第31話 馬車で
ロレーヌド・クリストフ
ロレーヌの街を治める領主の息子でありながら継承権を自ら放棄した男。
出奔後は冒険者となり数多くの武勲を上げ、その功績から最年少で王都宮廷魔術師となる。
数多くの魔術特許を持ち、金には困っていない。
出身地である4大都市の1つ、ロレーヌにおいては並ぶもの無き魔術師として名が売れている。
自他ともに認めるトップクラスの冒険者であり、その冒険譚の数は群を抜いて多い。
現役の冒険者を自負しながら、既に歴史の教科書にすら名を連ねている。
未婚であり認知もしていないが、その血を引く子供の数は3桁に届くともいう。
英雄色を好む、とは言うモノの、実際は力自慢のろくでなし。
気に入らなければ殴りつけ、障害は全て薙ぎ払う。
領主継承権は放棄していても上位貴族であることは変わりない。
権力も暴力も一級品、逆らえるものなどそうそう居ない。
そんな男が唯一苦手にしているのがその父親。
現領主であるロレーヌ・サルエルだ。
10年以上も病によって床に伏せており、実際の執政はクリストフの妹であるレティーシャが行っている。
それでも父親は形だけでも中央府に出勤しているのだから大したものだ。
さっさと引退して家督を譲れ、という声も多い。
だがサルエルには弟がおり、今引退すれば家督争いがおこるのは目に見えている。
その為にも執政をレティーシャに任せ、地盤固めに邁進しているのだ。
ところがどっこい、そんな中に長男帰還で大混乱です。
相続権を放棄していても影響力は特大のクリストフ。
市民や冒険者問わずに支持層は厚く、他の4大貴族とも独自のパイプを持ち王都にも顔が利く。
そんな彼は今までこの街にはコッソリ帰還、コッソリ出奔を繰り返していた。
だが今回は手順こそ省略したものの、きっちり貴族として帰ってきたのだ。
慌てたのは叔父派閥の貴族たちだ。
当然ながらクリストフは実妹に付くだろうと予想した彼らは一斉に寝返り始める。
権力争いは内乱一歩手前を右往左往していたにも拘らず、クリストフの登場で一気に沈静化。
かくして派閥争いは誰も予想しない形で終焉を迎えたのであった。
これがこの二日間の出来事。
いくらなんでも展開が早すぎる、とは思うが、実際にはとうの昔に根回しは終わっていた。
あとはクリストフが貴族門から帰還するだけで良いところまで来ていたのだ。
貴族って怖い。
で、そんなクリストフに引き取られたぼくは、良いおべべを着て良い馬車に揺られていました。
中央府まで一直線に繋がる中央通りはさながら凱旋パレードの体。
民衆が埋め尽くす大通りを英雄の乗る馬車がゆったりと進んでいきます。
ぼくの場違い感はんぱねぇっす…。
馬車の中には男が三人。
ぼくの横にはいびきをかいて寝ているクリストフ、正面にはあの時のバトラーさんだ。
この二日間、色々と面倒を見てもらったので初対面では無いものの、そこにはいつもクリストフが居た。
なのである意味二人きりになるというのは初めての事だった。
「ここまで歓迎されていながら熟睡できるのは、世界広しといえどクリストフ様くらいでしょう。
当人は望まれていないでしょうが、このパレードはそのままクリストフ様の価値なのです。
それを理解し、クリストフ様には自重していただかないと我々も困る。
いつまでも遊び歩いて貰うわけにはいかないのです。
そうは思いませんか?」
「え、えぇまぁ…そうですね。」
いたたまれない!
外の喧騒と馬車の中で温度差ありすぎです!
バトラーさんの目が痛い!
いびき書いて寝てるこの馬鹿に一発食らわせたいくらいだよ!
「えぇっと、バトラーさんは…」
「アルフレッドとお呼びください。
私とあなたは主従関係に無い。
友人に、とは言えませんが、交流を持つのは自然でしょう。
共にクリストフ様に近しい者として。」
やりずらい…。
突き放すような口調で敵じゃないって言われても無理がある。
顔は笑顔だけど目が笑ってない。
正直しんどい…。
「じゃあ、アルフレッドさん。
ぼくがこれからどうなるのか、知ってますか?」
「領主サルエル様は現在中央府にて執務中となります。
まずはそこに、と言いたいところですが、そういう答えをお求めでは無いのでしょう?」
「……。」
ぼくは無言で返すしかない。
そこまでは今までの話の流れでなんとなく判っていた。
そうでも無きゃこんな良い服を着せられる理由は無いだろう。
だけど実際に聞きたいのはこれからぼくがどう扱われるかという事だ。
「クリストフ様は先日、あなたを引き取るとおっしゃられました。
現在クリストフ様には跡取りがいらっしゃいません。
ですので養子、という事になりましたらあなたは跡取りとして扱われるでしょう。
それは貴族になるという事です。
立ち振る舞い、教養なども相応しい物を身につけて頂く必要があります。
クリストフ様は領主継承権を放棄なさいましたが、それでも上位貴族であることに変わりありません。
ですのであなたにも相応の立場として…。」
「アルフレッド、あんまりジークをいじめんな。」
何時の間に起きていたのか、クリストフはゆっくりと体を起こした。
狭い車内で緊張した体をほぐす様に伸びをすると、そのままタバコに火をつけた。
車内に紫煙が充満する。
いかん、ぼくもタバコが吸いたくなってきた。
「ジークはシグルドとメルポの子だ。
俺が預かり、養い、引き取って一人前になるまで面倒を見ると言ったんだ。
家督云々に関わらせるつもりはねぇし、ロレーヌに連なる姓を名乗らせるつもりもねぇ。
面倒ごとに巻き込むな。」
「ですが、それでは周りの者が混乱しましょう。
引き取るとおっしゃられましたが、まずは正式な書面と声明を…。」
「うっせぇなぁ。
書類なんざお前が何とかしろ、得意だろ、そういうの。
こいつを養子にするのが問題だってんなら、後見人でもなんでも良い。
扱いに困るってんなら客人にしとけ。
貴族らしくなんてのもいらねぇよ。
必要な時に必要なモンだけありゃいい。」
「承知しました。
それでは本日中に書面にまとめさせて頂きますので、後程署名を。」
「焦んなよ。
時間は逃げやしねぇよ。」
「時勢は切迫しております。
くれぐれも本日中に署名頂けますよう。」
お、おう。 なんて短く返したクリストフの顔は完全にやり込められていた。
ちょっと冷たい印象も受けるアルフレッドさんだがあくまで良い関係に見える。
カタコト揺れる馬車の中は一旦の落ち着きを取り戻した。
はてさてこれから一体どうなります事やら…。




