の話はいずれしてやろう
今は地理の勉強中だ
頭を切り替えろ」
ふむ、怒られてしまった
確かに話は脱線してしまう
でも、クリストフさんの表情はそれだけじゃない気もするんだが
クリストフさんはこちらを見てため息を1つ
人の顔見てため息なんて失礼なお話だ
だけどやっぱりその表情が気にかかる
クリストフさんはナイフをそっと移動させる
板切れの地図の上から下へ
人間領最後の丸印へと
「話を戻して、最後が此処だ
アルベール公の収めるエンツォの街
岩と砂漠のオアシスだ」
おや、この街は名前が違う
先の3つは貴族の名前がそのまま街の名前だった
だがここだけ違うようだ
「エンツォは元々魔族の街だ
今みたいに境界線の無かった、大戦時に作られた魔族の砦でな
亜人族との境界線に1番近い街になる
ここ10年ほどドワーフとの小競り合いの真っ最中だ」
きな臭い話になった
小競り合いとはいえ、街ぐるみというなら戦争に近いと思うのだが
しかも10年…
「今冒険者が1番多いのがエンツォの街だろうな
此処なら飯の種にも困らん
ま、食っていけるのは一握りってとこよ」
やっぱり戦争じゃないか!
冒険者ってのは傭兵か何かにしか見えなくなるぞ
あ、でもクリストフさんもシグルドも元冒険者なのか
クリストフさんが右手の人差し指を掲げる
そこには変な刺青が入っていた
その刺青が淡く光り始める
「火よ、灯れ」
その一言で指先に火が付いた
おぉ、魔法だ!
初めて見たぞ!
その火は蝋燭やライターくらいのものだ
そして青い
とても不自然な火の塊だった
クリストフさんはその火を板切れの地図に落とす
板切れからはジワリと煙が上がるが燃え上がったりはしないようだ
きちんと調整できる火のようだ
「これは火の1級魔術、最低レベルのファイヤーの魔術だ
種火程度にしかならんが、冒険者なら大抵使える」
その火が霧散するように消えた
板切れの地図に刻まれた内側の円だけが焦げていた
魔法すげぇ!
「この焦がした部分を大森林という
魔物や魔獣の住処だ
小人族やエルフなんかは好んで森に住んでるけどな
冒険者の飯の種にもなってる
まぁ進んで近づくのは避けるこった」
そういえば先日のクマも大森林から来たのだろうか
あれだけの巨体を維持するにはそりゃ大量の食糧がいるだろう
日出って森の外まで迷い出たって感じかな
それよりもぼくの意識は魔法に向いていた
だってそうだろう、魔法だもの
めっちゃ便利じゃん
今まで魔法なんて見た事も無かったけど見てしまったものはしょうがない
魔法があるなら使ってみたい
男の子なら誰でも持ってる夢なのです
クリストフさんは何かを察してくれたようだ
その顔はニヤリと笑っている
ぼくもちゃんと笑顔で返すのを忘れない
「ちゃんと適正から見てやるよ」




