第3話 クマさんと出会って
ぼくは三歳になりました
生まれ変わって三年が経ちました
長いようで短いようでよく判らない三年間でした
この世界の言葉もすっかり覚えました
常識も知りました
元の世界とは全然違うって事を知りました
この世界には魔物が居ます
この世界には魔法があります
この世界まじファンタジー
母のメルポはエルフで魔術師で治癒の力が使えるようです
ぼくがはしゃいで膝を擦りむいた時も
「ヒール」の一言で治してくれました
父のシグルドは人間で剣士で冒険者なんてのをやってたようです
今は若くして引退してこの村に隠匿して用心棒なんてやってるようです
3m近い真っ黒のイノシシみたいな魔物を一太刀で真っ二つ
すごいのはこの二人だけじゃありません
たまにやってくる昔の仲間ってのもすごいのです
だって見た目がまず人間じゃないんですもの
髭モジャで父の腰くらいの伸長でずんぐりむっくり
父よりでかい斧を片手で振り回すドワーフのピピンさん
笑い声がでかくてびびる…
紫色の全身鎧を着こんでて父より身長が高くて雷の魔術も使える人間のカールさん
いつも後ろに部下っぽい人が控えてるから多分結構偉い人
ニヒルにニヤリと笑う顔にビビる
母とよく似たエルフのお姉さんで現役の冒険者
世界中を旅しながら半年に一回は顔を出してくれるライラさん
本来貧乳しかいないはずのエルフなのに母と同じでおっぱいでかくてビビる…
そんで今目の前でじっとこっちを見てるのがクリストフさん
銀髪にオールバックで首の後ろくらいまでの長さ
結構いい年のおっさん…ナイスミドルに見えるけど香水つけててビビる…
「は…はじめまして!」
「おう!いい挨拶じゃ!
はじめましてジーク!
これからしばらくよろしくな!」
大きい笑い声をあげながら肩をバンバン叩かれる
両親のお話ですと、このクリストフさんがぼくの勉強を教えてくれるらしい
こうなった経緯は少しだけさかのぼる
父が村はずれの魔物退治に
母がその応援のために家を留守にした時でした
ぼくはチャンスだと思ったのです
入るなと言われてないけど入る機会のなかった部屋
父が冒険者をやってた頃の荷物が収められている部屋がありました
普段は鍵のかかっている倉庫みたいな部屋でした
魔物が出たと、あわてて飛び出す父の姿
危ないから家で待ってなさいと、父を追う母の姿
そして半開きになった倉庫部屋の扉
こりゃもう入るしかないでしょう
好奇心は猫をも殺す
元の意味は知らないけども
「…ノックしてもしもーし…
誰もいませんねー…?」
部屋の中は剣やら鎧やら何に使うかわからない棒切れまでが散乱してました
シグルドなりに整理して置いてあるのかもしれません
それでもぱっと見は足の踏み場もなくごちゃごちゃとガラクタが散乱しているようにしか見えませんでした
その中に、ぼくは見覚えのある一振りを見つけたのでした
刃渡り38㎝、直刀直刃両刃でゴム柄の腰鉈
それはぼくのキャンプ道具でした
なぜこれがここにあるのか
ぼくが死んだあの時に、トンネル内で散乱して焼き尽くされたはずのキャンプ道具
それが今目の前にあったのです
三歳児の体には酷く不釣り合いに大きく重く振るえぬ道具
当たり前の感想を脳裏に抱きながらも
ぼくの手は吸い込まれるように腰鉈に手を伸ばしたのです
重くて抜けませんでした…
心のどこかに期待があったのは否定できません
もしこれが…あの本物だったら…
これが何かのカギになると、そう期待していたのです
でも腰鉈は重くて三歳児には持てませんでした
えぇ、それは仕方のない事です
でもぼくの心はもっと何かないか、とそう囁いたのです
部屋の中をあちこちひっくり返しました
何も見つかりませんでした
エロ本はこの世界の二次元物だったのでそっと元の場所に戻しました
衝動はなおも膨れ上がるばかりです
ぼくは腰鉈を掴むと家の外に出ました
母の言いつけなんてもう全く覚えていませんでした
家を出て庭を抜け、少し離れた隣家の軒先を抜けて村の中心へと走ります
村の中心にはくみ上げ式の井戸がありました
覗き込んでも底は暗くて何も見えませんでした
「何もないじゃん…」
心の中で舌打ちます
こういう時は何かキラリと光って良いもの見つける流れだと思ってたのに
あては外れましたが心臓はなおも早鐘を鳴らしていました
今までぼくは母と一緒に井戸まで来たことはありました
でもそこまでです
広場の先には行ったことが無いのです
そこまで来てふと思い出したのです
今は村の端に魔物が来ていることを
父のシグルドが退治に向かっていることを
村は静かでした
たぶん大人たちはこぞって退治に向かっているのでしょう
家の戸はどこも固く閉ざされていました
魔物は大きくて怖いものだと聞いていました
でも実際に見たことがないので、それがどういうものか知りませんでした
だからぼくには怖いっていう感覚がありませんでした
ぼくは村の中心を抜け、家とは逆方向に走り出しました
目的地は判りませんが、目的の物がその先にあるのだと
言葉にできない確信だけがそこにあったのです
村を抜けて田園を抜けて、いつの間にか森の入り口まで来ていました
そこでぼくは見つけました
見つけてしまったのです
鬱蒼と茂る森の入り口で、ツタに包まれたぼくの愛車
立ちごけした時に付けたレッグシールドのキズもそのままに
ぼくはぼくのカブを見つけてしまったのです
心臓がさらに早く高鳴っていきます
その誘惑に勝てる気がしませんでした
そっとカブに手を触れました
カブはあの時のままでした
あの時と同じキーホルダーがぶら下がっています
キー位置はオフでした
そっとキー位置をオンにします
ハンドルを右にフルロック
この体にはカブは大きすぎたのです
でも右にフルロックすればブレーキレバーに手が届きます
ちゃんとチョークレバーも引いておきます
そしてキックペダルに足をかけ…
ブロン
ポペペペペペペ…
全てあの時のままでした
一回でエンジンがかかった、かかってしまった
この異世界で、カブのエンジンがかかった瞬間でした
「ハ…ハハ…アハハハハハハ!!」
心の底から、腹の底から大笑いしたのなんて、本当にいつ以来でしょう
この三年間は何かを押し殺した、仮面をかぶったような人生だと思います
でも、今この瞬間だけは、ぼくは生きていると、生き返ったのだと実感したのです
「アハハハハ!
なんだよこれ!
異世界にきて、わけわかんねぇ!
エンジンかかっちゃったよ!
カブすげぇなおい!」
エンジンがかかればもうぼくはダメでした
何もかも忘れて、ぼくはアクセルをひねりました
110㏄単気筒横型エンジンがうなりを上げます
「アーッハッハッハッハッハ!!」
ぼくはもう何もかも忘れていました
ここが異世界だって事も
ぼくが三歳児なんだってことも
森に沿って僕は走り出しました
カブのトコトコと心地いい振動が懐かしい
舗装なんてされていない、砂利道をひた走りました
でもそんなぼくを、異世界なのだと引き戻す風景が目の前に現れたのです
遠目にも見える巨大な生物
毛むくじゃらで、クマを三倍にも四倍にもしたような生物
その生物が、シグルドを踏みつけていました
村の男たちがそれを囲んで竹やりみたいなものを突き付け、投げつけていました
それを見て、ぼくの中で何かが弾けたのを感じました
カブのエンジンがさらにうなりを上げます
四速に入れ、後付けのタコメーターが8000回転を超えて悲鳴を上げます
ぼくは何かを叫びながら、そのクマへと突進したのです
すごい衝撃でした
砂埃が舞い上がり、クマも、ぼくも、シグルドも、カブも見えなくなりました
地面に叩きつけられる感覚がありました
ゴロゴロと転がりながら衝撃を逃がします
全身が擦り傷だらけになっていきます
カブも…きっと無事では無いでしょう
でもぼくの中ではそれどころでは無かったのです
こういう衝動に逆らうと後悔することが多いのです
ぼくの40年近い人生がそう叫んでいました
「ケホッ…ゴボッ!」
砂だけでない、血反吐が喉を通って吐き出されました
あぁ、何か内臓系をやったな、と実感しました
三歳児の体、普通なら即死でもおかしくな衝撃だったのですから
砂埃の先で倒れるクマの姿が見えました
折れた剣を持って立ち上がろうとするシグルドと目があいました
シグルドが駆けだそうとして
「じグルドォー!!」
血反吐が絡んでまともに発声できないぼくの喉から
自分でも驚くほどの声量が出ました
同時にぼくは投げていました
ぼくのキャンプ道具を
愛用していた腰鉈を
シグルドに向かって投げていました
あんなに重かったはずの腰鉈はすんなりを放物線を描いてシグルドに届きました
三歳児の体のどこにこんな膂力があったのか不思議でなりません
でも、ぼくの腰鉈はしっかりとシグルドに届いたのです
「オァアアアアア!!」
シグルドの声にならない声が響きました
片手で抜き放たれた腰鉈が翻ります
ひとつ、ふたつ、みっつ、数えきれないほどに、乱雑に
砂煙が収まった頃、血まみれのクマが横たわっていました
鼻息荒く、シグルドの顔を見上げているようにも見えました
血まみれのシグルドが、クマを見下ろしていました
最後の一閃
そっと目を閉じたシグルドの腰鉈は、横一閃にクマの首をはねました
38㎝の刃渡りで、1m近いクマの首を絶ったのです
ぼくの意識はそこで途切れました
次に気付いた時には家のベッドでした
体の傷はありませんでした
外はもう真夜中でした
ベッドの横には両親の姿がありました
両親は眠っていました
ベッドに倒れこむように眠っている母、メルポ
椅子に座り、腕を組んで眠っている父、シグルド
部屋の隅にポイっと放置された腰鉈
もう少し大事に扱ってほしい…
ぼくは明日にはこっぴどく怒られる予想と覚悟を胸にそっとしまいこみ
眠りこける父と母に毛布を掛けると
自分のベッドにもぐりこんでもう一度眠りについたのです
それが10日ほど前の事でした
予想に反してぼくはあまり怒られませんでした
その分盛大に泣かれたのですが、その方がよっぽど応えたように思います
ぼくは父と母とひとつの約束をしました
無茶はしない、危ないことはしないように、と
二つに聞こえましたけど、そこはまぁしょうがない
その後が大変でした
勝手に持ち出したカブの事でした
どうやらあのカブ、勝手に村のご神体にされていたようなのです
どうやってもあの場所から動かせなかったカブ
それを勝手に持ち出し、勝手に動かし乗り回し
あまつさえ魔物にぶつける暴挙です
本来なら大罪人
年端もいかぬ幼子だろうと問答無用
しかし村を救った英雄の子でもある、とかなんとか
いや、そのカブぼくのだし
そうは思っても口にしないくらいは空気が読めるつもりです
そんなこんなでぼくに常識を叩き込め
そんな感じに纏まったらしいのです
そこに現れましたクリストフさん
なんでも彼はシグルドの元戦友にしてどこぞの宮廷魔術師さんでもあるという
なんか有名人らしい
あっという間に村長一派を説き伏せて
全て私に任せなさい
簡単に話を纏めてしまったのでした




